第7話 復讐の前奏曲

ゴーン。ゴーン。


ポラリス王国の中央都市で一番高い建物である時計塔の鐘が鳴り響く。時計塔に設置された巨大な時計の2本の針は、どちらも12を指していた……


——ポラリス王国中央都市、劇団ポラリス本劇場にて——


「ふふふふ……。今日もぼろ儲けですねぇ」

「ああ、この国は娯楽がほとんどないからなぁ。非日常に浸れるものに皆食いつくのさ」

「なるほど、確かに今日の公演の客共もグランディオ様の演技に見惚れていましたよ」

「であろう? 俺はエリック様に選ばれし演劇人だからなぁ」


ポラリスでとても人気のある劇団ポラリス。劇団の本拠地である本劇場の座長室では、座長であり一番人気のある演者でもある「グランディオ・マエストーソ」と怪しげな男が薄気味悪い笑みを浮かべながら酒を酌み交わしていた。


男に褒められ、さらに高級な酒を飲んでいることでグランディオは上機嫌だった。季節ごとに開催される定期公演の千秋楽の夜には、こうして座長室で酒を呑むのが恒例になっている。呑み相手はその時によって違うが、大体が劇団ポラリスのスポンサーが選ばれる。 劇団ポラリスは毎公演で何億モッソという額の興業収入を稼いでいるので、劇団のスポンサーとなることができれば、公演の際に自社の製品を大々的に宣伝してもらうことができ、契約している間は収益が爆増すると言われているのだ。


だから、ポラリスにある企業や商店のほとんどが劇団のスポンサーになれるように躍起になっている。ちなみにスポンサーの判断基準は、裏金や過剰な接待をどれだけグランディオに捧げられるかの一点しかない。なのでスポンサーとなれるのはお金がある大企業や悪徳企業だけである。


今回のスポンサー、そして呑み相手である「メノ・モッソ」は、ポラリス最大の成金一族『モッソ一族』の1人だった。


「さすがグランディオ様ですなっ!」

「ははは、お前にも頑張ってもらったからな。モッソの族長に良く言っといてやろう」

「おおっ! ありがとうございます!」

「よし、祝いに朝まで呑むぞ! 付き合え!」

「はい! お供いたします! ……あ、しかしグランディオ様? 最近噂になっている歌姫が不安ではないですか?」

「……ちっ」


せっかく上機嫌になっていたのに、メノ・モッソの不意の一言でグランディオは気分を害した。メノ・モッソの心配する最近噂の歌姫。それが原因だろう。


最近ポラリスで広がっている噂。それは、赤いドレスを来た歌姫が夜な夜な中央都市を徘徊していて、人が集まっている所に突然現れて不気味な歌を歌いだすというものだった。一般人の歌唱が禁じられているポラリスで堂々と歌を歌うことも不気味だが、一番不気味なのは歌の歌詞が「この国はおかしい、皆は洗脳されている、エリック・ペザンテを追放せよ」などの内容を訴えるものだからだ。何日か連続でそんなことがあった結果、ポラリス国王は「特別な夜でないかぎり、日没以降の集団行動を控えよ」という号令を出した。


号令が出された日から夜に国民が集まることがほとんどなくなったものの、歌姫は毎晩どこかで不気味な歌を唄い続けているらしい。そして今晩は、一般国民にとって最大のイベントである「劇団ポラリス定期公演の千秋楽」だ。さすがにこんな日に外出を自粛する国民は少ないため、中央都市ではほとんどの国民があらゆる場所でどんちゃん騒ぎをしている。こんな日こそ噂の歌姫が何かをやらかすのではないかと、メノ・モッソは心配しているのだろう。


「こんないい夜にそんな無粋な話をするんじゃねぇよ」

「も、申し訳ありませんっ! ……しかしながら、グランディオ様も噂の歌姫の捕獲を命じられているのではありませんか?」

「……はぁ。まったく迷惑な話だぜ」


グランディオは劇団の役者だが、名義上ではポラリス国王直轄音楽隊所属である。つまりはエリック・ペザンテの部下だった。なのでエリックより何か命令があれば従わなければならない。ちょうど今もエリックより命令が出されているのだが、グランディオは正直無視したいと考えていた。エリックには忠誠を誓っているし逆らう気もないのだが、定期公演中に「夜中のパトロール」を命じられたのは不服だった。


「夜中に中央都市内をパトロールし、噂の歌姫を見つけたら捕獲して私の元に連れてこい」


それがエリックからの命令だ。グランディオも命令に従い、ここ数日パトロールをしていたが歌姫を見つけることはできなかった。


きっと今日も見つけられないし、今晩くらい休ませてほしい。それがグランディオの本心だった。


グランディオが顔をしかめながら苦悩していると、座長室の電話が鳴った。


じりりりん。 じりりりりん。……ガチャ。


「……グランディオだ」


グランディオは酒の入ったグラスを置いて電話を取った。通話元は劇場近くにある駐在所のシェリフだった。


「もしもし、グランディオ様!? 劇場前で大変な騒ぎが起きてます!」

「なんだよシェリフ。なにがあったんだよ?」


グランディオは頭を掻きながらシェリフに問いかけた、


「あいつです! 噂の歌姫が劇場の屋根上に現れました!」

「なにっ!? ……なら早く捕らえろよ。もう劇場前にいるんだろ?」

「い、いえ……通報を受けて現場に向かおうとしたのですが、なぜか駐在所の入口が氷で覆われていて出れないんです。なのでグランディオ様に対応をお願いしようと」

「……近くの駐在所は?」

「周辺の駐在所も同じ様な状況らしく、出動できないそうです」

「……ちっ、役立たずがっ!」


グランディオは電話口に怒鳴り、乱暴に受話器を戻した。そして考える。至福の時間を奪われるのはシャクだが、せっかくあちらから出向いてくれたんだ。ありがたく捕まえさせてもらおう。夜中のパトロールをすることなく歌姫を発見し、捕らえることでエリックに貢献することもできる。よく考えればこの状況は願ったり叶ったりだとグランディオは思った。


グランディオは上着を羽織り、座長室の入口に向かう。


「グランディオ様? どちらに?」

「劇場の屋根に噂の歌姫が現れたそうだ。いまから捕獲するぞ」

「なんと!? それはそれは、私もグランディオ様の勇姿を近くで見とうございます!」

「ふっ、好きにしろ」


調子の良いことしか言わないメノ・モッソ。グランディオは正直この男が好きではなかったが、貢物や接待がいいし、モッソ家の1人なので友好的に接していた。グランディオはメノ・モッソを引き連れて劇場の外へと向かった……



——本劇場・正面入口——


本劇場の正面入り口にはものすごい群衆が集まっていた。


「おお、すごい数の野次馬ですね」

「ふん、近くに飲み屋で騒いでいた奴らだろうな。まぁいいわ。ギャラリーは多いに越したことはないからな」


グランディオが劇場前に群がる群衆に近づくと、気づいた群衆達はすぐさま道を開けた。


「グ、グランディオ様だ!」

「ああ、なんと高貴な歩き方なのかしらっ!」


ただ歩いてるだけのグランディオに、群衆は騒ぎ立てる。それだけグランディオはスター性があるのだろう。群衆の開けた道を進み、一番先頭まで来ると、屋根の上に2名の人間がいることに気づいた。1人は銀色の髪をした黒い服を着た男、もう1人は赤いドレスを着た少女だった。男の方は知らないが、女の方は噂の歌姫に間違いないだろう。


「お前が噂の歌姫か?」

「……」


グランディオが話かけるも、少女は口を開かなかった。だが、無音ではかった。なぜならばギターの音色が響いてきたからだ。その音色は、優しいがどこか悲しく、どこか怨念めいていた。音のする方を見ると、ギターを弾いているのは少女だった。曲の前奏のように数秒間ギターの音だけが響いていたが、途中から少女の歌声が響き出した。


『♪ この国の哀れな民達よ、私の歌を聞きなさい。ここに集いし愚かな民達よ、私の声を聞きなさい。私は歌姫。この国を滅ぼす、破滅を呼ぶ歌姫。民達よ、あなた達は騙されている。諸悪の根元である、エリック・ペザンテに騙されている。この歌を聞きし勇敢な者よ、私と共に立ち上がれ。この声を聞きし勇猛なる者よ、私と共に武器を取れ。今宵私は、反逆の狼煙をあげる。今宵私は、復讐を始める』


ここまで歌った後、少女は屋根から飛び降り正面入り口に降り立った。グランディオはチャンスとばかりに捕まえようとした。しかし、なぜか体を動かすことができなかった。少女を押さえつけることなど容易いと考えていたのに、動けないのではどうしようもない。


『♪ 私の歌は、復讐を果たす刃。私の声は、お前を殺す凶器。聞こえているか、諸悪の根元よ。お前に見せてやろう、お前が迎えるべき末路を。目に焼き付けろ、お前の部下の最後を。ポラリス劇団座長、グランディオ・マエストーソよ。お前は数多の罪を犯した極悪人。民を騙し私欲を貪る、この国の害悪。お前という悪にふさわしい末路を与えてやろう。喜ぶがいい、選ばれた事を。悔いるがいい、自らの悪行を。……お前の終わりの時が来た。舞台でお前を照らす明かりに囚われて、その光熱で焼かれてしまえ!』



がんっ!


「!?」


少女が歌い終えると同時に、正面入口を左右から照らしていたスポットライトが音を立てて向きを変えた。二台ともグランディオにライトを向けたのだ。あまりの眩しさに両手で目を覆っていると、だんだんと体が熱くなってきた。熱い。今は冬の夜なのに、真夏の太陽の下にいるようだ。どうにかしたくてもスポットライトが眩しすぎて目を開けることもできない。


「……ぐあぁ。熱い、熱いいぃぃぃ!」


グランディオが熱いと叫んだ途端、グランディオの体が炎に包まれた。


「!?」

「なんだ!? スポットライトの光熱で人体が発火しただと!?」

「そんなことあるわけないだろ!? 」


突然人体が燃え上がったことで動揺する群衆。グランディオを助けようにも、群衆の奴らも体を動かすことはできなかった。


「が……あ……」


グランディオは炎に包まれたまま、地面に倒れた。倒れたと同時に炎が消滅し、後には黒こげになったグランディオが残された。一眼で死んでいるとわかるほど黒焦げで、ピクリとも動かない。群衆がグランディオの死体を見て固まっていると、再び少女の歌声が響いた。


『♪ 反撃の狼煙は上がった。復讐が始まった。民達よ、恐るな。民達よ、私を信じろ。お前達が信じるこの国は悪に侵略されている。私はこの国を破壊し、正しい姿を取り戻す。諸悪の根源よ、今宵の出来事を忘れるな。私は必ずお前を殺す。震えてまっていろ。お前の終わりのカウントダウンが、たった今始まったのだ』


そう歌い終えると、少女と銀髪の男は暗闇に消えていった……




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強制的に死なされた上に、生まれ変わってから出来た大事な人達を全員殺された私。虐殺の犯人は私の事を歌姫と呼ぶが冗談はやめろ。私の歌は音楽じゃない、お前を殺す為の凶器だ。 コーラを愛する弁当屋さん @KOZOMON

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