第65話 閑話:ミシェル第一王子
ミシェル・ヴィエッツ・アルスター第一王子は、妾腹の子である。
父であるアルスター王国国王、ヨハン・ヴィエッツ・アルスター三世の子でこそあるが、その腹は王妃であるクリームヒルト・ヴィエン・アルスターでなく、ヨハンの寵愛する側室だった。
当時、ヨハンが王位を継いで間もない頃であり、公爵家の出自であるクリームヒルトとの間に、男児が生まれることを期待されていた。しかし、ヨハンはクリームヒルトという正妻を得ても後宮に寵愛する側室を何人か残していた。これは、王としてできる限り世継ぎを作らなければならないという使命がある以上、当然のことではある。
しかし問題は、その側室が正妃であるクリームヒルトよりも早く子を成したことだ。
しかも、男児。当然ながら、長子として王家に生まれた者は、第一王位継承者となる。つまるところ、次代の国王だ。
そうして生まれた男児が、ミシェルである。
「ふははははは! やはりゴーレムは良いな!」
ミシェルは今日も、執務室で幾つか小型のゴーレムを見ながら、哄笑を上げていた。
王家でのミシェルの評判は、決して良いものではない。家庭教師の教育からも逃げ、使用人には当たりが強く、ゴーレムにばかり執心していると。それを父であるヨハンから、直接注意を受けたこともあったほどだ。次代の王位継承者として、何を考えているのかと。
しかし逆に、そのようにミシェルが立場を弁えない行動をすればするほど、王妃クリームヒルトは機嫌が良かった。ミシェルよりも二年遅れて生まれた、クリームヒルトの男児――カトル第二王子の評判が、それだけ上がるというのが理由である。
将来的には、長子であるけれど側室の腹であるミシェル、次子ではあるけれど正室の子であるカトル――この二人によって王位が争われるだろう。そのとき、ミシェルの評判が悪ければそれだけ、カトルが王となる可能性が高いのだから。
「のうザガン! 見てみよ! この腕のパーツなど、実に良いと思わぬか!」
「はい。実によろしいと思います」
「うむうむ! やはり惜しい! 惜しいぞアミル・メイヤー! 欲しい!」
「確かに、卓越したゴーレム師ではあるようですね」
今、ミシェルが眺めているのは、かつてレオンハルトがアミルに作らせたテツジン――その試作品七号である。このあたりになると、ほぼ造形のみで動く機能は持っていない。ほとんどフィギュアのようなものだ。ちなみにこれは、いつぞやエルスタット邸へ訪れた折に、レオンハルトから友好の証として渡されたものである。
だがそれを眺めながら、それぞれのパーツについて熱く語るミシェル。
既に十四才にもなりながら、まるで子供から成長していない――そう周りから嘲笑を受けるのも、慣れたものだった。
「そこの者」
「は、はいっ! ザガン様!」
「殿下に、お茶をお持ちしてくれ」
「分かっているだろうな! ダンダルシア産の焙じたセイローン茶葉を、沸騰直前で淹れるようにな! その方が香りが際立つのだ!」
「は、はっ! 承知いたしました!」
近くにいたメイドにザガンがそう命じて、扉から出て行く。
その時点で、執務室――本来ならばミシェルが仕事をする部屋は、ミシェルとザガンの二人だけとなった。
ミシェルがいつもメイドに命じるお茶――かなりの手間がかかるそれは、ミシェルがいつも好んで注文するものである。
しかし、それは決してその味を好んでいるからではなく。
「殿下」
「はぁ……まったく、面倒よの」
その表情は――宮廷においてザガンしか知らない、真剣なミシェルのもの。
普段ははきはきと笑顔で喋り、がははと場所も弁えず笑い、空気を一切読まないミシェルだ。しかし、その全ては彼が自ら作り出した虚像である。
「仕方ありません。あのメイドは、王妃様から遣わされておりますので」
「焙じる時間を考えれば、少しは時間があろう。ザガン、今後の動き方については、こちらの書面で指示してある通りに動け」
「は」
ミシェルから渡された紙に、すぐに目を通すザガン。
側室腹の第一王子――ミシェルには、敵が多いのだ。ゆえに普段は知恵遅れのように振る舞い、できる限り周りから悪評を浴びるようにしている。第一王子は次代の王に相応しくないという噂が、できるだけ流れるように。
第一王子こそ次代の王に相応しいという噂でも流れようものならば、それこそ今日の夜から連日のように暗殺者が訪れることだろう。
「これは……」
「何も言わず、黙読せよ。そして、エルスタット家とは懇意にしておけ。ただし、お前だけだ。俺まで動けば、何かあると勘ぐられよう」
「承知いたしました。友人のライオネルを訪ねる形にしておきます」
「頼んだ」
ザガンが受け取ったそれは、一枚の紙。そこに、書かれているのは、ミシェルからザガンへの詳細な指示だ。
くくっ、とそこでミシェルは笑みを浮かべた。
「しかし、本当にあのアミル・メイヤーは面白いな。妻になど迎えるつもりはないが、近くには置きたいものだ」
「……あのときは、何を仰っているのかと思いましたよ。国のゴーレム研究室、室長に任命するなどと。そんな権限、ありませんのに」
「なに、俺が個人的に雇うだけだ。俺が王になれば、俺が国家だ。ならば、国のゴーレム研究室と言って差し支えあるまい」
「なるほど」
ミシェルは現在、侮られることを良しとしている。
それは全て、今後のために。
「テツジンは是非今後欲しい。間者が言うには、ドラゴンを殺せるものを発注しているそうだ。そして、その破壊力は凄まじいとのこと」
「ドラゴンを……!」
「ドラゴンを殺せて、人間を殺せぬ道理はあるまい。事実ドラゴンを殺せるとは思えぬが、それだけの破壊力を持つ兵器を作ろうとしておる。それは、俺の今後の覇道に必要なものとなろう」
「ええ」
「レオから話を聞いたときには、何を夢物語を言うておるかと思うとったがな」
くくっ、とミシェルは笑みを浮かべる。
王家の一員としてミシェルは、レオンハルトとも親しくしている。
もう五年ほど前にもなるけれど、愚鈍の仮面を被ったミシェルに対して、レオンハルトは様々なゴーレムの絵を見せてくれた。いつか、僕が作りたいと思っているゴーレムなんですよ、と。
まるで、そのゴーレムたちが動いている姿を知っているかのように、精密な図を。
「あやつは兵器を作りたい。婚約者は兵器を作ることができる。そして俺は兵器が欲しい。誰にも損のない、最高の取引であろうよ」
「ええ、殿下。私は殿下の覇道、命を賭してお仕えいたします」
「宮廷が染まるのは、奴らの血だけでいい。俺たちは、ゴーレムにさえ戦わせれば良いのだからな」
くくく、とミシェルはそう呟き。
それと共にこんこん、と扉が叩かれ。
「し、失礼いたします。お茶をお持ちしました」
「おお! ようやくか! 遅いではないか!」
「殿下、茶葉を焙じるのに時間がかかりますので、仕方ないことです」
「うむ! それもそうだな!」
そして、ミシェルは再び。
その真意を隠した、愚鈍の仮面を被る。
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