第64話 二十七号完成
「ふぅ……ひとまず、完成ですね」
「お疲れ様です、奥様」
「ええ。割と疲れました」
アミルがエルスタット家にやってきて、二度目の冬が訪れた。
さすがに寒くなる前に、二十七号までの実験は終わらせておきたいと考えていた。そのために秋頃から急ピッチで作業を進め、どうにか裏庭で完成したのが試作品二十七号である。
ここに至るまで、長い苦労があった。
「しかし、奥様……こう見ると本当に壮観ですね」
「わたしも作りながら、なんで完成品でもないのにこんなに苦労しているのだろうと愚痴を言っていました」
「聞こえておりました」
「……」
アミルが巨大なパーツを動かしながら「どうして試作品の段階でこんなにも大きなものを……」「ああ一つ一つのパーツが大きすぎる……」「追加仕様に絶対に文句は言わせませんよ……」と呟いている声は、ちゃんとカサンドラに聞こえていたようだ。
ちょっと恥ずかしい。
「それで、こちらはようやく完成という形ですか?」
「最後の試作品が完成です。あとは冬を越えるのを待って、春先から完成品を作っていく予定になっています」
「完成品は……これより、さらに大きいのですか?」
「屋敷の屋根は越える予定です」
二十七号――最後の試作品は、高さが十メートルだ。その高さは、ぎりぎりで屋敷の屋根を越えていない。
だが、最後の二十八号に求められている高さは、十五メートル。この大きさの、さらに五割増しである。そうなると間違いなく屋敷の屋根を越えてしまうだろう。
「……旦那様は、こちらで満足してくださらないのでしょうか」
「高さ十五メートルは、最初に与えられた仕様ですからね」
「……私から見ると、十メートルも十五メートルも、大して変わらないと思いますが」
「奇遇ですね。わたしもそう思います」
遥か高く見上げる位置に、頭があることは一緒だ。
高さが十メートルだろうが十五メートルだろうが、どっちにしても抱く感想は「でっかぁ」である。だったらいっそのこと、これで満足してほしい。
だけれど、レオンハルトから求められているのは、二十八回目で完成させることだ。ロケットパンチの試作も含めれば軽く三十回を越えているけれど、数字としてはまだ二十七号目である。
無駄にこだわりを持っている分、これで満足してもらうのは難しいだろう。
「ハンスさんにまた、相談しなければいけませんね」
「……こちらの解体は、されないのですか?」
「二十七号は、二十八号を作るために必要なんです。通常の仕様ではなく、作業に特化させて作ったものですから。少なくとも、二十八号が完成するまで解体はできません」
「……また、ハンスさんが頭を抱える姿が想像できます」
はぁ、と小さく溜息を吐くカサンドラ。
そして、アミルとしても非常に遺憾ではあるのだ。何せこの試作品二十七号については、試作品でこそあるけれど、その仕様が他のテツジンとは一切異なる。
例えば二十六号には装着してある『ロケットパンチ君七号』も、二十七号には装着していない。その代わり、重量の配分を同じようにする形で、作業用のクレーンを装着しているのだ。
これは純粋に、二十八号――完成品を作るにあたって、作業のできるゴーレムが他にいないという理由だったりする。
二十八号は、十五メートルの高さになる予定だ。
つまり、単純に重い頭部パーツなどを、十五メートル上に装着する必要がある。しかし屋敷の屋根は十メートルほどの高さしかなく、クレーンでどれほど吊り上げたところで、十五メートルの高さには届かない。
そこで、二十七号に作業用ゴーレムとしての適性を与えた。十メートルの背丈がある二十七号ならば、ある程度二十八号の保持をしながら、製作を行うことができるだろう。
「まぁ、作業に入るのは春になってからですね。わたしも、寒い中で作業するつもりはありません」
「奥様は、寒いのがお嫌いですね」
「わたしの人生で、寒いのが好きという方には今まで出会ったことがありませんよ」
「……それは、そうですが」
カサンドラが苦笑する。
アミルが寒さに弱いのではなく、そもそも生き物が寒さに弱いのだ。寒さに弱いからこそ人間は家の中で暖を取り、熊や蛇は冬眠する。実際の理屈は知らないけれど、少なくともアミルはそう信じていた。
ひゅうっ、と一つ吹いた風に、アミルはぶるりと体を震わせて。
「……そろそろ冷えてきましたね。ひとまず二十七号はここに置いて、戻りましょう」
「承知いたしました」
「ハンスさんに、二十七号の置き場所が決まったらまたわたしに伝えるよう言っておいてください」
「はい」
屋敷に戻る前に、改めてアミルは二十七号を見る。
冬の間、屋外にずっと置いておくというのも申し訳ない気持ちだが、かといって屋内に置き場所もないし。
だから、とりあえずアミルに出来たことは。
外部から簡単に動かすことができないように、多重にプロテクトをかけておくことだけである。
「そういうわけで、二十七号が完成しました」
「見ましたよ! 実に素晴らしい出来でした!」
「あれで満足していただけるならば、あれを完成品として提出しますが」
「二十八号が出来るのが楽しみです!」
レオンハルトが、そう嬉しそうに言ってくる。
まぁ実際、アミルとしても二十七号を完成品として提出するわけではない。レオンハルトからの要望は、『ドラゴンと戦える』機能を持つゴーレムなのだ。
現状の二十七号は両腕にクレーンが装着されている、完全作業用ゴーレムである。そして二十七号に関しては、アミルが作業用に使うつもり満々で最初から作っていたため、リモコンの仕様も他のものとは全く違うのだ。それこそ、他のリモコンのようにレバーが二つとボタンが二つという単純仕様ではなく、物凄く細かい操作ができるようになっているし、加えて簡易な音声認識機能も追加している。
だからまぁ、あれで完成品と満足してもらおうとは、最初から思っていない。
「そういえば今日、王宮に呼び出されましてね。ついでに、ミシェル殿下と話をしてきました」
「……殿下は、何か仰っていましたか?」
いつぞや、アミルが王宮に呼び出され、ミシェル殿下から国のお抱えゴーレム師になることを要請されて、既に一月以上が経過している。
勿論、アミルはすぐにライオネルに伝えて、ミシェル殿下あてにお断りの書面を出した。それ以降、彼から呼び出しを受けていないのだが。
「仕方ない、と言っていましたよ。ただ、気が変わったらすぐに教えてくれ、とのことでした」
「……分かりました。ありがとうございます」
「僕の方からもちゃんと、アミルを手放すつもりはないと、しっかり伝えておきましたので」
「……」
にこにこと笑みを浮かべながら、そう言ってくるレオンハルト。
まぁ、手放したくないのはアミルではなく、アミルの持つゴーレム技術なんだろう。きっと。
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