第67話 新しい侍女マリアンヌ

 冬が過ぎ、春が訪れた。

 アミルがエルスタット家にやってきてから、丁度二年。この二年間、ゴーレム作りしかやってきていない気がする。

 冬を室内で過ごし続けたために、若干ながら服の下に肉が貯留されているのが自覚できていたが、とりあえず考えないことにした。人間の特性として、冬は太りやすく夏は痩せやすいものだ。きっと。


「それでは、奥様。お世話になりました」


「ええ、カサンドラ。お幸せに」


「はい……奥様にお仕えできて、大変光栄でございました」


 そして、今日がカサンドラ最後の日である。

 アミルからすれば、実家からエルスタット家まで一緒にやってきたのもカサンドラだったし、そこからずっと仕えてくれた存在だ。そこに寂寥は、少なからずあるけれど。

 ただアミルの引きこもり生活を考えるならば、まぁ正直、侍女が誰であっても大して変わりないだろう。

 レオンハルトからは、割と多額の退職金と祝い金を持たされたらしい。


「それでは、奥様。本日よりわたくしマリアンヌが、奥様の第一侍女となります。何かありましたら、お申し付けくださいませ」


「ええ。これから、よろしくお願いします、マリアンヌ」


 そして、第一侍女は事前に言われていた通り、マリアンヌに変更となった。

 恐らくアミルより一、二歳程度年下だろうと思われる、まだ少女の面影を残している侍女である。しかし美しい金色の髪とか、しみの一つもない肌とか、割と高貴な生まれなのではないかと思える女性だ。

 なんとなく、やりにくくは感じるけれど。

 まぁ、それもきっと慣れだろう。


「ではマリアンヌ。わたしは、これから工房の方に入ります。緊急の用事でもない限りは、決して扉を開けないようにお願いします」


「はい、承知いたしました」


「わたしがいない間は、この部屋で自由にしていて構いません。座るのも結構ですし、お茶も好きに飲んでください」


「お心遣い、ありがとうございます」


 アミルはひとまず、カサンドラにも言ったことをそのままマリアンヌへ告げた。

 専属侍女という形ではあるけれど、工房に籠もったアミルは基本的に一人きりであり、その間彼女はずっとアミルの部屋で待ち続けることになる。そして、アミルがいない間もずっと気を張ってじっとしている必要はない、とカサンドラにも言ったのだ。

 カサンドラも最初は遠慮していたけれど、実際に何時間も工房から出てこないアミルに最後には呆れて、適当にアミルの部屋で時間を潰していた。編み物をしたりとか。

 勿論、アミルが出てきたらすぐに立ち上がって、お茶の用意をしてくれたけれど。


「お掃除の際など、触れてはならない場所はございますか?」


「いえ、特にありません。ご自由に」


「承知いたしました。ありがとうございます」


 マリアンヌがそう、頭を下げてくる。

 実際、カサンドラと共に侍女として仕えるのは初めてではないのだが、今日はマリアンヌが初めて、一人でアミルの専属侍女という形だ。きっと気合いが入っているのだろう。

 お掃除なんて、割と広いこの部屋でも十数分といったところだろう。その後は、適当に過ごしてくれるはずだと思う。


「では、わたしは工房に向かいます」


「はい。ご無理をなさらないでくださいね」


「ええ」


 マリアンヌにそう答えて、アミルは隣――工房へと入る。

 今日の研究テーマは、二十八号を製作するための環境作りだ。

 作業用ゴーレム二十七号に任せる部分は多いけれど、それでも手の及ばない部分は他にないか、手の及ばない部分に対してどのような作業用ゴーレムを用意すべきか、そのあたりを図面で確認していく作業である。

 ふんふーん、と我知らず鼻歌を口ずさみながら、アミルは今日も引き籠もるのだった。















「ふー……ああ、そろそろお昼ですか」


 ふとアミルが顔を上げると、既に時計の針は正午近くを指していた。

 以前は食事も寝ることも忘れて、ぶっ通して研究を続けていたアミルである。しかしエルスタット家にやってきて二年、割と規則正しい毎日を送っているからか、昼食となると腹時計の方が先に反応するようになった。

 きっと屋敷のシェフが、サンドイッチを用意してくれているだろう――そう思いながら、アミルは工房から出る。

 そして、恐らく朝からずっとこの部屋にいたのだろうマリアンヌが、ソファから立ち上がった。


「お帰りなさいませ、奥様」


「ええ。昼食の時間ですね」


「はい、お持ちします」


 マリアンヌが頭を下げて、銀のカートを引いて出て行く。

 午前はちゃんと座っていたようだし、アミルとしても安心することができた。

 何せカサンドラは最初の一月ほど、アミルが工房に引き籠もっている間も一切座ることなく、じっと立ったままで控えていたのだ。さすがにアミルも申し訳なくなって、「わたしがいない間は、座ってください」と伝えたのも記憶に新しい。

 ふぅ、とアミルがマリアンヌの座っていたソファ、その正面に座り。


「……あれ?」


 そのテーブルの上に、本が広がっているのを見た。

 恐らく、マリアンヌが読んでいたのだと思う。勿論、時間つぶしに本を読むくらいはしてもいいと思うし、咎めるつもりはないのだが。

 問題は、その本の内容である。


「……これは」


 ふむ、とアミルが首を傾げていると、こんこん、と部屋の扉が叩かれる。

 当然、銀のカートを引いて戻ってきたのはマリアンヌだ。そのカートの上には、いつも通りのサンドイッチと湯気を立てるお茶のカップが置かれている。


「お待たせしました、奥様」


「ええ」


「あっ……す、すみません、本、片付けていなくて……」


「いえ、それはいいのですが、聞きたいことがあります」


「えっ……」


 アミルが手に取っている本を見ながら、マリアンヌが焦るのが分かる。

 本を読んでいたのも、本を片付けていないのも、別にいい。そんなことは今、どうでもいいのだ。

 ただ、問題は――。


「マリアンヌも、ゴーレム作りに興味があるのですか?」


 マリアンヌの読んでいた本。

 それは――『現代ゴーレム基本論』。

 誰でもない、アミルの師であるラビ・ガビーロールが書いた、現代の魔法技術におけるゴーレム作りの基礎を書いた書籍だった。無論、アミルも持っているし大量に付箋が貼られているし、今も分からないことがあれば捲る愛読書の一つである。


 つまり。

 同類を見つけた――そう、アミルの目が輝いた。

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