第63話 レオンハルトへの報告
夜。
夕食の席で、アミルは今日あったことの全てをレオンハルトへと話した。
「……そういう形で、国のお抱えゴーレム師にならないか、と」
「ふむ……」
さすがに、この件についてアミル一人で判断するわけにもいかない。
今のところ、アミルはレオンハルトに養ってもらっている身だ。婚約者という立場ではあるけれど、実質的には居候みたいなものである。
仮にアミルが「国のお抱えの方が色々便宜がききそうだし、そっちに行きます!」と判断したとしても、こなさなければならない手順というのは多いのだ。少なくとも、レオンハルトに内緒にすることはできない。
どちらにせよ、王宮までライオネルが馬車を出したわけだから、遠からず情報は伝わるだろうし。
「……以前に、殿下がいらっしゃったときには、アミルのことは隠していたのですけどね」
「それは……申し訳ありません」
レオンハルトの呟きに、アミルは頭を下げる。
ミシェル殿下曰く、テツジンを作った者について、レオンハルトは頑として言わなかったとのことだった。恐らく、レオンハルトはミシェル殿下が、腕のいいゴーレム師を求めているという話を知っていたのだろう。
だから言わなかったのに、アミルが不用意に暴露してしまった。
「いえ、別にそれほど、大した理由があって隠していたわけではないですよ。ミシェル殿下にアミルが作ったと伝えたら、その場で『会いたいから連れてこい!』とか言ってきそうな人ですので、秘密にしていただけです」
「あ……そ、そうなのですか」
「ええ。アミルがゴーレムの研究をしている間、邪魔しないという約束でしたからね。いずれ機会があれば、ミシェル殿下に紹介すべきかもしれないとは考えていました。それが、僕の与り知らない部分で早まっただけのことです。それはまぁ、さほど問題ではないのですが」
うぅん、と腕を組むレオンハルト。
「ただ、国のゴーレム師として誘いをかけてくるとは、予想外でしたね」
「……わたしも、予想外でした」
「僕はあまり詳しく知らないのですが……国のお抱えゴーレム師になるというのは、アミルとして利点がありますか?」
「それは……」
レオンハルトの問いに、アミルは少し眉を寄せる。
利点があるかという問いには、間違いなく肯定することができる。むしろアミルは、利点があるから悩んでいるのだ。
国のお抱えゴーレム師になったところで何の利点もないのならば、最初から断っている。
「レオンハルト様はあまりご存じないかもしれませんが……ゴーレムの製造に関わる部分について、公開されている部分というのは非常に少ないのです」
「……そうなんですか?」
「はい。例えばゴーレムの腕を繋ぐ球体関節構造ですが、こちらは一般的に知られているのが『イヴァーノ式』です。これは初代ゴーレム師シェムハト・イヴァーノの技術なのですが……わたしは、この方式の球体関節構造しか知りません。逆に今、国営のゴーレム製造にあたって使われているのは、『シュナイダー式』なのだそうです」
「……というと?」
「『シュナイダー式』は、従来の『イヴァーノ式』よりもさらに、関節部の駆動を円滑に行う工夫がされているそうです。ただ……そのやり方は一般公開されておらず、国家の秘匿技術となっています」
「ふむ」
「そういった技術は……国のゴーレム師にしか、公開されません」
技術というのは、一つの財産である。
より優れた技術があれば、ゴーレムを作るにあたっても予算を削ることができるし、時間を短縮することができる。そして何より、より性能の良いゴーレムを作ることができるのだ。
そのため、国営のゴーレム製造所の技術に関しては、ほとんど一般に出回らない。少なくともアミルがその技術を知るためには、末端でも国の組織に身を置く必要がある。
「なるほど……特許みたいなものですか」
「とっきょ?」
「ああ、こっちの話です。なるほど……より優れた技術を学ぶためには、国のゴーレム師として雇われた方がいい、という話ですね」
「正直……実家にいた頃に、このお話をいただきたかったというのが本音です」
小さく、アミルは溜息を吐く。
まだ実家にいた頃なら、一も二もなく飛びついたのに。
「だったら……ミシェル殿下の言う通り、国のゴーレム師になりますか?」
「……」
アミルは、考えた。
帰りの馬車でも、レオンハルトと共に夕食の席につく前にも、ゴーレムに一切触れることなく考え続けた。
そして――アミルなりの結論は、出た。
「いえ……断ろうと、思います」
「……それは、何故ですか?」
「わたしはまだ、レオンハルト様からご注文をいただいた三体のゴーレムを、完成させていません。わたしの去就について考えるには、まずゴーレムを完成させてからだと思います」
「ふむ」
これは半分本音であり、半分建前である。
アミルは悩んだうえで、自身の現在の境遇についてしっかり考えたのだ。
三食豪華な食事が出て、お茶とおやつが出てくる環境。どれほどゴーレム作りに熱中していても、誰からも文句を言われない関係。素材にも工具にも、使える金は無制限。そして成果を出せとせっつかれることもない。
誰がどう見ても、破格の待遇だ。
わざわざこの環境を捨ててまで、国のお抱えになりたいかと言われると否である。
どうせ国の直属ともなると、自分の自由にできることなんてないだろうし。
「……良かった。安心しましたよ」
「ですので……一応、そういうお誘いがあったことだけ、報告しておこうと思いました」
「分かりました。僕の方からもミシェル殿下に一言伝えておきますね」
「はい。わたしのことを、高く評価してくださったことは……ありがたいと思っています。そうお伝えください」
「ええ」
レオンハルトが安心した様子で、食後の紅茶を口に運ぶ。
ふと、そこでアミルは疑問に思った。
「そういえば、レオンハルト様」
「どうしましたか?」
「庭に設置してある試作品なのですが」
「ええ」
レオンハルトが嫌だ解体しないでと泣きついてきたため、仕方なく庭に設置することになった試作品二十六号。
あれからアミルは一切触れていないため、ラビのいたずらで凄く戦闘的なポーズになっている、そんなモニュメントなのだが。
「あちらはまだ、二十六号です。まだ二十八号ではありませんので」
「……どういうことですか?」
「いえ、殿下が、あれを二十八号と呼んでいたので……レオンハルト様が、そう教えたのでは?」
「……」
――あれほどの精度で、二十八号を作ることができるのだ!
ミシェル殿下は、そう言っていた。
だからアミルは、レオンハルトにも一応伝えておこうと思っていたのだ。まだ二十八回目の試作は終わっていない。ちゃんと、二十八回目の試作で完成品を作るように調整している、と。
だから、そういう念押しのつもりだったのだが。
「……ミシェル殿下が……あれを、二十八号と?」
「え? ええ」
しかし。
レオンハルトはアミルの言葉に、そう目を見開いていた。
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