第58話 新しい発想

 三日後、アミルは無事にエルスタット邸へと戻っていた。


 そして実家から持ち帰った専門書たちを馬車から下ろし、工房へと運び、当然その日からゴーレム研究の日々が始まった。

 ちなみにカロリーネから「早とちりをしてしまい、申し訳ありませんでしたっ!」と平に謝罪された。勿論、これはアミルの説明不足が事の発端になったことであるため、一切咎めなかった。

 ライオネルは「侍女の変更を……」と言ってきたけれど、今更別の侍女に変わって人間関係を築くのが面倒という理由で、カロリーネ据え置きとなった。


「ふふふ……」


 そして今、暗い工房の中でアミルは一人、微笑んでいた。

 その手元を照らすランプ――その下で開かれているのは、アミルの持ってきた専門書だ。ちなみに、アミルの実家は貧乏であるため専門書の類を買うのは難しいのだが、この専門書たちは誰でもない師匠ラビから譲り受けたものである。

 本人曰く、「俺は全部頭に入ってるし、滅多に家にも帰らねぇしな」とのことだった。そのあたり、やはりレベルの違いを感じてしまう。

 まぁそんなわけで、ラビから譲り受けたこの専門書たちを、まだ全部は読めていないアミルなのである。


「うん……やはり、これならいけますね」


 専門書に書かれている難解な数字を、横の紙に記していく。

 さらに体積からなる数式を記していき、現状における計算値を書き出していく。アミルは王立学院において、数学の成績はかなりの上位にいたのだ。そんなアミルが書き出した現状の計算値は、かなり理想的だと言っていいだろう。

 少なくとも、《爆発》と《保護》によって生み出すことのできる推進力の、軽く数十倍は出せる計算だ。

 むしろ、威力を軽減しなければ危険領域に至ってしまうのではないかと、そう思えるほどのものである。


「ただ……勉強のやり直しですね。まさか、魔術式を再び覚える羽目になるとは」


 はぁ、と小さく溜息。

 理想的な動力は発見した。そして、それを作り出すことのできる環境はある。素材も、問題なく揃うだろう。

 あと問題は。

 アミルの技術力が、実現することができるかだけだ――。














 夕食の席。

 三日ぶりの侯爵家での夕食は、当然ながらレオンハルトと二人で始まった。

 昼前に帰宅してから、レオンハルトは「少しだけ出てきます。少しだけですから。すぐに戻ってきますから。僕がいない間にどこかに行ったりしないでくださいね」とアミルに言ってから仕事に向かっていった。

 とりあえず今後は、遠出をするときにはレオンハルトに一言伝えなければならないらしい。まぁ、それだけ心配させたのだろうけど。


「それで、アミル」


「はい?」


 相変わらず美味しすぎる夕食に舌鼓を打っている途中、レオンハルトからそう話しかけられた。

 まぁ、大体この場でレオンハルトが尋ねてくることは決まっているけれど――。


「持ち帰った専門書の方は、どうですか? 今後の研究に役立ちそうですか?」


「ええ。必要だと思ったから持ってきましたので」


「その研究は……やはり僕の、その……無茶な発注というか、何というか……」


「ひとまず、目処はつきました」


 アミルは答えてから、肉を口いっぱいに頬張る。

 以前は食事量の少なかったアミルだが、この一年半で多少、食べる量は多くなってしまった。その代わり、毎日寝る前にストレッチを心がけているため、今のところ物理的に丸くなってはいない。あと、なるべく甘いものは摂らないように心がけているし。

 ただ、実家では母ハンナに「あんたちょっと太ったね」とは言われた。何気にショックを受けた。


「目処というと……」


「ええ。元々の仕様では推進力が足りなかったのですが、どうにかできそうです」


「どうにか……なったんですか?」


「まだ思考実験段階なので、確実なことは言えませんが。それでも、《爆発》と《保護》の魔術式を同時に使うよりも、推進力を生み出す方法が見つかりました」


 一応、レオンハルトには適宜、進捗状況を報告している。

 ロケットパンチの仕様について、魔術式を重ねる形では推進力を生み出すのが難しいという話も、一応通しているのだ。だからこそ、アミルも必死に考えていたわけだが。

 そんなアミルの報告に、目をきらきらさせるレオンハルト。


「それは……どういう方法なんですか?」


「まぁ……分かりやすく言うと、磁力です」


「……磁力?」


「はい。並行の棒に対して電流を流すことで、その間に存在する通電物質に磁場が生じます。その磁場の相互作用によって通電物質が回転し、推進力を生み出すんです」


「……」


 アミルは、心の中だけで舌を出す。

 さすがに天才と称されるレオンハルトでも、これほど専門的な説明では理解できまい、と。


「これにあたって、仕様が多少変わってしまう部分はあるのですが、少なくともレオンハルト様がお求めの、『ドラゴンを倒すことのできる武装』になるはずです。あとは摩擦熱などに対して、色々策を講じる必要がありますが」


「……」


「それは、今後実験を重ねていく形になります。もっとも、危険なのでそれは工房でなく、外で安全を重視して行うことになりますが……」


「……」


 むぅ、とアミルは眉を寄せる。

 自分から尋ねてきたくせに、何を言ってもレオンハルトが反応してこない。さらに、食事の手も止まっている。アミルは、もう食べ終わったというのに。

 何を、それほど放心することがあるのだろう。


「ひとまず、わたしは研究の続きに戻ります。もしご興味がありましたら、外で実験をするときにはお呼びしますが」


「……」


「分かりました。お呼びします。呼ばないと後で色々言われそうですし」


 アミルは立ち上がり、物言わぬレオンハルトに背を向ける。

 一体、何をそこまで黙り込む必要があるのだろう、と。

 さぁ、早く研究を再開しなければ。


「……」


 ただ、そんなアミルが去ってから。

 レオンハルトは、小さく呟いた。

 あまりにも常軌を逸した、時代を超えた発想に対して。


「……レールガン」

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