第70話 マリアンヌの考え
「ふぁ……」
「おはようございます、奥様」
「ええ、おはよう」
朝。
いつも通りの時間に目覚めたアミルは、いつも通りに部屋へとやってきたマリアンヌに一言挨拶をして、既に朝食の並べられたテーブルへと向かった。
朝はいまいち頭が働かず、半分ほど閉じた目のままでもそもそと朝食を頬張る。嫁入りした当初は毎日のように驚いていた豪華な食事だが、人間というのは慣れるものであり、今となっては代わり映えのしないものになっていた。
もっとも、そのせいで実家に帰りたくないのだが。このレベルの食事に慣れてしまったアミルは、今後レオンハルトとの関係が悪くなってしまった場合、どうすればいいのだろう。
とりあえず、どんな要望にも応えられるように、しっかり勉強を重ねるべきか。
「ふぅ……」
「お下げいたします」
元々、ほとんど朝食は食べない生活をしていたアミルだが、さすがに二年以上もこうして食事を提供し続けられると、体が慣れるものである。最近では、朝食をしっかり食べて寝起きの紅茶を飲んでからでないと、作業を始めることができなくなっていた。
もっとも、栄養と同じく肉も貯め込んでしまう体質であるため、毎日のストレッチが日課になってしまったのは一つの弊害だろうか。
「あの、奥様」
さて、工房に籠もるか――そう考えていたアミルに。
唐突にそう、マリアンヌが話しかけてきた。
「どうしましたか、マリアンヌ」
「その……差し支えなければで、よろしいのですが」
「ええ」
「わたくしにも……その、ゴーレムのことを教えていただければ、と」
「おぉ……!」
思わぬマリアンヌの言葉に、アミルは眉を上げる。
先日、『現代ゴーレム基本論』を読んでいたマリアンヌが、もしかするとゴーレムに興味があるのかもしれないと考えた。もしマリアンヌもゴーレムが好きならば、一緒にゴーレムについて話をしたいとも考えていたのだ。
ちなみに、このことについて第二侍女のカロリーネは「女子でゴーレムが好きな人って、奥様以外にもいるんですねぇ」という反応だった。やはり、一般的というわけではないのだろう。
だが、アミルも少しだけ反省した。
いくらマリアンヌが『現代ゴーレム基本論』を読んでいたとはいえ、ちょっとグイグイ行き過ぎたのではないか、と。
もしかするとマリアンヌはアミルの第一侍女になった時点で、アミルに対する理解度を少しでも深めるためにゴーレムについて学ぼうとしていただけかもしれない、と。
ならば、アミルの方から無理やりに誘うのは、マリアンヌにとっても迷惑になるだろう。
だからアミルは、自分に約束を課した。
マリアンヌの方からゴーレムの話題を振ってこない限り、こちらからは言うまい、と。
「ふむ。マリアンヌは、ゴーレムについて学びたいのですか」
「は、はい。奥様」
「それは、何故ですか?」
はやる気持ちを抑えて、落ち着いてそう言う。
『好きこそものの上手なれ』という言葉があるが、学ぶにはそれ自体に興味がなければならない。少なくとも、その分野を学びたいと自分から思うことが大事なのだ。
マリアンヌに、本当にゴーレムを学びたいという気持ちがあるのか――。
「え、ええ。その……わたくし、お庭のゴーレムを、拝見いたしました。とても、大きなゴーレムを」
「ああ、二十七号ですか」
「あんなにも立派で素敵なゴーレムを、わたくしも作ることができればと……そう、思ったのです」
マリアンヌがきらきらと輝く碧眼で、アミルを見る。
こうして見ると、人形のような可愛らしさがある――そう思わず見とれてしまった。少なくとも、可愛げはアミルの数百倍あるだろう。
しかし、その言葉にはちょっと聞き逃せないフレーズがあった。
「素敵なゴーレム……ですか」
「はい。とても立派で、凜々しいと思います。頭部から体もずんぐりと丸まっているというのに、丸っこさの中にもどこか無骨さがあって……それでありながら、顔立ちもどこか愛嬌があって可愛らしくて……」
「……」
「一目見て、なんて素敵なゴーレムなのだと……」
とりあえず、マリアンヌが変なヤツであることは理解できた。
正直アミルは作った本人であるけれど、デザイン案は全てレオンハルトに提出されたものである。アミルは、そのデザインを忠実に再現した作っただけのことだ。正直、外見に愛着など微塵もない。
カサンドラも「変な顔をしていますね」と言っていたし、カロリーネも「変わった見た目ですね」と言っていたし、大体皆同じ意見だと思っていた。ただ一人、レオンハルトだけは何度となく二十七号を見に来ては「うぅん、格好いい!」と唸っているけれど。
どうやらここに、奇跡的にレオンハルトのセンスを理解できる人物がいてくれたらしい。
「なるほど。その気持ちは、わたしには理解できませんが……」
「あのゴーレムは、奥様がお一人で、一からお作りになられたと伺いました」
「ええ、まぁ、そうですね」
「ですので……奥様に、教えていただきたいのです」
マリアンヌはそう言って、アミルに向けて頭を下げる。
「わたくしは、王立学院では土属性の魔術に適性があると言われました。そのとき、基本的な土魔術については学んでおります。わたくしが勉強をして、それなりの知識を得ることができれば……少しでも、奥様のお手伝いができるのではないかと、そう思いました」
「……」
「ですので、奥様の手を煩わせてしまうことになるかもしれませんが……独学ではやはり限界があると考えて……え、奥様?」
「うぅ……」
マリアンヌの言葉に、思わずアミルは目頭を押さえる。
この家の主人は、こちらに無茶な発注をしてくるばかりなのに。
だが確かに、追加人員は欲しいと考えていたところだ。アミル一人で作っていくには、色々と限界があるのも確かである。
今まではカサンドラに指示だけ与えて、軽く手伝ってもらったりしていた。しかし、本格的に学びたいというマリアンヌがより深い知識を得れば、今後のゴーレム作りに役立ってくれるかもしれない。
「なるほど……そういうことですか、マリアンヌ」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。マリアンヌ……わたしもまだ修行中の身ですが、わたしに分かることは教えましょう。わたしに分からないことも、二人で学んでいきましょう」
「お、奥様! ありがとうございます!」
マリアンヌが、嬉しそうにそう頭を下げてきた。
それと同時に、アミルが考えていたことは。
労働力、ゲットだぜ。
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