第71話 レオンハルトへの相談
夜になり、いつも通りアミルはレオンハルトと夕食を共にする。
基本的に朝昼は自室で、夕食だけはレオンハルトと共に食堂で摂るのが日常だ。一応ながら情報交換、進捗報告の場を兼ねているけれど、今のところ特に状況に大きな動きはないため、ほとんど雑談の場だ。
昨日は一応、マリアンヌについて報告しなければならないこともあったために、敢えて同席させなかった。
しかし、少しばかり状況が変わったのと、マリアンヌ関連で報告すべきことがあったため、今日の夕食はアミルの少し後ろにマリアンヌも控えている状態だ。
「レオンハルト様、少し伺いたいことがあるのですが」
「どうかしましたか?」
いつも通り、レオンハルトは三角食べというか、メインの肉を頬張りながらパンを食べるという行儀の悪さだ。もっとも、もう二年以上も見続けてきたため、アミルとしても見慣れたものだった。
もっとも、今のところ真似するつもりはないけれど。
「はい。レオンハルト様はわたしに対して、ゴーレムの納期を示してくださったと思うのですが」
「……納期ですか?」
「はい。レオンハルト様が死ぬまで、と」
「ああ、それですか。言いましたね」
それは以前、アミルがレオンハルトに対して尋ねたことだ。
ものづくりにおいて、納期というのは非常に重要なものである。納期に応じてこだわる部分も変えるし、厳しければ仕様変更の嘆願も行わなければならないのだ。
そんなアミルの質問に対して、レオンハルトは「僕が死ぬまで」と言ったのだ。正直、これは納期がないことと同じである。
ゆえに。
アミルは、その発言を逆手に取る。
「実は、人手を増やしたいと思っています」
「……そうなんですか?」
「はい。二十八号の作成にはまだ掛かることができていませんが、作業量などを考えるとわたし一人では難しいように思いまして。例えば、同時に別の箇所で魔術式を構成する必要なども、作業途中で出てくるんです」
「はぁ」
アミルの言葉に、レオンハルトは首を傾げる。
これはゴーレムを作っている者でなければ、なかなか分かりにくいものだろう。小型のゴーレムならば右手と左手で同時に行うこともできるが、これが大型になると物理的に手が届かなくなるのだ。
そのため、一人で作ることのできるゴーレムというのは、かなり限られる。
ぶっちゃけ最初は、その作業のときだけラビを呼んでもらおうと考えていたくらいだ。
「ですので、労働力を増やそうと思います。わたしレベルの者がもう一人いれば、それで十分だと思いますので」
「ふむ。アミルほどの技術者をもう一人確保するとなれば、難しいと思いますが」
「わたしはまだ未熟者です。わたし程度の準ゴーレム師なんて、腐るほどいますよ」
「……本気で言っているなら、奥ゆかしいと思うべきなんですかね」
はぁ、と呆れたように溜息を吐くレオンハルト。
アミルも一応、それなりにゴーレム作りの技術について自信は持っている。だが、今の今まで自分以外の準ゴーレム師と出会ったこともなく、比較対象にしている相手が世界に五人しかいないゴーレム師の一人、『鋼の宝玉』ラビ・ガビーロールだ。彼の魔導技術に比べれば、アミルのそれは未だ足元にも届かない。
きっと世界は広いのだから、アミルを超える技術の持ち主など大勢いることだろう――そう考えている。
「ただ、二十八号……『テツジン』をはじめとして、レオンハルト様が希望されているゴーレムの製造に、あまり外部の人間を使いたくはないと考えます。かなり長期の仕事になりますので、それだけの時間を拘束するわけにもいきませんし」
「ふむ」
「ですので、これを機会というか……折角なので、わたしの侍女にゴーレム技術を教えようと考えています」
「……」
ちらり、とレオンハルトがアミルの後ろ――マリアンヌを、一目見る。
マリアンヌには一応、「わたしの方から全て説明しますから」とは言ってあるけれど――。
「……なるほど、ゴーレム技術を」
「はい。マリアンヌは自ら『現代ゴーレム基本論』を読み込むほどゴーレムに興味を持っていますし、本人曰く土魔術に適性があるとのことでした。本日の昼間に簡単にチェックを行いましたが、ゴーレム作りに向いている魔力をしています」
「そんなのがあるんですか」
「土魔術にも幾つかの種類がありまして、ゴーレム技術に向いているのは『変成』の魔術が多いのです。わたしやラビ先生は、『変成』の魔術に特化した魔力をしています。そしてマリアンヌにも、『変成』の素質があります」
「……ふむ」
魔力の向き不向きを細分化すれば、それこそ一つの属性において五つくらいに細かく分かれる。
そして土魔術であっても、それが農地の土壌改造などに向くものだったり、大地そのものの隆起や地形変化に特化したものだったり、逆に自然現象を操ったりするものもあるのだ。そして『変成』の魔術は、その中でも特に土や金属の形状や性質を変えることに特化したものである。
この素質が一定以上なければ、準ゴーレム師にさえなれない。
「ですので……納期がかなり先であるということも理由の一つですが、今後のゴーレム作りにおけるわたし以外の労働力として、マリアンヌに色々と技術を教えていきたいと思っています。その上で、わたしの作業を手伝っていただければと」
「ふむ……ライオネル、どう思う?」
「は、旦那様」
すっ、とレオンハルトの隣で頭を下げるライオネル。
少しだけ悩んだような素振りを見せてから、こほん、と軽く咳払いをした。
「カサンドラもそうでしたが、奥様付きの侍女の仕事は、非常に少ないそうです。カサンドラは手が空いた時間に、使用人の服の繕いなどを行っておりました。カロリーネは現在もそうですが、手空きの時間には寝ているそうです」
「カロリーネには注意をしておけ」
「は。その上で……そんな手の空いた時間に、奥様のお手伝いをするというのは、小生としては賛成です。無論、業務に支障のない範囲内ですが」
「ふむ」
レオンハルトは、少しだけ悩むように顎に手をやり。
そして、大きな溜息と共に言った。
「参考までに、アミルに聞きますが」
「はい」
「僕がもし、駄目だと言った場合はどうするんですか?」
「こっそりレオンハルト様のいない場所で教えて、レオンハルト様にばれないように手伝わせます」
「なら、どちらにしても同じですね」
ふふっ、とレオンハルトは笑って。
そして、頷いた。
「アミルの好きにしてくれて構いませんよ」
「ありがとうございます」
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