第3話 ざ、斬首?




 目の前でピクピクと痙攣している人物に、俺の血の気がひいていく。


(チ、チガウヨ。ボクジャナイヨ……?)


 咄嗟に現実逃避を図るが、それは難しいようだ。鬼の形相のロリドの取り巻き達と目が合ったから。


「貴様! 何をしてる! この方はこの国の第一王子なんだぞ!」

「そこを動くなッ! 『下賤のクズ』めッ!」

「自分が何をしたのかわかってるのか! 牢屋に入れてやる!」


 俺めがけて一目散に襲いかかって来る取り巻き。


(こ、こんなの無理だろ! 捕まるのはヤバい! 確か、この王子はイカれてたはずだ!)


 ロリドの素行の悪さは、ほとんどの時間を1人で過ごしている俺でも聞いている。捕まればろくな事にならないのは誰にでもわかるのだ。


 俺は【未来視】を《予知(プレディクション)》を繰り返して逃げまわる。


「テメェ! 待て!」

「あっ、コラ! 大人しく、」

「クソッ! いい加減にしろ!」


 

ゴチンッ!!



 一切手を出すことなく、3人をぶつけて処理すると、ざわざわと周囲が騒ぎ始める。


(ヤバいよ、ヤバいよ! やばいよ、やばいよ!! これ、絶対ヤバいヤツだ! 逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい!)


 ミーシャの泣き顔に思わず飛び出してしまったが、まさか相手が、この国の第一王子だとは夢にも思わなかった。


 ミーシャの家よりも、権力があるなんて限られているし、酒に酔ったバカがミーシャにちょっかいを出してると思っただけなんだ。


(ま、まぁ。俺も少し酔ってはいるけどぉ!!)


 

ギュッ……。



 急に繋がれた手にパッと振り返ると、ミーシャがまだ潤んだ瞳で顔を赤くしていた。


「だ、大丈夫か? ミーシャ」


 おそらく1番最初に確認しないといけない事だったのだろうが、今すぐにでも逃げ出してしまいたい俺は必死に心を隠す。


「うん。ありがとう、ギル! 私は大丈夫だし、きっとギルも大丈夫だよ。ちゃんとお父様に事情を説明して、国王陛下に許しを乞えば、」



「そんなわけないだろぅがぁああああ!!」


 ミーシャの言葉を遮る、顔がパンパンに腫れたロリドの怒号が響き渡り、辺りはシーンッと静まり返る。


「き、貴様。何をしたのかわかっているのか……?」


「……も、申し訳ありません、殿下」

(……逃げていいかな?)


「ふざけるなッ! そんな謝罪を受け入れられるか! 少し成績が良いからと調子づきよって!」


「い、いえ。そんな事はありません」

(目立たないようにしてたら、『なぜか』こうなっただけだ!!)


「これは立派は反逆行為だ!! 次期国王である私の顔に傷をつけたのだ! 死罪は当然だ!!」


「……お前がミーシャを泣かすからだろ」

(……どうか、ご容赦を)



 ワナワナと震え出すロリド。


「あ、あれ?」


 俺は空耳が聞こえた気がして顔を引き攣らせる。「ふっ」と小さく笑って見せたりするが、内心は穏やかではない。


(ま、『また』やっちまったぁああ!!)


 心の声と発した言葉が逆になってしまったのだ。


(こ、これは俺のせいじゃないだろ? 絶対に"世界"が操作したんだぁあああ!!)


 もう18年も"俺"を生きている俺にはわかる。こういうポカは意図せず起こりうる。気をつけていたはずなのに、酒で思考が回らない。


(って……お、俺のせいじゃねぇかッ!!)


 無意味な押し問答をする俺の前には爆発寸前の第一王子。


(に、逃げてぇ〜……!!)


 顔を引き攣らせる俺を他所に、ミーシャは俺の服の裾を掴み、ポーッとしていた。


(『ポーッ』はやめてくれ! 引くに引けなくなるだろ!?)



ガッ!!


 唐突に掴まれた胸ぐらに俺は毅然とした態度を装う。内心はもう泣きたいくらいだ。


「貴様ぁあ……、絶対に殺してやるぞ……?」


「……殿下はこの国を治めるお方。今一度自分の在り方を見つめ直されては?」

(違うんです! ご容赦下さい!! 堪忍して下さい!)


「図に乗るなよ。『下賤のクズ』がッ……」


「国を支えるのは民です。そう思うのは、私は『下賤のクズ』だからなのでしょうか? いいえ、より高い地位に立つ者こそ、これを自覚しなければなりません。殿下の父上、"賢王"と呼ばれる陛下を少しは見習ったらどうでしょう?」

(悪口のレパートリー少なすぎるな、この殿下……)


「……い、言い残す事はそれだけか? 《分解》……」



 俺はロリドが言い終わる前に退避する。

 ロリドのギフト【分解】。

 触れる物を分解して破壊する力。


(ヤ、ヤッベェ〜!! コイツ、ヤッベェ〜!!)


 『見て』なかったら死んでた。

 避けなかったら、本当に死んでた。

 なんなら死んでるのを見た。


(こんなヤツが王とかダメだろ?!)


 心の中で絶叫しながら、咄嗟に抱えていたミーシャに声をかける。


「ミーシャ。先に帰ってて。ごめんな? 俺のせいで……」


「なっ!! 元はと言えば、私が!」


「『おじさん』に匿って貰え。王族と言えど、ストロフ家を相手にするなら、"このバカ"単体では動けないだろうし、時間稼ぎにはなる」


「わ、私はギルも一緒じゃないと、帰らない!」


 ミーシャは叫ぶが、おそらく騒ぎに駆けつけたであろうストロフ家の執事「レム爺」に視線を向ける。


(『ミーシャを連れ帰れ』!!)


 小さい頃から俺とミーシャのお目付役。

 言葉などなくても伝わるはずだ。


 レム爺は神妙な顔つきでコクリッと頷くと、パーッと弾ける笑顔を作り、背中に隠していた仕込み剣を抜いた。


(ぜ、全然伝わってないじゃねぇか!)


 ミーシャを抱えたまま、慌ててレム爺に駆け寄る。ニコニコと笑顔で剣の具合を確かめている老執事に、ピクピクと顔を引き攣らせる声を荒げる。


「な、何してんだよ、レム爺ッ!」


「フォッフォッ、ギル坊。心配せずとも、あの輩を叩き斬ってくれる!」


「さ、さっさとミーシャを連れ帰れッ!」


「なぁに。あの輩にミーシャ様が傷つけられたのだろう? 旦那様も怒りはせぬよ」


「せ、戦争をする気か! バカ! とりあえず、頼んだよ?!」


 ロム爺の方にミーシャを軽く押しつける。


「ギル! いやだ! レム爺! 離して!! ギルと一緒じゃなきゃ帰らない!」


「ミ、ミーシャ! 『絶対帰るから』、先に帰れ!」


「……ギ、ギルのバカ! それ『絶対帰って来ない』じゃないッ!!」


「な、え、いや……。と、とにかく! レム爺、頼んだよ? 叩き斬るにしてもちゃんとおじさんの意見を聞いてから!」


「た、確かにそれはそうじゃのぉ……」



 俺はここで戯れている暇はない。《予知(プレディクション)》には襲いかかって来るロリドが"見えて"いる。


「頼んだからなッ!」


 そう言い残すとすぐにその場を離れる。


「貴様ぁあああ!」


 俺しか見えていないロリドは軌道修正しなら、《分解》を発動させているであろう右手を俺に突き出す。



スカッ……。



「避けているんじゃない! このクズがッ!!」


「で、殿下! 落ち着いて下さい!」


「やかましいッ!!」


「……殿下!」


 ブンブン手を振り回すロリドの攻撃を難なく躱し続けていると、周囲から「おぉー……」などと歓声が沸き始めている。


(まじでめんどくさいことになってるぅ!?)


 一度距離を取って落ち着かせようとすると、足がもつれてよろける。


(ヤ、ヤバいッ!! このままじゃ……)



ドカァーッ!!



 意図せずロリドに足を引っ掛けて転ばせてしまった。


(や、やっぱり……。何で、いつも、いつも『こう』なるんだよ!!)


 心の中で嘆きながら、先程までレム爺がいた方をチラリと見ると、ちゃんと連れ帰っているようで胸を撫で下ろす。


「き、貴様……」


「申し訳ありません、殿下! 大丈夫ですか?」


 プルプルと震えているロリドはガバァっと起き上がると、絶叫した。


「貴様! 何をしたのかわかっているのか! 斬首だぞ!」


「……」


「斬首だ!! 貴様だけは許さん!! 貴様だけは絶対に処刑してくれる!!」


 先程よりもパンパンに膨れ上がった頬にボロボロと涙を流しながら叫んだロリド。


(……ざ、斬首……? い、いやいや、ちょっと殴って、ちょっと失言をして、ちょっと転ばせただけで……)



 ざわざわと騒ぎ立てる周囲の人々にハッと気づく。



(……って、ダメじゃん!!)


 号泣しているロリドに俺は事の重大さを悟る。


 こんな大勢の人の前で『次期国王』に末代まで消えないほど醜態を晒させてしまったのだ。持ち前の体質も相まって、俺は絶望に顔を歪ませた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【あとがき】


 求む! 乾燥! あっ、感想!

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