第50話 さらなる試作
結局ラビはその夜、レオンハルトと共に夜の街に繰り出したらしい。
アミルからすれば、「ああ、そうですか」の一言だけで済む案件だ。多少、小綺麗なお姉さんのいるお店に行ったと聞いても、それもまた「ああ、そうですか」の一言で済むと思う。
それよりもアミルの考えるべきは、ロケットパンチとやらの試作だ。
「ふーむ……」
翌日の工房。
朝も早いうちからアミルは朝食を平らげて、工房に籠もっていた。
仕様が追加されたけれど、アミルのやるべきことは変わらない。あくまでアミルの仕事は、レオンハルトの満足するゴーレムを作ることだけである。
もっとも、非常に面倒な段階は踏まなければならなくなった。
そんなアミルの目の前にあるのは、大きさの異なる二体の『テツジン』である。
「……一応、取っておいて良かったですね」
これは試作品二十二号機と、二十三号機だ。
二十四号機からは割と大きめで作り始めたため、試作品としてのクオリティが最も高く、小型なのがこの二体である。ちなみに二十二号機と二十三号機の違いは、極めて細かいバランス調整だけだ。実質、同じものであると言っていい。
高さ五十センチほどで作った二十四号機、高さ一メートルほどで作った二十五号機は、既に邪魔なので解体している。だから今後弄ることができるのは、この二十二号機と二十三号機、そして現在庭のオブジェとなっている二十六号機だけしかない。
「はぁ……暑い」
ぱたぱたと自分の顔を手で仰いで、アミルは髪の結び目を変える。
夏というのは長い髪によって首が蒸れるため、工房で作業するときなどは基本的に結んでいるのだ。そして、同じ位置で結び続けているとその部分がまた蒸れてくるため、結ぶ箇所を適宜変えている。決しておしゃれというわけではない。
まぁ、それはそれとして。
アミルは今回の追加仕様について、強硬手段を執ろうと考えていた。
レオンハルトが求める仕様は、『腕を飛ばす』ことができるものだ。つまり、そこに少なからず機構を追加する必要がある。
ラビに一度説明したように、魔術式だけでどうにかならないものかと腐心したけれど、結局無理だった。構造式を考えて、計算するだけで無理だと理解できた。
だから、機構を追加する必要がある。
しかし、そもそもの前提条件として、レオンハルトは『二十八号』での完成をお求めだ。
たったの二十七回しか試作することができないという激烈ハード条件に加えて、さらに追加仕様の発注である。正直ぶん殴りたい気持ちだったが、パトロンに手を上げるわけにはいかない。
そのための強硬手段。
それこそが――『試作品二十二号を多少弄っても二十二号です』作戦である。
既に存在する試作品――二十二号へと機構を追加しても、それは二十七号ではなく二十二号。あくまで試作品の改良を行っているだけなので、回数にはカウントされない。はず。
ちょっと自信はないけれど、もうこれで通そうと思っているアミルだった。
「さて、ラビ先生はバネ式で行うのが良いと言っていましたが……」
頭の中だけで、機構を考えてみる。
腕を飛ばすということは、つまり射出力が必要だということだ。そのための動力を、まず考えなければならない。
魔術式だけでは不可能。実際に《爆発》と《吸収》の魔術式を描いた場合における力学的エネルギーを計算したけれど、サイズが上昇するということは必要エネルギーも累乗していくため、魔術式ではとても出すことができない領域へと至ってしまった。小型の二十二号機くらいならばいけると思うけれど、これが十メートル台になる予定の二十八号では、きっちり起動してくれないのである。
だからといって、ラビの意見をそのまま採用するのも、少し癪である。
完成して見せたとき、ラビがドヤ顔で「俺の考えた案を採用したな。うんうん」と言ってくるのが目に見えているのだ。最悪はラビの考えた機構で行うにしても、それ以外の方法を模索していかなければならない。
「うぅん……」
飛ばすために必要なのは、強いエネルギーだ。
例えば、銃。
これは火薬を爆発させることで、密閉空間における強いエネルギーを出し、その爆発の威力によって弾丸を射出するという機構だ。この機構を作り出すには、少なくとも『密閉空間』と『軽い弾丸』が必要になる。
腕のパーツ一つとっても、かなり重いのだ。銃と同じ要領で飛ばすためには、どれほどの火薬が必要になるか分からない。
「……あ」
そこで、ふとアミルに天啓が降りた。
完全に見えなかった方法が、少しだけ現実味を帯びる――そんな方法が。
「そうだ……こうすれば」
アミルはそのまま、目の前にある紙にペンを走らせる。
それは簡単な『テツジン』の構造――その右腕だけが分離した図だ。さらに、その下に描いていくのは数式の列である。
かつかつ、かつかつ、と紙の上をペンが踊り、数式を連ねていき。
アミルは、笑みを浮かべた。
「――いける!」
「奥様、夕食の時間です」
「ああ……もうそんな時間ですか」
二十二号に、新しく思いついた機構を入れていくうちに、気付けば時間が経ってしまっていた。
だがひとまず、アミルの考えていた機構は、図面の上では形になった。あとはさらに制作を重ねて、よりスムーズな機構を考えていくだけである。
もっとも、機構を追加することでバランスが崩れることにもなるため、姿勢制御については一から考え直す必要があるけれど。
この姿勢制御の計算は、最初から全くしていない。
どうせ、やり直しになることが前提なのだから。
「よいしょ……」
アミルは立ち上がり、髪を結んでいたゴムを外して、工房から出る。
そのままカサンドラに着替えを任せて、普段用のドレスに身を包んでから部屋を出た。一応、麻の上下でできた作業着は作業用であるため、夕食のときには脱ぐようにしているのだ。あくまで夕食の時には、レオンハルトの奥様として振る舞っているつもりである。
そして食堂に向かい、既に座っているレオンハルトの正面に座って。
「やぁ、アミル」
「どうも、レオンハルト様」
「調子はどうですか? 僕が新しい仕様を頼んだこと、ラビ先生に怒られてしまいましたよ。そんなんじゃ信頼をなくすぞ、と」
「……そうですか」
言っていたように、ラビは注意してくれたらしい。
だけれど、なんとなく反省の色が見えないのは何故だろうか。
「食事の前に、レオンハルト様に聞きたいことがあります」
「……はい? どうかしましたか?」
「ええ、ロケットパンチの仕様なのですが」
レオンハルトはただ、「ロケットパンチを」とだけ言った。
その細かい指定は、全くしてくれていないのだ。
「右腕と左腕、どちらにその仕様を追加しましょうか」
「……」
アミルの質問に、レオンハルトは僅かに考えて。
そして――アミルの、予想通りの答えを告げた。
「両腕で」
「承知いたしました」
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