第62話 よく分からない殿下

 王国のゴーレム研究室、室長。

 それは、この国におけるゴーレム関連のこと、全てにおける決定権を持つと言っていい役職である。

 兵士ゴーレムの武装から農作業ゴーレムの構造、その他様々な国内のゴーレムに関する、全てのことを決めることができる立場だ。それこそ、ゴーレムに関する何かしらの決定を下した場合、師であるラビですらも逆らうことができない。

 それだけの権力を持つ、室長という立場を。

 まさか――この場で提示されるなど、全く考えもしなかった。


「……あ、あの」


「無論!」


 アミルが喉からどうにか声を絞り出すと共に、ミシェル殿下が重ねてくる。

 あまりの驚きに、喉すら麻痺してしまったかと思った。声を出すのは、これほどまでに重労働だったのかと。


「そなたが、今日明日ですぐに室長という立場になるわけではない!」


「……は、はぁ」


「そも、我が国が現在抱えているゴーレム師は、四代ゴーレム師の【鏡の魔術師】ヒューゼル・シュナイダーだけだ! 現在は、彼が室長を務めている!」


「ええ……」


 その情報は、アミルも知っている。

 そもそも、ゴーレム師というのは非常に数が少ない。歴史上、僅かに五人しかいないのだ。

 初代ゴーレム師、【銀の巨人】シェムハト・イヴァーノ。

 二代ゴーレム師、【鉄の伝導者】ジェームズ・モヤイ。

 三代ゴーレム師、【銅の傑士】ファラン・マクスウェル。

 四代ゴーレム師、【鏡の魔術師】ヒューゼル・シュナイダー。

 五代ゴーレム師、【鋼の宝玉】ラビ・ガビーロール。

 現在、国から公式に『ゴーレム師』として認定されているのは、以上の五名である。そのうち初代は既に亡くなっており、二代は高齢のため隠居している。三代と五代は国の各所でゴーレムの維持管理を行っており、国のお抱えゴーレム師として名高いのは四代だけだ。


「そなたには、彼の後を継ぐ室長となってもらいたい!」


「な、何故……?」


「うむ! まずそなたがは国のゴーレム師試験に受かってからにはなるが、実はヒューゼルが退職を考えておるのだ!」


「殿下、機密情報でございます」


「おお、そういえばそうだった!」


「……」


 国の要職にある人物の進退について、はからずも知ってしまった。

 何故、機密情報をそれほど簡単に喋ってくれるのだろう。別に知りたくもないのに。


「まぁ、気にするなザガン! アミル・メイヤーは俺が雇い入れようと考えている逸材だ! 多少の情報くらいは問題あるまい!」


「……承知いたしました」


「うむ! まぁ、そういうわけだ! ヒューゼルが引退した後、我が国のゴーレム研究室には、正式なゴーレム師がいなくなるというわけだ! 準ゴーレム師しかおらぬ!」


「はぁ……」


 ミシェル殿下の言葉に、アミルは眉を寄せる。

 正式なゴーレム師――それは、国から認可を受けたゴーレム師の資格を持つ者だ。しかし、僅かに五人しかいないその役職は、おいそれと受かることができるものではない。

 しかし、かといって国中のゴーレムを極めて少ないゴーレム師だけで管理するのは難しいということで、その下に準ゴーレム師という役職があったりする。こちらは、土魔術の専門家の下で一定の教育を受けることで、割と誰でも貰える役職だ。

 ちなみに、アミルも一応ラビから一定の教育を受けているため、準ゴーレム師の資格は持っている。


「ゆえに!」


 そこで、ミシェル殿下が語気を強めた。


「そなたにゴーレム師となってもらい、我が国の研究室室長となってもらいたい!」


「……」


「あれほどの精度で、二十八号を作ることができるのだ! そなたの腕は、間違いないものであろう!」


「……」


 悩む。

 悩んで、答えを返すことができない。

 国のお抱えゴーレム師になれば、それこそ研究の幅も広がることだろう。どんな素材でも使うことができるという状況は、現状と変わりない。しかし、大きく変わることが一つだけ存在するのだ。

 それは――国の秘匿している資料を、見ることができるということ。

 初代シェムハト・イヴァーノ、二代ジェームズ・モヤイ、そして四代ヒューゼル・シュナイダー。彼らの――国に仕えていたゴーレム師たちの記録を。

 それこそ、アミルが構造解析をなかなか出来なかった『イヴァーノ型車輪』だって、図面があるかもしれないのだ。

 それを見ることができれば、ゴーレム作りの技術の幅は、今よりさらに広がる――。


「……その」


「うむ!」


「一度……帰って、相談をさせていただいても、よろしいでしょうか」


「うむ! それもそうであろう! そなたと俺は初対面であり、これは初めて会った男の誘いだ! そのように慎重な姿勢であって然るべきであろう! 無論、好きに悩むといい!」


 思っていたより、素直にそう言われた。

 むしろミシェル殿下の圧を考えると、「ダメだ! 今決めろ!」とか言われそうな気がしたのだけれど、常識は少なからず持っていたらしい。


「だが、ゆめゆめ忘れるでない!」


「は、はぁ……」


「俺は、そなたを高く評価している! ゆえ、俺のできる最高の待遇を用意することを約束しよう!」


「……」


 にやり、とそこでミシェル殿下が笑みを浮かべる。

 アミルよりも若い少年でありながら、その笑みは老獪な雰囲気すら漂わせながら。


「そうだな! 何なら、俺がそなたを妻に迎えてもいいぞ!」


「………………………………はい?」


「家格としては伯爵家であることだし、問題はあるまい! ただし、俺には既に婚約者がいるゆえ、第二夫人という形になる!」


「……」


 こいつは何を言ってるんだ。


「ミシェル殿下」


「どうした、ザガン!」


「ジヴリール公爵家のアナスタシア様が第一婚約者、フルーレン侯爵家のリディア様が第二婚約者でございます」


「おお、そうだった! では第三夫人だ!」


 知らねぇよ。

 そう言いたい気持ちを、どうにか堪えて。


「……丁重に、遠慮させていただきます」


 アミルは、喉の奥からそう声を絞り出した。

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