第59話 実験

「完璧ですね」


「……そうなのですか?」


「ええ。ようやく、実践段階に持っていくことができました」


 侯爵家の中庭。

 以前、テツジンの試作品二十六号機を作った際、分厚い鉄を地面にした場所だ。そこで今、アミルは試作品二十三号――工房で色々弄っていた、小型のゴーレムである――を立たせていた。

 ちなみに、試作品二十三号は試作品であるけれど、その構造もほとんど完成品と変わらない仕様である。そのため、リモコン操作によって動かすことが可能なのだ。勿論、アミルならば外部から魔術式を操作するだけで動かすことができる。

 以前、ラビに勝手に二十六号を動かされて以来、さらにプロテクトを強化しているため、時々アミル自身も忘れて「ええと……」となってしまうのが難点だ。


「まぁ、少しだけ外見が変わってしまいましたけど」


「はぁ……変わったというと、この腕の部分にある棒ですか?」


「ええ。わたしなら、全く気にしない程度の変更です」


「ああ……旦那様だと、少しうるさそうですね」


 アミルの言葉に、そう苦笑するカサンドラ。彼女も、レオンハルトの面倒くささを知っている一人だ。

 今回、前腕部分を飛ばすための試作――磁場の発生による推進機構は、発射させる物質の左右に鉄の棒を設置しておく必要があるのだ。そのため、腕が飛んだ後には二本の鉄棒だけが残るという形になっている。

 この仕様変更を受け入れてもらうか、威力の低下を受け入れてもらうか、とりあえず試作を見てもらってからにしようと考えていたのだが。


「……しかし、旦那様はご覧にならないのですね」


「わたしも声をかけたのですが、今日は忙しいとのことで」


「色々、商談が立て込んでいるご様子ですから」


「ふむ」


 まぁ、あくまで試作段階ではあるし、わざわざ見せる必要もないだろう。

 むしろ、レオンハルトが本当に見たいのは大きいゴーレムによるロケットパンチかもしれないし、それが完成するまで楽しみにしておくのかもしれない。

 アミルからすれば、推進力を増すための鉄棒が重量に加わったため、試作品二十六号に対しても重量バランスを一から整えていくという非常に面倒くさい作業が待っているのだが。完成はいつになるのだろう、と軽く絶望している。


「では、始めましょう」


「はい」


 アミルは作業用ゴーレムに音声で命じて、鉄板をまず立てる。

 この鉄板は、厚さ五十ミリのものだ。一般人では持ち上げることもでない重量であり、勿論曲げることなど出来るはずもない。アミルが仕入れた鉄鉱石から鉄成分を抽出し、加工し、作り上げた一枚板である。

 鉄板を立てて、試作品二十三号をリモコン操作によって、その前に設置する。


「……あの、奥様?」


「どうしましたか?」


「……何故、鉄板を?」


「まぁ、威力の実験ですからね。さすがに、塀を傷つけるわけにいきませんし」


「はぁ……」


 アミルは手元のレバーを操作して、右腕をゆっくりと上げていく。

 左手側のレバーを上に押し込めば右腕が、下に押し込めば左腕が上がる仕様だ。右腕を地面と平行にするには、ある一定位置で止める必要がある。

 とりあえず、今のところレバーを最大まで押し込めば地面と垂直まで腕が持ち上がる仕様だが、わざわざこのゴーレムの拳が天を突く必要を全く感じない。今後ロケットパンチを使っていく仕様ならば、腕の持ち上がる角度も、最大で平行からやや上くらいでいい気がしてきた。

 まぁ、そのあたりはまた今後調整するとして――。


「うん……このあたりですね」


 腕がいい位置に来るまで、アミルはレバーを操作し。

 そして、右手側のリモコン側面――そこに新たに設置した、二つのボタンを確認する。

 これは、上側のボタンが右腕のロケットパンチ、下側のボタンが左腕のロケットパンチだ。何せレオンハルト自身が、両腕にロケットパンチが欲しいと言い出したので仕方ない。

 間違いが起こらないように左右につけるべきだったのかもしれないが、それだと左手で繊細なレバー操作をしている途中に押すのが難しいのだ。そのため、アミルも危険を承知の上で右側に二つのボタンを配置した。

 まぁ、レバーが上に向けば右腕が上がる仕様であるため、上側は右腕、下側は左腕と分かりやすいだろう。


「ではカサンドラ」


「はい、奥様」


「耳を塞いでおいた方がいいですよ」


「へ……?」


「ちなみにわたしは、既に耳栓を装着済みです」


 すちゃっ、とアミルは目元を保護する眼鏡をかけ、深呼吸する。

 計算通りの威力が出るならば――。


「では、いきます」


「お、奥様!? み、耳を塞げというのはどういう」


 カサンドラの言葉を無視して、アミルは側面のボタン――その上側を押す。

 それと共に、試作品二十三号機に刻まれた魔術式が作動した。

 一気に流れた電気と共に、二十三号の右腕が思いきり回転を始める。そして、射出力となって前方へと一気に発射した。


「えぇぇぇぇぇっ!!?」


 どごぉぉぉぉぉぉぉぉんっ、と。

 唐突に響く激しい轟音。

 間近でそれを見ているアミルからすれば、衝撃に体が震えるほどだ。

 そして同時に、アミルは笑みを浮かべた。


 実験は、大成功だと。


「ふむ……計算通りですね。さすがに、腕は残っていませんけど」


「……」


「さて、カサンドラ。一旦部屋に戻り……」


 そう、アミルは眼鏡を外して振り向く。

 しかし、そんなアミルの視界に映ったのは。

 思い切り倒れ込んで、耳を押さえているカサンドラだった。


「おや?」


「お、奥様ぁ……」


「ですから、耳を押さえておいた方がいいと言いましたのに」


「奥様ぁ……仰るのが遅いです……」


 磁場の相互作用によって打ち出した腕は、恐ろしい威力を誇る。

 その威力は何せ、五十ミリの厚さがある鉄板を、極めて小さな腕の一撃でへこみを作るほどだ。恐らく、壁に向かって放てば壁が砕けたことだろう。

 もっとも、さすがに発射した腕はひしゃげており、再利用はできそうにもない。


「な、何故、これほどの威力を……」


「とりあえず、わたしにできる最大出力で実験したかったので。この状態から数値を変更して、発射する腕が残るように調整します」


「その……奥様」


 カサンドラが眉間に皺を寄せながら、アミルを見る。

 少し涙目だ。事前に、耳を押さえるよう言っておくべきだっただろうか。


「奥様は……兵器を作っておられるのですか?」


「わたしに与えられた発注は、『ドラゴンを倒せる』ことですので」


 調整はするけれど、この威力ならばドラゴンの鱗も貫くことができるだろう。

 その未来を思い描いて、アミルは僅かに笑みを浮かべた。

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