第4話 動き始める物語

「ふざけないで......」

「ん? 私は至って真面目だが」


恨みを込めた視線をエリックに送る私。しかしエリックは少しも動揺していなかった。


悔しい。私みたいな子供など怖くもなんともないんだろう。


確かに、今の私は非力な12歳の少女だ。大人の男に太刀打ちなど出来ない。


頭ではわかってるんだ。でも、この男に大切な人達を全員殺されたという事実......


その事実が怒りを増幅させ、私の体を勝手に動かすのだ。


私はお父さんの死体が身に付けた腰袋を開き、中から小さな果物ナイフを取り出した。


刃先が短く、武器としては心許ないけど素手よりもずっとましだろう。両手で果物ナイフを握りしめエリックに突きつける。


「おやおや。まさか私を殺そうというのかい? やめなさい、歌姫にはナイフは必要ない」

「.......殺してやる!」


私に話しかけるエリックの言葉を無視し、果物ナイフを突き出したままエリックに向けて走り出した。


「はぁ、まずはおしとやかになる教育からする必要があるね......歌姫を捕らえろ、シャドー」


自分に向けて突進してくる私を見て、エリックはやれやれと首を振る。そして指をパチンと鳴らした。


「.......!?」


エリックが指を鳴らしたと思ったら、私の足元から腕の形をした黒い影のような何かが現れた。私はその影のような何かに体をガシッと掴まれ、動けなくなってしまう。


怒りのままに体を動かし、何とか脱出しようとするが黒い影はびくともしない。暴れてもがく私を見てエリックは大きくため息を吐いた。


「.......なによこれっっ!!」

「はぁっ。さっきまでの泣き叫ぶ君に戻ってくれよ。子供の力じゃシャドーから逃げる事なんて出来やしない。シャドー、もう意識を奪え。早く中央都市に連れて行くぞ」


エリックに命令されたシャドーという黒い影は、私の体から離れ首元へと移動した。そして少しづつ私の首を締め上げていく。


「......くっ、うあっ.......」


首元に巻きつくシャドーを掴み引き剥がそうとする。が、やはりビクともしない。


かろうじて少し空気が吸い込めるぐらいまで締め上げられ、だんだんと頭に酸素が回らなくなってきた...


体内に残った僅かな酸素を使い、無意識のうちに声が出る。


「だ......れ......か.......たす......けて......」


その言葉を最後に意識を失うと思ったその時、シャドーが私の首から突然離れた。


「ゲホッ、ゲホッ!」


咳き込みながらシャドーの方を見ると、シャドーの地面から出ている腕の根本が凍結していた。


何があったんだろう?突然の事に思考が追いついていない私の目の前に、綺麗な銀色の短髪が目立つ男の人が現れた。


「.......間に合ったな」


銀髪の男の人は一度私のことを見てそう言い、そして私とエリックの間に立った。


「.......貴様。今更私の邪魔をするのか?」

「.......今更じゃない。今までも邪魔はしてたよ。」


エリックと銀髪の男の人はお互いを知っているようだ。睨み合いをしているから仲が良かったわけではないと思う。


「.......アイシクル・ウォール」

「なっ!」


銀髪の男の人は、地面から氷で出来た大きな壁をエリックの四方に出現させた。氷の壁にエリックが閉じ込められたようだ。


「........」


今まで見たことのない不思議な現象に、私は只々見いることしかできなかった。そんな私の腕を銀髪の男の人が掴み私の体を起こしてくれた。


「とりあえず逃げるぞ」

「えっ?」


私の返答を待たずに、銀髪の男の人は私の腕を引っ張って走りだした。


私は腕を引かれるままに男の人の後を付いて行った.....




15分ほど走り続けただろうか? 男の人は中央都市へ向かう道の途中にある、暗い路地の前で止まった。


「こっちだ」


そして再び私の腕を引いて走り出した。暗闇の中をズンズン進み、暗闇の中を走り続けること数分後。


突然暗闇の先に光が見えた。光が見えると、男の人は走る速度を上げて一直線に光へ飛び込んだ。


「ふう、ここなら安全だ」


光の中に飛び込んだ先は、布団や小さいテーブル、3人掛けソファー、食料品などが雑多に置いてあるワンルームだった。


男の人は私の手を離すと、ソファーに寝そべった。息が荒いからとても疲れたのだろう。


15分も走り続けたのだから無理はない。実際私も肩で呼吸するほど疲れていた。


入り口で立ち尽くす私を見た男の人は、体を起こしてソファーの隅に座り直す。そして反対側の隅を指差した。


「とりあえず、座れよ」

「.......。はい」


私は男の人が開けてくれたソファーの隅に腰掛ける。


「........」

「........」


座ったはいいものの、お互いに口を開かずに沈黙が場を支配する。


本当なら私からお礼の言葉を伝えるべきなんだけど、短時間にいろいろな事が起こりすぎて頭がパンクしそうでなかなか言葉が出てこない。


しかしこのままでいるわけにもいかず、ゆっくり時間をかけながら口を開いた。


「あ、あの.......助け...ていただいて......ありがとうございました」

「.......。気にすることはない、俺の意思で助けただけだ」


短い会話が終わり、再び場を沈黙が支配する。


男の人はまだ話そうにないので、また私から口を開くことにした。


「あの、どうして......助けてくれたんですか?」

「.......。君の声に呼ばれたんだ」

「.......。私の.......声?」

「そうだ.......よし」


男の人は私の質問に答えると、何かを決意したように私の方へ顔を向けた。


「君は......どこまで知っている?」

「.......どこまで?」

「その様子だと、ほとんど知らないようだな」


小さくため息を吐いた男の人は、ソファーから立ち上がり部屋の角に置いてある冷蔵庫から水のペットボトルを2本取り出して戻ってきた。


ソファーに座り、1本のペットボトルを私に渡す。そしてもう1本の蓋を開き、中身を少し飲んだ。


「ふぅ。長くなるかもしれないが、君は知らないといけない事だ。ちゃんと聞いてくれ」


男の人は真剣な目を向けながらそう言った。私は無言で頷き了承する。


「ではまずは、さっきの男。エリック・ペザンテについてだ」


こうして、私は助けてくれた男の人に12年間知らなかった真実を告げられることになった...

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