第51話 レオンハルトの懸念

 レオンハルトは、少し不安な気持ちでこの夕食を迎えていた。


 何せ昨夜、ラビと一緒に酒を飲みに行ったレオンハルトだが、その会話のほとんどがラビからの叱責だったのだ。

 それが全て、レオンハルトのせいだということは分かっているけれど。


――いいか、レオ。お前、今の自分の幸運をしっかり噛みしめろ。


 レオンハルトは、幸運だと思う。

 アミルという、一流ゴーレム師のラビが認める一番弟子にして、大陸でも有数のゴーレム師である彼女を、己の専属にできている時点でかなりの幸運だ。

 そして彼女は、レオンハルトの求めるゴーレムに対して意見こそするけれど、決して文句を言わない。どのような無茶な要求に対しても、最大限応えてくれる。

 だからこそ、レオンハルトが甘えてしまっていた。


――追加仕様は、ゴーレム師から一番嫌われるもんだ。こっちは最初の仕様書通りに作って、その上で全部の試作をしてんだ。お前も物作りしてんだから、それくらい分かるだろ。


 レオンハルトも確かに、様々な家電製品を、この世界で再現している。

 電気に頼っていた前世と異なり、電気でない動力でどのように動かすのかを何度も模索し、より良いものを作ろうとしている。その仕様は全てレオンハルトの頭の中にあるし、作っている途中でさらに良いものが浮かぶこともあるのだ。

 だから、アミルに対しても思いつきで、どんどん追加してしまっていた。それは確かに、反省するべき点だ。


――ちゃんと折り合いつけねぇと、あいつ逃げるぞ。お前からの仕様がエスカレートするようなら、俺の方からあいつに逃げるよう言ってやる。


 それは困る、と反論した。

 そして、その上で反省した。

 とりあえずロケットパンチの追加は伝えてしまったため、撤回することはできないけれど、もうこれ以上の追加発注はやめておこうと。


「そういえばアミル、ラビ先生から伺ったのですが」


「はい?」


 だから、今日は少しだけ怖かった。

 もしかしたら、レオンハルトの追加してきた仕様に対して不満を覚えて、工房から出てこないのではないかと。


「ロケットパンチの噴射力について、悩んでいるとか」


「ああ、それですか」


「僕に何か、アドバイスなどできることがあればと考えまして」


 レオンハルトは、無表情のままのアミルにそう告げる。

 昨夜、ラビから軽く話は聞いていた。動力を魔術式によって作るように考えているらしいが、それでは恐らく難しいだろうとのことだ。そのため、ラビはバネ式で射出できるような仕様を、アミルに提案したらしい。

 しかし、提案した直後にラビが、苦笑いしながら言ったのだ。


――あいつは多分、俺の提案した仕様には絶対にしねぇだろうな。


 ただでさえ、難しい仕様を提案したのはレオンハルトだ。

 ならば、レオンハルトの持っている知識が、少しでもアミルの役に立てばいいかと――そう、考えたのだが。

 ある意味、贖罪のような気持ちで。


「いえ、大丈夫です」


 しかし、アミルはにべもなくそう言った。

 その様子には、無理をしている感じはみられない。恐らく、本当に必要ないからそう言っているのだろう。

 そして、そうなると気になるのがレオンハルトという男の性だ。


「でしたら、上手くいく方法が見つかったのですか?」


「ええ」


「……ラビ先生からは、魔術式だけで噴射させる機構を作るのは難しいと聞きましたが」


「そうですね。ですから、新しい仕様で試作を重ねています。現在のところはまだ図面の段階ですが、バランス調整さえ行えば、問題なく動くと思います」


「そ、そうですか」


 レオンハルトには、想像もつかないロケットパンチの仕様。

 ラビの話を聞いたときには、それこそ子供のおもちゃ――腕につけられたボタンを押すと、前腕が飛び出すだけのロボットを想像した。

 だからここで――レオンハルトの、好奇心が勝った。


「参考までに……どのように作るか、伺っても?」


「聞きたいですか?」


「ええ。アミルが随分苦労していると、ラビ先生も言っていましたので」


「まぁ……発想の転換ですね。考えを変えてみれば、割とすぐに図面を描くことはできました」


 アミルがそう言って、銀食器を皿の上に置く。

 そして、自分の右手を見せてきた。


「レオンハルト様がお求めの仕様は、この肘から先が飛び出すものだと考えているのですが」


「え、ええ、そうですね」


「この肘から先を、『テツジン』の一部という形ではなく、別のゴーレムとして同期起動させようかと」


「……へ?」


 意味の分からない言葉に、レオンハルトは眉を寄せる。

 肘から先を、別のゴーレムにする――それが、レオンハルトには理解できない。


「分かりやすく言いますと、肘の部分が接触している状態であれば、『テツジン』の仕様に対して動く同期型のゴーレムです。しかしリモコンのボタンを押すと、『テツジン』との同期が切断され、独立起動を行います」


「……はぁ」


「独立起動先で魔術式を展開させて、一個のゴーレムとして動くように調整します。そうすれば射出力によってただ飛び出すだけでなく、目標に対しての位置調整を行うことができます。また、目標に当たった後に再度『テツジン』の腕に戻るように動作を入力することができます」


「……」


 何を言っているのかは、よく分からない。

 だけれど、その端的な内容は理解できた。

 ラビが提案した、バネで飛び出すだけのおもちゃのような仕様ではなく――飛び出した後に、ちゃんと腕に戻る仕掛けまで作れるというのだ。


「まぁ、素材と魔術式はこれからですが……とりあえず、わたしの頭の中にあるのはそれくらいです。ひとまずこれで、レオンハルト様からの仕様は、問題なくクリアできるかと」


「……すごい、ですね」


 改めて、思う。

 レオンハルトが形にして欲しいと言ったものを、本当に形にすることができる――アミルは、本当に得難い人材だ。

 これほど一流のゴーレム師が、ただレオンハルトの望みを叶えるためだけに、レオンハルトの欲しいゴーレムを作ってくれる――それは、何という幸運だろう。


「ありがとうございます。ですがお褒めの言葉は、完成してからいただきたいと思います」


「ええ……アミル」


 それと同時に、レオンハルトは。

 なんとなく、今まで気になっていたことを、ついでに言ってみた。


「もう僕たちは、結婚して一年以上経っているわけなのですが」


「……ええ、そうですね」


「そろそろ僕たちの間に、子供が欲しいと思いませんか?」


「……」


 先程まで、ゴーレムのことを饒舌に語っていたアミルが。

 レオンハルトのそんな質問に対して、口を閉ざした。

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