第2話 叫ぶ歌姫と笑う紳士服

「…なんで…死んでる?」


シーンと静まり帰った貧民街。その中の一つの家に入った私は、この家に住んでいる家族の死体を発見した。


家族全員が胸に拳くらいの穴を開けられていて、そこから血が流れ出している。


なんで?なんで家族全員死んでるの?私が散歩してる時は、みんないつもの様に生活していたのに……


たった1〜2時間でこんなことになるなんて信じられない….


「と、とにかくシェリフに知らせないと!」


私は震える足をなんとか動かして外に出た。そしてそのまま保安官駐在所に向けて走った。


この世界は警察の代わりに保安官が街の平和を守っている。仕組み的には日本の警察とほとんど同じらしいけど、富裕層ばかり優遇し、貧民街の人間なんてまともに話を聞いてくれない。そうと知っていても、近くに誰もいない今の私は保安官に頼るしかない。


駐在所についた私は急いで中に駆け込んだ。保安官はさっきも言ったように嫌な人ばかりだけど、ここの保安官とはよくお話するからきっと力になってくれるはず。


「すみません!近くの家の家族が全員死んで……ひっ!!」


保安官がいつも座っている仕事用の机に向かうと、保安官達も死んでいた。


「あ、頭がな……い?」


保安官の死体はさっきの家族の死体よりもひどい姿だった。首の根本から頭までがない。


「う、うううううぇ…」


あまりの凄惨な現場に私は思わず吐いてしまった。駐在所全部が血生臭く感じる…


「だ、誰か助けて…」


私は吐いても消えない吐き気と震える足と戦いながらもう一度街に戻った。


「大人…、大人の人なら誰でもいいから!」


私は手当たり次第に人に家に入っていった。不思議とどこの家にも鍵がかかっていなかったから全ての家に入ることができた。


「なんで……全員…..死んでいるの?」


最後の家から出た私は、道端にへたり込んだ。全ての家を確かめた結果、私達家族以外の全員が殺されていることがわかった。


もうこの貧民街で生きているのは私の家族だけみたいだ。


「お父さん…お母さん...そろそろ帰ってくる時間…」


確か、お母さんは3時間くらいで帰ってくると言っていた。だから時間的にそろそろ街に帰ってくるはず。もうお父さんとお母さんを待つしかないけど…今は1人じっとしていたくない。何かしていないとみんなの死体が嫌でも頭に浮かんでくる。


「私も中央都市の方に向かって合流しよう。」


足にうまく力が入らなくなっていた私は、貧民街の入り口にふらふらと歩いて行った。


ー貧民街入口ー


貧民街入り口についた私は、周囲を見渡した。


「.......見当たらないな」


入口近辺にはお父さんとお母さんは見当たらない、どうやらまだ着いていないらしい。とりあえずまっすぐ行けば中央都市の方へ行けるはずだ。そう思って歩き出そうとした時だった...


目の前にいきなり眩い光が出現した。そしてその光が消えると2人の男女が現れた。私はそれが誰かがすぐにわかった。


「お父さん!お母さん!」


そう、光から出てきたのは私の両親だったのだ。2人は肩で呼吸するほどに息切れしていた。よほど急いでいたのだろうか? 


いきなり現れた両親に私は驚きすぎて今の状況を忘れたかのように質問攻めをしてしまった。


「今どこから出てきたの!? どうしたの? 何があったの!?」


まくし立てる私の肩をお父さんが優しく掴む。そして息を整えながらゆっくりと話を始めた。


「はぁ、はぁ。ア...リア。後でゆっくりと話すから、今は街の様子を教えてくれ。」

「アリア...ごめんね。」


なぜかお母さんは私に謝ってきた。しかも泣いてしまっている...


泣いているお母さんを見て、さっきまでの死体の光景が頭を支配しようとする。


「.......お父...さん...、みんな...みんな...死んじゃってた...」


1人ぼっちという環境から、無意識に抑えられていた悲しみが一気に爆発した。私の目からは大粒の涙が止めどなく流れ、救いを求めてお父さんに抱きついた。そんな私をお父さんは優しく抱きしめ返し、お母さんは私の背中を撫でてくれた。


2度目の人生とはいえ、前世も17年しか生きてない。合わせれば29年生きていることになるけれど、まだまだ私の心は子供のままで大人にはなれていないようだ。


泣き止まない私をなだめつつお父さんは真剣な声で話を始めた。


「そうか...辛い経験をさせてごめんな?...だけどな、アリア。今は感傷に浸っている場合じゃないんだ。今はただ、お父さんとお母さんと共に遠くに逃げることだけを考えるんだ。わかるかい?」

「ぐすっ...逃げる?」

「そうだ、とにかくすぐにこの街を出るぞ。」

「でも...みんなの死体が...」

「今は家族が生き延びる事だけを考えなさい。」

「...わかった。」


少し冷たいと感じるけれど、生きていく為には仕方のないことなんだろう。


お父さんから離れてお父さんに頷いてみせる。それを見たお父さんは頷いて私の手を握ってくれた。


あったかくて大きなお父さんの手...お父さんがいれば大丈夫、そんな気がしてくる。前世では両親なんてうざいだけとか思ってたけど、両親って本当に子供を愛してくれてるんだなぁってこの世界にきてから本当に思うようになった。


「アリア、お母さんとも繋ごう?」


反対の手をお母さんと繋ぎ、街の外に歩き始めた...その時だった。


歩き始めたはずのお父さんとお母さんが足を止めたのだ。不思議に思って顔を見ると、2人とも青ざめて小刻みに震えていた。そして同じ方向をじっと見つめている。


2人の視線の先に目を向けると、そこには綺麗な紳士服を身に付けた男性が立っていた。その男性は、私が自分を見ていることに気がつくとにんまりと笑った。


「そうか...その子が貧民街の歌姫だな?」


そう言ってきた男性の目はなぜかとても気持ち悪く感じた。思わず私は両親の手を強く握った。気持ち悪さを感じている私に気づいたお父さんは、盾となるように私の前に出た。お母さんもお父さんの隣で私を守るように立った。


「この子は...絶対に渡さないぞ。」

「そうよ...この子は私達夫婦の娘よ。」


2人は男性に向けてそんなことを言い放ったが、声は震えていた。お父さんもお母さんもこの男性に恐怖を感じているのかもしれない。


そんな両親に男性は苦笑した。


「ふん、これはお前らが犯した罪への罰だろう?大人しく従え。」

「ふざけるな!お前が決めた下らない法などに従わないぞ!」

「そうよ!さっさと帰ってよ!」


反抗的な2人の態度に男性の顔は徐々に怒りに染まっていく。


「......どうしても従わないと言うのか?」

「当たり前だ!俺達の娘は渡さん!」

「そうよ!」


男性の真っ赤に染まっていっていた顔が、途端に真顔に変わった。そして薄気味悪い、黒い笑みを浮かべる。


「......12年に及ぶ最重要法律違反。そして検挙されてもなお、反抗的な態度。最終警告にも同様に反抗。判決は死刑だ。」


男性は笑みを浮かべたまま、両手の拳を握り締めて両親に向けた。そして次の瞬間、両親に向けている拳が光った。光はすぐに消えて、両手もすぐに下ろされた。


「.......?」


男性が何をしたのかわからず戸惑っていると、お父さんの小さい声が聞こえてきた。


「ア...リア...ごめ...んな」


そう言ったお父さんとお母さんは、私の目の前に倒れた。


「お父さん!?、お母さん!!」


私は慌てて2人の体を揺らすが反応はない。仰向けに倒れた2人の背中を見ると、拳くらいの穴が開いていた。そう、街の住民と同じように。


「......い...や......いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


ー アリアの絶叫が貧民街に響き渡る。大泣きしながら叫び続けるアリアを、男性はうっとりしながら見つめていた。 そしてポツリと一言だけ呟く。


「ああ...ついに見つけたよ。...私の...私のかわいい歌姫......」

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