第60話 王城からの呼び出し
「さて、今日も実験といきますか」
「耳栓の準備は十分です」
「出来る侍女は違いますね」
「お褒めくださり、ありがとうございます」
アミルが、新しいロケットパンチの形式――磁力を用いたそれを実験し始めて、既に三日。
色々と、アミルとしても計算外の現象が色々起こっている。やはり、書面に記した計算だけでは全て罷り通らないということでもあるのだろう。実際にやってみた上で、問題を適宜見つけていかなければならない。
特に使う素材については、まだ試行錯誤している段階だ。
「本日は、何の素材を使うのですか?」
「色々と用意してみました。特に期待しているのは、サラマンダーの骨ですね」
「……先日、出入りの商人が売り込んできたものですね」
「ええ。いいものを持ってきてくれました」
ロケットパンチの、現在の問題点。
それは肘から先を何の素材で作るか、である。
外装は鉄で囲まなければ、磁力を起こすことができない。だが問題は、その内部だ。以前の実験では、空洞の鉄だけで行ったのだが、見事にひしゃげてしまった。このままではロケットパンチを使うたびに、新しい腕を用意しなければならない。当然、それを用意するのはアミルである。
レオンハルトに、「旦那様! 新しい腕よ!」とか投げる自分が想像できたのは何故だろう。
まぁ、それはさておき。
そういった問題点を解決するために、アミルが求めた素材――それが、熱と衝撃の両方に強いものだ。
一番いいのはドラゴンの骨なのだが、さすがになかなか売りに出されないものであるし、それこそゴーレム師から錬金術師、魔道具師まで様々な職人が求める一級の素材でもある。そのため、代用品として色々試している段階なのだ。
それが今日は、サラマンダーの骨であるわけだが。
「最近は、彼も随分分かってくれたようです」
「納品に来るたびに、珍しい素材を売り込んでいきますね」
「ええ。彼の営業トークを聞いてしまうと、つい買ってしまうわたしがいます」
「……装飾品の類は、話にも出なくなりましたね」
「最初から買うつもりなんてありませんからね」
出入りの商品――カシム・ヒューバートは、最初こそ装飾品などをアミルに勧めた。しかしアミルが買うもの、興味を示すものに対してようやく理解してくれたのか、最近売り込んでくるのは珍しい魔物の素材や、レアメタルなどだ。
彼も口が上手いため、ついつい買ってしまう。どうせ払いはレオンハルトだし。
「さて、それでは実験を……」
すちゃっ、と眼鏡を装着し、ヘルメットを被り、耳栓を突っ込む。
とりあえず試作段階ではあるけれど、これで原型が残るようであれば、サラマンダーの骨に対する大量発注を考えてもいいだろう――そう考えながら、アミルが準備をしていると。
唐突に、中庭に大声を出しながらやってくる者がいた。
「奥様! 奥様っ!」
「……? おや?」
「ライオネルさんですね」
「わたしを探している様子ですが」
「確認してまいります」
カサンドラが自分の耳から耳栓を外して、アミルから離れる。
そして、少し経ってから慌てた様子のライオネルと一緒に、中庭までやってきた。
「お、奥様!」
「ええ、どうかしましたか?」
「も、申し訳ありませんが、お召し替えを! 小生は馬車の方を準備してまいります!」
「……何か、ありましたか?」
「え、ええ!」
はぁ、ぜぇ、と息を整えるライオネルが、大きく息を吐いて。
それから、真剣な眼差しでアミルへ告げた。
「王城より、呼び出しでございます」
「……へ?」
「旦那様ではなく、奥様を……そして、一人で来るようにとの、仰せです」
「……」
王城。
エルスタット家にやってきて、すぐに国王夫妻へと挨拶をした日以来、全く訪れたことのない場所。
そしてあのとき、何一つアミルへと視線を向けることなく、いない者扱いをした彼ら。
そこに今度は、アミル一人で来いと――。
「……はぁ」
せめて。
厄介事でなければいいな、とアミルは小さく溜息を吐いた。
「こちらで、少々お待ちください」
「ええ」
王城に入ってすぐの、恐らく応接間であろう場所。
カサンドラに最低限、王族と対面しても問題のない正装を用意してもらって、すぐにアミルはライオネルを御者として、馬車で王城まで向かっていた。
レオンハルトに一言伝えなくてもいいのだろうか――そうは思ったけれど、ライオネルが「旦那様には伝えるなと……」と苦虫を噛み潰すような様子だったため、それ以上のことは聞いていない。ちなみにレオンハルトは、今日も朝から出かけている。
まぁ、大体の話は予想できているけれど。
レオンハルトは、王家の覚えも良い高位貴族だ。
しかも、貴族社会でも上から数えた方が早い大金持ちであり、『アルスター王国の超新星』と呼ばれている男でもある。そして最初に国王が話していた内容を考えれば、レオンハルトと王家は縁戚関係を結びたいと考えている。
つまり、分かりやすく言うと「お前みたいな田舎娘はエルスタット家に相応しくないから、さっさと田舎に帰れ」という内容を、物凄く修飾して伝えられるものだと考えている。
わざわざアミル一人を呼び出すというのは、つまりそういうことだ。
「はぁ……」
門兵に案内された応接間で、とりあえずソファに腰掛ける。
こういうのは本来、迎える側が着席を促さない限り、先に座るのはマナー違反だとされる。だが、どちらにせよ好意的な態度は見込めないわけだし、こちらもマナーを考える必要はないだろう。
ただ突っ立っているだけというのも面倒だし、座っておくことにする。
それを失礼だとかマナーがなってないとか言われたら、まぁそのときだ。
最悪は、持ってきたゴーレム――『テツジン試作品二十三号』の『ロケットパンチ君七号』発射実験を、ここで行うのも吝かではない。
まぁ、そうなるとさすがに、レオンハルトに迷惑が掛かると思うから、さすがにやらないが。
「おお、もう来ているのだな! ええい、何故もっと早く呼ばぬ!」
「は、はっ! そちらのお部屋にいらっしゃいます!」
「ここだな!」
そんな折。
どたどたと部屋の外の足音と、そんな誰かの声が聞こえると共に。
ばぁんっ、と激しく扉が開く。
「おお、待たせたか!」
入ってきたのは、男性。
それも国王というわけではなく、もっと若々しい、少年と言っていいだろう年齢である。しかしかっちりとした服に身を包み、言い方は尊大でありながらどこか品がある様子は、それだけの権力者だという証だろう。
謎の少年は、その碧眼でソファに座るアミルを見て。
「よくぞ来てくれた! アミル・メイヤ-!」
「……へ」
「そなたに、色々と聞きたいことがある! さぁ、楽にしてくれ! おい! 手近な侍女に茶を持ってくるよう伝えろ! 俺が招いた賓客だ! 相応のものを持ってくるように言い含めておけ!」
「はっ!」
王城にいる、金髪碧眼の少年。
尊大な態度で、しかも招いた側。そして兵に対して命令を下すということは、この場所における権力者だと言っていいだろう。
そんな人物を、アミルは一人しか知らない。
「……ミシェル、殿下?」
「おお、俺の名を知っていたか! 実に素晴らしい! 自己紹介の手間が省けるというものだ!」
にっ、と白い歯を見せて笑う、その少年こそ。
第二王子ミシェル・ヴィエッツ・アルスターだった。
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