第52話 意味の分からない言葉

 何言ってんだコイツ。


 それが、唐突なレオンハルトの発言に対して、アミルの感じた全てである。

 そもそも、アミルとレオンハルトの関係は非常にドライな契約関係だ。レオンハルトは世界で一つしかない、自分のゴーレムが欲しいからアミルを囲っている。そして、アミルは豊潤な財力を背景にゴーレム作りに専念したいから、レオンハルトに囲われている。

 言ってみれば、現状互いにウィンウィンの関係なのだ。

 そもそも、「結婚してゴーレムを作ってください」としか言われていないし。


「どうしましたか、アミル」


「……どうしたも何もありませんが。突然、何を仰っているのですか?」


「僕は、割と真剣に言っているつもりですけど。もう結婚して一年以上経ちますし、そろそろ僕たちの間に子供が欲しいと思いませんか?」


「子供型のゴーレムをお求めでしたら、仕様書の方を出してください」


「そういうわけじゃありませんよ」


 アミルの限りなく冷たい言葉に、レオンハルトは柔和な笑みを返してくる。

 無論、アミルとて馬鹿ではない。少なくとも、レオンハルトは貴族であるし、世継ぎは必要になるだろう。エルスタット侯爵家を継ぐ男子を産むのは、当代エルスタット侯爵に嫁いでいるアミルの役割だ。

 だが、そもそもアミルにレオンハルトに対する愛はない。

 結婚相手というより、完全にパトロンだと思っている。


「うぅん……別に冗談で言っているつもりはないのですが」


「家を継ぐ子供が欲しいのでしたら、第二夫人でも娶ったらいかがでしょうか? むしろ、その方を第一夫人にしてくださって結構ですけど」


「僕は、アミルとの間に子供が欲しいんですよ」


「意味が分かりません」


 レオンハルトが、真剣な眼差しでアミルを見てくる。

 だけれど、アミルにしてみれば提案自体が青天の霹靂であるし、そもそもそんなことを考えたこともない。嫁いだという自覚だってないのに。


「なるほど……割と僕なりに、アミルへの愛情を表現してきたつもりですが」


「ゴーレムへの愛しか伝わっていませんよ」


「どうしても、歯の浮くような言葉というのは出ないんですよね。まぁ、これも民族性というか何というか……」


「……何の話ですか?」


 アミルへの愛情を表現してきたつもり、とか言われても。

 大体の場合、アミルの目に映るのはゴーレムを相手にはしゃいでいるレオンハルトだけだ。そこに、アミルへの愛とか欠片もない気がする。


「そもそもアミルも、貴族の家に嫁いだということは、それなりの覚悟があってのことだと思いますが」


「……それは、契約外です。わたしは、ゴーレムを作れとしかご命令を受けていません」


「僕としては、結婚するという言葉に包含されているものと考えていましたが」


「認識の齟齬が発生していますね」


 はぁ、と大きく溜息が出てくる。

 そもそもレオンハルトは、アミルをゴーレム製作の技術だけで見初めているのだ。そこに愛情が付随しているなど、最初から思ってもいない。

 ただ、他の貴族家の女性から逃れるために、結婚という形で囲っているだけだと考えていた。


「レオンハルト様は、気になる女性などいらっしゃらないのですか?」


「勿論、いますよ」


「……いるのですか?」


 む、とアミルは眉を寄せる。

 だったら話は早い。最初から、そちらの女性を招聘すれば済む話だ。


「ええ。とても魅力的な女性がいるんです」


「でしたら、そちらの方とご結婚されては?」


「その方は、既に僕と結婚しているんですよね」


「……」


 わたしじゃねぇか。

 そう叫びたい気持ちを堪える。


「……わたしなんかに、何の魅力があるんですか」


「おや? それを僕に聞きますか?」


「ええ、言えるものなら」


 アミルの自己評価は、非常に低い。

 教養もない田舎娘であり、長けている能力はゴーレム作りくらいである。マナーも学んでいなければ礼節も全く知らず、普段の服など麻の上下だ。面倒が過ぎて伸びっぱなしの髪はぼさぼさだし、最近またちょっと太ったし。


「では」


 こほん、とレオンハルトが咳払いを一つして。

 相変わらずの柔和な笑顔を浮かべたままで、アミルを見た。


「アミルは、実に魅力的な女性ですよ。深い知識も持っていますし、大陸でも有数のゴーレム技術を持っているのに、それを鼻に掛けることもなく、毎日のように勉強を繰り返している方です。ゴーレムを相手にしていると、ころころと表情が変わるのもまた見ていて楽しくて」


「……」


「最近は毎日、髪を結ぶ位置が違うんですよね。僕は割とポニーテールが好きなんですけど、アミルの顔立ちだとサイドテールもよく似合うと思います。時々前髪をピンで留めているときは、正直ドキッとしますよね。アミルは目鼻立ちが可愛らしいので」


「……」


「ゴーレムを相手にしているときには、すごく愛らしく笑うんですよね。それなのに僕を相手にした瞬間に無表情になるあたり、塩対応ですよねぇ。だから僕は最近、話しかけるよりも隣でゴーレムを見ながら喋っているアミルを横目で見ています」


「……も、もう、やめて、ください」


 拷問か、これは。

 そう思えるくらいに、レオンハルトからすいすいと出てくる言葉の数々。

 そんなにも見られていたことが恥ずかしいと共に、実はレオンハルトそんな気持ちだったのかよとか思ってしまう。


「僕の気持ちは、伝わってくれましたか?」


「……非常に不可解ですが、なんとか」


「いつ言おうかと考えてはいたんですが、なかなか切っ掛けが掴めないものですよね。ですからまぁ……折角の機会ですし、ここで言ってしまいましょうか」


「は?」


 レオンハルトが、居住まいを正して。

 それから、真っ直ぐにアミルを見据えた。


「愛しています、アミル」


「……」


 この世に生を受けて、十九年。

 ゴーレムの魅力に出会って、十二年。

 ゴーレムを作るようになって、七年。

 エルスタット侯爵家に嫁入りして、一年半。


 これが、アミルの。

 人生で初めて受けた、男性からの告白だった。

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