第53話 新たなる悩みの種

 さすがに。

 ここまでストレートに言われて、「何を勘違いしているのだろう」と考えるほどアミルは鈍感ではない。

 まぁそもそも、レオンハルトにここまで言わせる時点でかなりの鈍感であろうとは思うけれど、それは好意をしっかり形で示してこなかった向こうが悪いと考えよう。

 だから、レオンハルトの愛の告白に対して、アミルは。


「……はぁ。ありがとうございます」


 とりあえず、そう返した。

 何せ今まで経験がないものだから、何と返して良いものか全く分からない。

 目の前で、レオンハルトはにこにこと微笑んでいるけれど――。


「そうだ、いいことを思いつきました」


「……わたしのキャパはもう限界近い部分があるのですが」


「ええ。僕たちの結婚式をいつ行おうかという話なんですけど」


「話聞いてますか?」


 突然の愛の告白とか、子供作ろう発言とか、なんかもう色々アミルの中ではいっぱいいっぱいである。

 とりあえず工房に引き籠もって、ゴーレムとだけ向き合って落ち着きたい。


「日取りはまぁ、近々僕の方で決めておきます」


「わたしの意見は」


「都合の悪い日、ありますか?」


「…………………………ありませんけど」


 たっぷり沈黙してから、そう返す。

 絶賛引きこもり中のアミルに、都合の悪い日などあるわけがない。

 ただアミルを差し置いて、色々勝手に決まっていく現状が少々不満なだけだ。


 しかし、かといって逃げることができないのもまた事実である。

 エルスタット侯爵家当主と婚約をしている時点で、メイヤー伯爵家出身のアミルに断る権限などないのだ。貴族同士の婚約において、主導権を持つのはより高位の貴族であるのだから。

 つまり、アミルはただ受け入れる他にない――。


「とりあえず、陛下にもご参列いただくとして……そうなると王宮で行うことになってしまいますね」


「はぁ……」


 改めて、レオンハルトを見る。

 そもそも貴族家の娘として生まれた以上、好いた相手と結ばれることなど絶対にない。そしてアミルは今まで、異性を好きになったことが一度もないのだ。それに何より、自分が結婚するとも思っていなかった。

 政略結婚で結ばれた夫婦でも、長い時を共に過ごせば、そこに愛が育まれるかもしれない。それと同じく、今はまだただの金回りのいいパトロンであり、鬼のような追加発注をしてくる顧客でしかないレオンハルトのことも、いつかは夫として見ることができるのだろうか。


「……」


 正直、優良物件だとは思う。

 王家の覚えも良い新進気鋭の貴族家であり、数多の新製品を世に出している大商会の主だ。家柄、財力の両方において、百点満点の存在だと言っていいだろう。

 そして本人の顔立ちも整っており、言葉を選ばずに言うならばイケメンである。それに性格も多少強引な点こそあるけれど優しく、マナーや礼節にも厳しくない。それに何より、アミルという女の性格をよく分かっている。

 あれ、この男理想の旦那じゃね?と思ってしまうくらいには、完璧な男なのだ。


 ただ。


「あ、そうだ。結婚式の入場は、夫婦でゴーレムに乗って登場とか面白いと思いませんか?」


「そのゴーレムを作るのは多分わたしですね」


 きっと素直に受け入れることができないのは、こういう性格のせいだと思う。















 レオンハルトとの夕食を終えて、工房。

 新しいゴーレムの試作を行いながらも、なんとなくアミルの心は晴れなかった。


「……」


 魔術式によって《成形》し、《硬化》させたそれは、アミルの親指ほどの大きさをしている腕である。当然ながら鬼顧客の鬼追加発注、ロケットパンチだ。

 これを、腕を取り除いた試作品――二十三号に装着しながら、状態を確認していく。単独で飛行する能力を持たせているため、重さは本来の腕よりも多少嵩張ることになるため、再度のバランス調整が必要になるだろう。

 ちなみにアミルは、これを『ロケットパンチ君一号』と名付けた。これはあくまで二十三号に使うための新しいゴーレムであるため、試作品の回数には含まれない。


「うぅん……」


 だが、それが上手くいかない。

 そもそも弾丸が高速で発射される理由は、弾丸の構造に理由がある。先端を鋭くし、限りなく空気抵抗を減らすことで、射出した際の威力を減衰させることなく保つことができるのだ。

 だが、ロケットパンチはそういうわけにいかない。

 どうしても拳を握っている状態で発射することになるため、少なからず空気抵抗がかかるのだ。この空気抵抗というのは厄介なもので、範囲が大きくなればなるほど強い抵抗となってしまう。

 摩擦抗力を何度計算しても、満足のいく結果が出ない。


「……」


 しかし、かといって造形を変えることもできない。

 空気抵抗のことを考えると、射出の際に先端を鋭く変化させて飛び出す方法がベストのように思えるけれど、レオンハルトから「これだとロケットパンチじゃなくてドリルパンチですよ!」とでも言われそうだ。ドリルパンチというものが存在するかどうかは知らないけれど。

 つまりアミルは、拳の形状を保ったままで満足のいく射出速度を出さなければならないわけだが――。


「はぁ……」


 考えるけれど、なかなか上手くいってくれない。

 試作品段階での小さなものであれば、それなりの威力で射出できる。だがこの大きさが十五メートルになると考えると、射出に必要なエネルギーは数百倍だ。少なくとも、現在考えている射出方法では、満足のいく速度を出すことができない。

 このままだと、ただ腕が自動的に飛ぶだけの装置だ。


「あ……」


 ふと、そこでアミルは眉を寄せる。

 射出に必要な力は現在、ロケットパンチの付け根に《爆発》の魔術式を刻み、装着している側に《保護》を刻んでいる。そして最初の勢いを保ったままで、付け根からさらに《加速》の魔術式を起動させる形だ。

 だが、その《加速》が空気抵抗に負けてしまうという現状であるわけだが。


「ええと……うわぁ、ない……」


 周囲を確認する。

 嫁入りにあたって、アミルは当然ながら、ゴーレムの専門書などを持ってきた。しかしどうしても嵩張るものであり、当座必要なものは幾つか持ってきたけれど、大半は実家に置きっぱなしである。

 そして今思いついたアイデアについての専門書は、実家だ。

 こんなことなら、全部持ってくれば良かった――そう後悔しても、もう遅い。


「……仕方ないですね」


 そうだ

 実家、

 帰ろう。

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