第61話 殿下との会談
「改めて、よく来てくれたな、アミル・メイヤー! ああ、俺が王子だからといって、そう肩肘を張る必要はない! ただ俺は、生まれが王族であるだけの男に過ぎん!」
「……は、はぁ」
「むしろ、王子などという肩書きは、この場においては邪魔だな、うん! 俺のことは、気軽にミシェルと呼んでくれ!」
「……へ」
目の前の少年――ミシェル王子の言葉に、アミルはただ混乱しているばかりである。
王城に呼び出しを受けた時点で、アミルも色々想定した会話がある。そして、その会話についても考えていたのだ。
「お前のような身分の低い田舎娘はエルスタット侯爵家に相応しくない」「エルスタット侯爵は、王族と婚約することになった。お前は身を引け」――まぁ、多分この辺だろうと。
だが。
アミルを呼び出した相手がそもそも第一王子で、かつ物凄くウェルカムな態度というのは想定の中に全くなかった。
「殿下、それはさすがに見過ごせません」
「なんだ、ザガン!」
「こちらのお嬢様が、殿下の招いた賓客であることは存じております。しかし、ご身分をお考えください。アミル・メイヤー殿がエルスタット家へと正式に嫁入りをしている状態であるならばまだしも、未だに婚約関係であり、家格としては伯爵家のご令嬢となります」
「ふむ!」
「つまり、結婚適齢期の独身女性ということです。そのような相手に名を許すことは、殿下とアミル殿の間に関係があると思われる可能性があります」
「ほう、なるほど! うむ、仕方ない! では、俺の方はアミルと呼ばせてもらうが、そなたは俺を殿下と呼ぶがいい!」
「は、はぁ……殿下」
お付きの執事――らしい老齢の男性に諭され、そう掌を返すミシェル殿下。
さすがにアミルも、ミシェルとファーストネームで呼ぶ勇気はなかったため、その助け船は非常にありがたかった。
しかし、何故これほどまでにフレンドリーなのだろうか。
「その……殿下」
「うむ!」
「わたしは何故、殿下にお呼び出しを……」
「おお、そうだな! まずそこから話さねばなるまい! ザガン!」
「は」
ミシェル殿下が呼ぶと共に、アミルへ向けて恭しく頭を下げてくる男性。
恐らくザガンという名前なのだろうその男性が、片眼鏡をくいっ、と上げてアミルを見た。
「私は、ミシェル殿下の教育係を担っております、ザガン・マークリーと申します」
「は、はぁ……よろしくお願いします」
「このたび、ミシェル殿下がアミル殿を呼び出された経緯ですが、何か心当たりはございますか?」
「……いえ、全く」
ザガンの言葉に、首を振るアミル。
心当たりなど、全くない。そもそも王城に呼び出された相手が、ミシェル殿下であることすら知らなかった。
最近の自分の行動を鑑みてみるけれど、王子と関係性があることなんて何一つ思い浮かばない。
「実を申し上げますと、先日ミシェル殿下が、エルスタット侯爵家を訪れたことがありまして」
「……そうなのですか?」
「執事のライオネルより、アミル殿は体調を崩しておられると聞きました。そのため、お会いすることは叶いませんでしたが」
「……」
多分だけれど。
一日中、工房に籠もっていた日だと思う。何せ、ここ一年半ほどアミルは体調を崩したことなどない。体型が崩れたことはあったけど、それはノーカウントとする。
「その際に、色々とお話を伺ったのです」
「うむ! ゆえに、是非会いたいと思っていた!」
「殿下、まだ説明の途中でございます」
「おお、そうだな! うむ! 続けろ!」
「は」
にこにこと微笑んでいるミシェル殿下と、小さく溜息を吐くザガン。
この二人の関係性も、なんとなく見えてきた。限りなく自由人な王子と、苦労人の老人といったところだろう。
「その上で、改めてこちらからもお伺いしたいのですが」
「え、ええ……」
「庭に置いてありましたオブジェですが、あちらを作られたのはアミル殿で相違ありませんか?」
「……え」
庭のオブジェ。
そう聞いて、まず思い浮かんだのは『テツジン試作二十六号』である。解体するつもりが、レオンハルトが壊しちゃ嫌だ壊さないでと泣きついてきたため、庭のオブジェになったものだ。
アミルとしては、材料も勿体ないし早々に解体したかったのだが。
それを作ったのがアミルか――そんな、よく分からない質問。
「……え、ええ。あれを作ったのは、はい、わたしです」
「おお! やはりそなただったのか!」
「へ?」
「レオンハルトは、頑なに教えてくれなんだ! これを作ったのは誰なのだと、俺が何度問うても教えてくれなかったのだ! 新しく雇った職人です、としかな!」
「……」
笑顔のミシェル殿下。
同時に、その言葉にアミルの顔面から血の気が引く。
レオンハルトが頑なに教えなかった、テツジンの製作者――それを、アミルがあっさり漏らしてしまったのだから。
何故レオンハルトが教えなかったのかは、全く分からないが――。
「ありがとうございます、アミル殿」
「うむうむ! あれは、実に素晴らしい!」
「……」
「俺は、是非あのゴーレムの作成を、国のプロジェクトにしたいと考えている! そなたが類い希なるゴーレム師であることは、よく理解できた! そなたが手を貸してくれるならば、より素晴らしいゴーレムを国家として作っていくことができるだろう!」
「……」
ミシェル殿下の言葉が、何一つ入ってこない。
ただエルスタット家を訪れたときに、見ただけのテツジン。それを見て、何が彼の琴線に触れたのかは分からないけれど、国のプロジェクトにしたいと。
正直に言おう。
意味が分からない。
「そなたは今、レオンハルトの婚約者だという話を聞いた! つまり、エルスタット家に雇われている職人というわけではない!」
「……へ? え、あ……いえ、どうなんでしょう……」
「だが、ただ婚約者という立場だけで、あれほどの仕事に対する正当な報酬を支払わないというのは、人として不出来であろう!」
「……え」
ミシェル殿下が、強い語気で告げる。
だが、アミルはそんなこと考えもしなかった。正当な報酬とか、そういうのは一切考えたことがない。そもそもアミルは、三食昼寝付きゴーレムの研究し放題、かつ素材も道具も好きなものを使い放題という環境を得るために、レオンハルトと婚約したのだ。
だから、そこには正当な報酬など――。
「ゆえに、アミル・メイヤー!」
「は、はいっ!」
「アルスター王家は、そなたを雇い入れたい! 無論、出来に応じた報酬は国庫より支払おう!」
そう続く、ミシェル殿下の言葉。
それは簡単に言えば、引き抜きだ。
「我が国のゴーレム研究室、室長になってはくれぬか!」
そう、手を差し出してくるミシェル殿下。
その内容は、国のお抱えゴーレム師。
全てのゴーレム師の、憧れとも言えるその立場が。
アミルの前に、提示された。
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