お抱えメイドと絶賛逃亡中〜親友の公爵令嬢を助けるために、王子を殴ってしまった俺は、斬首とかマジで無理だから、ギフト【未来視】で逃げ回ります。〜

1章 〜逃亡生活〜

第1話 王子を殴ってしまった ①




「待てぇー!! 待つんだ! ギルベルト・カーティス! 話を聞くんだッ!」


 後ろから猛ダッシュで駆けてくる憲兵に、少年は顔を青くして必死の形相で駆けていく。


「ご主人様。どうされますか?」


 メイド服に身を包んだ少女が無表情で少年に問いかける。


「『どうされますか?』じゃない! そろそろメイド服を脱げ! 目立って仕方ない! それに……」


「私はご主人様の専属メイド。正装を崩すわけには行きませんので……。……あっ」


 メイド服の少女は裾を踏んでしまい、少し驚いたような表情で転びそうになるが、倒れ込む心配はない。



ふわっ……。


 なぜなら、少年が難なく少女を抱き上げたからだ。


 少年の瞳には『未来』が映っている。


「申し訳ありません。ご主人様」


「セリア! いま逃亡中だってわかってるのか! 捕まったら斬首なんだぞ! 少しは緊張感を持て!!」


「はい。逃げ切ったら、美味しい紅茶とセリアのおパンツをお見せしますので、頑張って下さい」


「じ、自分で走れ! このポンコツメイドォオオオオ!!」


 少年は絶叫しながらも懸命に足を回した。


 後ろにはたくさんの憲兵の群れを引き連れている。


 今日も少年はひた走る。

 平穏なスローライフを手にするために……。






 オラリア王国の王立学園。

 オラリアのみならず、隣国からの留学生も無数に受け入れている名門校であり、入学には厳しい試験と制限が設けられている。


 その王立学園を卒業した俺は煌びやかなパーティー会場の隅で最高級のワインを嗜んでいる。


(やっと卒業できたぞ……)


 カーティス伯爵家の次男である俺。


 本来なら伯爵家では長男しか入学が許されてはいないのだが、ある公爵家からの強い推薦により入学させられていた。


 伯爵家の次男など、この学園では"平民"のような物で、目立ちたくないので試験でわざとミスしようとしたのに、それが好転してしまって首席入学を果たしてしまい、生意気な平民の出来上がり。


(はぁー……本当に長かった)


 日常的に蔑まれる日々をしみじみと反芻しながら、美酒に仄かに頬を染め、俺は学園生活の終わりを喜んだ。


『なぜ、そんな事になってしまったのか?』


 これは俺が本来持ち合わせている不幸体質の一端だ。なぜか俺の思惑から外れて、そうなって欲しくない事ばかりを引き寄せてしまう。


 世界の中で、限られた者にのみ与えられる神からのギフト。もちろん、俺はそんな物欲しくもなんともなかったが、やはり与えられてしまった。



 授かったのは【未来視】。



 俺の不幸体質からの脱却を強く願った結果として、神様が同情してくれたと思っていたが、見える未来は3秒間。かなり中途半端で、非常に扱いづらい物だと気づいたのは、この学園に入ってからだ。


 もちろん、それは秘密にしている。


「ギル。隅っこで何をしてるの? さぁ、私とワルツを踊りましょう!」


 この学園に入学するきっかけとなった幼馴染にして、親友の公爵令嬢ミーシャが声をかけてきた。


「いや、俺はいいよ。ミーシャなら俺じゃなくてもいくらでも相手がいるだろう?」


「私はギルと踊りたいの! いいでしょ? この学園の思い出に!」


「本当にわがままなんだから。ミーシャは自分がどれだけ目立つかわかってない。それに俺がみんなから、どれだけ嫌われているのかもな……」


「……? 私はギルが好きよ?」


 俺は深くため息を吐く。


 艶やかで綺麗に手入れされた髪に透き通る瞳は、どちらもブラウン。ミーシャは誰もが振り返るほどの美貌の持ち主であり、今だって周囲からの視線が痛いのだ。


 無自覚天然のミーシャは、いつだって爆弾を落としては可愛らしく首を傾げる。


(好きなんて言うなら、『友達として』もちゃんとつけてくれッ!!)


 嘆きながら周囲の視線に耐える。


「ギル? 踊りましょうよ。こうして学園で一緒に過ごせるのも、今日が最後なのよ?」


 少し拗ねたように口を尖らせながら手を差し出すミーシャに、俺はしぶしぶ手を取った。


(どうせ、今日で終わりだしな……)


 この学園の唯一の味方であり、唯一の友達。


 どんなに蔑まれようが、自分から離れる事なく一緒に居てくれたミーシャ。こんなわがままくらいなら聞いてあげようと思ったのだ。



 生演奏に合わせて三拍子を踊る。

 豪華なホールの片隅。


 俺はミーシャの細い腰に手を置き、楽しそうに微笑む顔に「これも見納めだな」なんて、頬を緩める。


 曲が終わると共に綺麗にお辞儀をするミーシャ。


「ありがとう、ギル。とてもいい思い出が出来たわ!」


「いいえ、こちらこそですよ。"ミーシャ嬢"」


「ふふふっ。やめてよ、ギル」


 2人で談笑していると、会場の隅だと言うのにかなりの注目を集めてしまっていることに気づき、ハッとして口を開く。


「じゃ、じゃあ、また後でな?」


「ええ。……うぅーん、もう帰る?」


「いや、俺はワインを飲んでるから気にしなくていいよ。ミーシャは友達たちと色々楽しんでくるといい」


「……ギ、ギルも一緒に、」


「バカ言うな。幼馴染だからって、俺みたいな者がいけば、ミーシャの友達に迷惑になるだろ? 俺の事は本当に気にしなくていい。最後なんだから、楽しんでおいで?」


 爵位の垣根を越えて親交がある俺とミーシャの両家。この後は、両家での卒業祝いの食事が待っている。


 俺はミーシャの頭をポンッと叩くと、定位置である隅に向かい、


(さて、ゆっくり飲むか! さりげなく、ミーシャの胸も触れたし、今日はツイてるなぁ!)


 などと呑気な事を考えながら、飲み掛けのグラスを手に取った。





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