第68話 共通の趣味

「え、あ、この、それは……」


 アミルが手で示した本を見て、マリアンヌが困ったように眉を寄せた。

 この本は、アミルの蔵書というわけではない。アミルの蔵書は至る所に付箋が貼られているし、ペンで書き記している部分も多々ある。加えて、何度も何度も捲りすぎてぼろぼろになっているのだ。

 だがこの本は見る限り、ある程度読まれた形跡こそあるけれど、まだ新しい。

 つまり、まだ購入してそれほど日が経っていないということだ。


「マリアンヌも、ゴーレム作りに興味があるのですか?」


「そ、それは、その……」


「……なるほど」


 言い淀んでいるマリアンヌに、アミルは頷く。

 ゴーレム技術というのはこの国における大切な労働力であり、生活に欠かせないものだ。だがその反面、ゴーレムに憧れるのはどうしても男の子が多く、女子はさほど関心を示さないのである。

 アミルが幼い頃、父ウィリアムがアミルに、絵本の『はたらくゴーレム』を購入してきたのも記憶に新しい。様々な工事現場などで使われているゴーレムや、災害時に使用されるゴーレムなどが一覧になったそれは今でも内容を覚えているものであり、現在のアミルを形作ったものの一つだと言えるだろう。

 しかし、そんな『はたらくゴーレム』に対して母ハンナは、「アミルは女の子なんだから、そういうのに興味を持つのはねぇ」と否定的だった。ちなみに、余談だが現在のアミルの状態に対して、父ウィリアムは『はたらくゴーレム』を与えたことを後悔しているらしい。


 閑話休題。

 とにかくゴーレムが好きな女子というのは、あまりいない。少なくとも、アミルの通っていた学院の同級生には、誰一人いなかった。

 いや。

 むしろ、ゴーレムが好きだと女子が公言することが憚られる――そんな風潮すらある。


「確かに、女子がゴーレムを好きというのは、言いにくいものかもしれません」


「……へ?」


「わたしも昔は、『ゴーレムなんて男の子が好きなものなんだから』と何度言われてきたことか……」


 ゆえに、アミルは理解した。

 恐らくここでゴーレムについての本を読んでいたマリアンヌは、ゴーレムに興味がある。しかし女子がゴーレムを好きだということを言い出しにくい風潮のせいで、こうして言い淀んでいるのだろう。

 うん、とアミルは頷いた。


「マリアンヌ、それは決して恥ずかしい趣味ではありません。ゴーレムを好きなのは男子で、女子はお人形やおままごとが好きなどというのは、大人の決めつけです」


「……あの、奥様?」


「ここには、わたしという同志がいます。安心してください。わたしが、その趣味に対して笑うことなど決してありません。むしろ、ゴーレムに興味があるならば是非わたしと情報交換を行いましょう」


「……はぁ」


 アミルの言葉に対して、マリアンヌが引きつったような笑みを浮かべている。

 はっ、とそこでアミルは気付いた。


「おっと……失礼しました。確かに、今『現代ゴーレム基本論』を読んでいるということは、まだ勉強し始めて間もないということですね」


「うっ……!」


「わたしとしたことが、少し急いてしまいました。もし『現代ゴーレム基本論』で分からない部分などありましたら、わたしに聞いてくれてもいいですよ。あと、専門書の方はそちらの棚にありますから、興味があったらいつでも見てくれて構いません。ただ、わたしは著者順に並べるのが好きなので、本はちゃんと元の位置に戻してくださいね」


「……」


 マリアンヌは、少しだけぽかん、としてアミルを見て。

 それから、「あ、ああ!」と何か気付いたように頷いた。


「あ、ありがとうございます、奥様」


「ええ。わたしとしては、同志が一人でも増えることは嬉しいですから」


 慣れたカサンドラから、新たに変わったマリアンヌ。

 正直、少しやりにくいなと考えていた部分は、少なからずあるのだが。


 趣味が同じなら、きっとこれから盛り上がる話題もあるだろう。

 そう今後にわくわくしながら、アミルはマリアンヌが運んできた昼食に手を伸ばした。















「そういうわけで、マリアンヌもゴーレム作りに興味があるらしいんですよ」


「……そう、なんですか」


 夕食の席。

 いつも通りの情報交換の席で、アミルはレオンハルトへと今日あったことを報告していた。そしてレオンハルトとしても、今日から侍女が交代したわけであるから気になっていたらしく、まず聞いてきたのが「マリアンヌはどうでしたか?」だった。


 ちなみに、そのマリアンヌはこの場にいない。

 一応、今日はレオンハルトがアミルから忌憚のない意見を聞きたいということで、家宰ライオネルから別部屋の掃除を任されている状態だ。そのため、アミルとしてもマリアンヌに気を遣うことなく、意見を言える場である。


「まだ『現代ゴーレム基本論』の状態なので、勉強を始めたばかりだとは思うのですが」


「……ええ」


「今後興味を持って勉強を続ければ、きっと伸びてくれますよ。勉強にあたって最も必要なのは、自らやる心ですから」


 夕食を味わいながら、アミルはそう言う。

 ゴーレム作りを専門に教えてくれる学校も、確かに存在する。しかしそういう授業を受講したからといって、即ちゴーレム技術が伸びるというわけではない。

 むしろ自ら書籍を読み込み、空いた時間にゴーレムのことを考える――そんな人間の方が、より深い学びを得られることも多いのだ。

 もしマリアンヌが分からないことや困ったことがあれば、何でも相談に乗ろう。

 そう。

 数少ない同志の出現に、アミルは満足しているのだ。


「ふむ……」


 しかしレオンハルトの方は、不思議そうに首を傾げていた。


「……まぁ、アミルが問題ないようなら、僕からは特に何も言うことはありません。今後も、マリアンヌを第一侍女という形にしますね」


「はい。ありがとうございます」


「そうだ。ゴーレムに興味があるのなら、マリアンヌを一緒にゴーレム博物館に連れて行くのはどうですか?」


「ああ、確かに! それは良い考えです!」


 アミルは思わず、レオンハルトの言葉に頷く。

 正直アミルも、ゴーレム博物館には週に一回くらい行きたいのだ。何せレオンハルトは、二年目の年間パスポートも購入してくれたし。

 しかしアミルのゴーレム博物館同行係が、皆嫌がるためにじゃんけんで決めているという話を聞いてから、少し自重していたのだ。


 だが、マリアンヌも興味があるのなら。

 きっと、二人で愉しくゴーレム博物館も見学できるだろう。そう、アミルは胸を躍らせた。

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