第5話 決意する歌姫

銀髪の男の人の隠れ家にやってきた私は、自分の現状を教えてもらうことになった。銀髪の男の人はペットボトルの水を一口飲み、私の顔を見て話始めた。


「まずはエリック・ペザンテについて話そう。奴はポラリス国王直轄音楽隊指揮官、つまりこの国で唯一音楽を奏でることを許された男だ」

「音楽隊指揮官……指揮者みたいなものですか?」


私の質問に、男の人は頷いた。


「そうだな。演奏する際は奴の作った音楽隊を指揮している。君はそんな男に狙われていたわけだがその理由は奴に聞いたか?」

「…….はい。私の歌が加わればエリック・ペザンテの理想の音楽が完成するからだと」

「そう、君の歌声を奴は喉から手が出るほど欲しがっていた。その為に君を異世界から転生させたんだ」


エリック・ペザンテも言っていたけど、特定の、それも異世界の人間を無理矢理に転生させることなんてできるのだろうか。そして今まで深く考えなかったけど、前世の私はどうなっているのだろうか。


「…….エリック・ペザンテも言ってましたけど、転生したってことは前世の私は死んでいるんですか?」

「ああ、死んでいる。転生っていうのは魂が世界を渡ること、故に肉体があると転生は出来ない。だから奴は君の命を奪い強制的にこの世界に転生させたんだ」

「強制的に……そんなことができるんですか?」

「ああ。君もさっき見たと思うが、この世界にはスキルというものがある」


スキル、アニメとかである特殊能力のことだろうか。


「スキル、能力ってことですよね…….エリック・ペザンテは異世界の人間を強制的に転生させる能力を持っていると?」


「いや、それは違う。奴はいろんなスキルを持つ配下を従えている。その中の誰かの能力だろうな」


「さっき殺されかけたシャドーって黒い何かも配下の1人なんでしょうか」


「シャドーはあいつのお気に入りの配下の1人だ。『全身を影に変化させる』スキル

の持ち主だ。物理攻撃は効かず、光が届く場所なら様々な形に変化できる」


シャドーがスキルであの姿になっているということは、あの黒い何かも元は人間ってことだ。スキルっていうものは人知を超えたものなのだろう。


「影になるスキル……あ、シャドーを動けなくしたあの氷は?」

「あれは俺のスキルだ。俺は生物及び大気中の水分を『氷結』させることができるんだ。さっきはシャドーの周りを凍結させて影ができないようにした」


男の人のスキルは氷を作れるスキルらしい。なんかクールな見た目にぴったりだと思った。


シャドーは影、男の人は氷。ではエリック・ペザンテのスキルは何だろうか?


「あの、エリック・ペザンテのスキルはなんなんですか?」

「…….。奴のスキルは『洗脳』だ」

「…….洗脳?」


洗脳。自分の思想や常識を他者に強制的に植え付けること。


洗脳のスキルなら誰でも自分と同じ思想に変えられるって事だろうか。


「奴は自分の思想を、自分に心を許した相手に植え付けることができるんだ」

「あんまり強そうに思えませんけど……」

「そんなことはない。奴はポラリスのお役人達の懐に飛び込み、少しずつ洗脳を進めた。いまでは国王までもが奴と同じ思想になり奴に全幅の信頼を置いている。これがどういうことかわかるか?」


「…….この国はエリック・ペザンテの思うままに動かせるって事ですか?」

「そうだ。得た権力で王直轄音楽隊を作り、自らが指揮者に就任した。今では中央都市の富裕層しか許されていないが、音楽隊が結成された最初の数年は国民全員が音楽を楽しんでいたんだ。」


「最初は演奏や歌唱の禁止なんてふざけたルールはなかったんですね」


「ああ。だが次第に自分でも楽器演奏や歌唱を始め、皆に披露するものが現れた。でも奴はそれが気に食わなかった。自分の音楽隊以外の音楽を国民が楽しむことが許せなかったんだ。そして奴は初めての法改定を強行した。お役人や国王に『自分の作る音楽以外がこの国に存在することは許されない』という思想を植えることで味方につけてな。まぁ、その時は音楽隊員以外の演奏を禁じただけで、中央都市に行けば演奏を聞けるし、オーディションに受かれば音楽隊員として楽器演奏もできたんだ。今の法律に変わったのは……」


男の人は途中で言葉を止めて、私のことを気まずそうに見てきた。私が傷つくと思って話しづらいのかもしれない。


「私を見つけ出す為…….ですよね?」


私が答えを言うと男の人は驚いた顔になり、その後は心配そうな顔になった。


「そうか、奴に聞いたんだな。では君の体についても聞いたのか?」

「はい……。この体が私の物じゃなくて、この世界の両親の子供の体だって言われました」

「…….。そうか、辛いと思うが受け止めてくれ。君はこの世界に来てすぐに2回目の死を迎えている。死んだ後に魂を抜き取り、その体に定着させられたんだ」


改めて考えると、酷すぎる。あいつの為に前世が終わらされて、転生した後すぐにもう一度殺されて、最後には他人の肉体に宿らされた。そして12年経った今、この世界での私の大切な人達も皆殺しにされた。


私の人生はエリック・ペザンテの掌の上で転がされているみたいだ。


「そして定着した後、君の両親は君を連れて逃げ出した。」


……..。そういえば両親はなぜ私を連れて逃げたのだろう。中央都市から逃げて貧民街に来たってことは、元々は中央都市の人間だったんだろうか。


「あの…….。なんで、両親は私を連れて逃げたのでしょうか?」

「それは…..きっと娘を奴の人形にしたくなかったんだろうな」

「娘……この体の本当の持ち主…….」


「そうだ。君の両親についても話さないとな。君の両親はエリック・ペザンテの部下だったんだ。優秀なスキルを持っていた2人は奴に気に入られてた。だから洗脳のスキルで思想を植え付けられていたんだ。2人が部下になってしばらくした頃、君をこの世界に呼び出す計画が立ち上がったんだ。計画の準備と同時に、奴は君の歌声を完全に活かすことのできる器の研究を始めた。最初は人造の肉体を作っていた。だが時間をかけても一向に研究は進まなかった。そして人造人間では望む結果を得ることができないという結論に至った奴は、人体実験を始めたんだ」


「……..人体実験。それに選ばれたのが両親の娘だと?」


「そうだ。でも2人の娘が選ばれたのは最後だった。それまでに数人の赤ん坊が犠牲になっている。その犠牲の末に見つかったのが2人の娘だったんだ」


「両親は娘を差し出すことに抵抗しなかったんですか?」

「その時は洗脳されていたからな。抵抗する選択肢はなかったんだ」

「…….」


「2人の娘が器として選ばれたその後。転生した君を殺し、魂を取り出して赤ん坊の体に定着させた。赤ん坊になった君が産声を上げて、奴の計画はほぼ完了した。あとは赤ん坊を歌姫に育てるだけだ、と安心した奴は君の両親を赤ん坊のお世話がかりに任命したんだ。しかし君の両親は夜のうちに中央都市を抜け出して姿を消した。そして次の日の朝、奴は大事な歌姫がお世話がかりと共に消えたことに気づいた。すぐに連れ戻そうとしたが、君の両親は2~3ヶ月捜索しても見つからなかった。そして探し出すのは無理だと判断した奴は、方向性を変えて君から姿を見せるまで待つことにした。とある仕掛けしてな」


「仕掛け…….それが今の法律」

「そうだ。前世での君を知る奴は、君ならいつか音楽を奏でようとするだろうと考えたんだ」


「……..私はその仕掛けにまんまと引っかかった。そして両親は12年も私を隠していた罪で街の住民全員と共に殺された」

「……..」

「ははは…….私はこれからどうすればいいんだろう?」


安全な場所で、自分の身に起きた悲劇を思い返すと涙が溢れてきた。男の人は泣き続ける私を黙って見つめ、背中を摩ってくれた。


「なぁ、君に提案があるんだ」

「ぐすっ…….提案、ですか?」

「そうだ。もしも君が絶望しているなら、生きる意味を失くしたというなら……俺と一緒に復讐をしないか?」

「…….復讐?」

「ああ、君の人生を2度も弄んだ奴を…….エリック・ペザンテを……殺すんだ」

「,え?殺す?」


殺すという言葉に戸惑う私に、男の人は真剣な表情で頷いた。


「このままでは君はあいつの人形にされるだろう。死ぬまで奴の望む歌姫として奴に操られることになる。そんな人生送りたいか?」


「…….いやです」


「君を2度殺し、君の大切な人達を殺した奴を許せるか?」


「…….許せない」


「ならば、俺と共に奴に復讐しよう。俺も奴を許せない」


男の人は立ち上がり、私の前に立ち右手を私に差し出してきた。復讐するならこの手を取れということだろう。


「……..」


私は目を瞑り、考えを整理させる。


前世で急死し、この世界に転生した。それはエリック・ペザンテが私を強制的に転生させるためだった。


この世界で私はアリア・ラプソディーとして生まれ、貧民街で育った。それは転生後すぐに殺され、両親の娘の肉体に魂を定着させられたから。そして両親が私を連れて逃げてくれたからだった。


12年後、突然両親や街の住民達が皆殺しにされた。それは私を12年も隠していた罪に対しての罰だった。


私はエリック・ペザンテに人生を壊され弄られたんだ。絶対に許せない。今後死ぬまでエリック・ペザンテの理想の音楽を表現するための人形になるなんて嫌だ。でも音楽が許されない世界で逃げ続けるのも嫌だ。


それなら…….。


それならば…….。


私の手で!!


エリック・ペザンテの命を、いや……あいつの支配するこの国も! 


私の手で終わらせてやる!!


復讐する決意をした私は、ソファから立ち上がり、男の人の右手を掴んだ。


「よし、これから俺達は同じ復讐を望む仲間だ。よろしくな、アリア」

「はい、よろしくお願いします。……..そういえばあなたの名前は?」

「あっ、そういえば言ってなかったな。俺の名前はラルゴ、ラルゴ・ブレストだ」


そう言って男の人……いや、ラルゴは出会って初めて笑った顔を見せた。


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