第49話 師の教え

「はぁ……そんな鬼みてぇな発注するとはな……」


 ラビが、アミルの目の前で頭を抱えている。

 一応、レオンハルトに対してアミルを紹介したのはラビであるため、少しくらいは責任を感じているらしい。

 レオンハルトが突然追加した仕様が、どれほど面倒なものであるのか――それは、一流ゴーレム師であるラビだからこそ、切実に理解できるはずだ。


「ちょっと、俺の方から注意しておくわ」


「注意ですか?」


「ああ。ゴーレムの完成直前に仕様を追加とか、俺の顧客なら今後一切の取引をお断りする案件だ。あいつはゴーレムに関しての知識がねぇし、そういうことにも疎いんだろうよ。俺から説明すれば、理解してくれるかもしれねぇ」


「……」


 ラビの提案は、ありがたいものだ。

 どちらにせよ一緒に酒を飲むとの話だったし、そこでアミルの代わりに言いにくいことを言ってもらえばいいと思う。そうすればアミルは追加仕様について悩む必要もなくなるし、問題なく二十八号目で完成させることができる。

 つまり、全て問題なく丸く収まるのだ。


 しかし、本当にそれでいいのかという疑問も湧いてくる。

 顧客の――この場合はレオンハルトの――要求を叶えることが、アミルの今の仕事だ。そして、ラビのように一人や二人の顧客を切ったところで問題ないゴーレム師ならばともかく、アミルはレオンハルトの庇護下から抜け出すことができない。

 これでラビから注意をして、「なんて面倒な女だ」と思われても困る。

 だからアミルのとるべきは、今回は一応追加仕様については目を瞑り、今後は追加仕様を断るという方向性だろう。


「いえ……大丈夫です、ラビ先生」


「おいおい……下手に追加仕様は受けんな、って俺は教えた気がするぞ。一度こなせば、今後もできるもんだと思われるからな」


「そのあたりを、ラビ先生の方からやんわり伝えていただけると助かります。わたしにとっては唯一のパトロンなので、機嫌を損ねるわけにいかないんですよ」


「……あー、そういうことか。確かにあいつ、へそ曲げると面倒くさいからな」


「わたしの方からも……追加仕様は今回だけで、以降は受け付けませんと伝えています」


「あのな、そういう口約束は」


「客は馬鹿だと思え。以前に伝えたことでも何度でも伝えろ。前に聞いたと言われてもしつこく伝えろ。そうしないと馬鹿だからすぐ忘れる。これも確か、ラビ先生から教わったことです」


「はぁ……一言一句違わず、よく覚えてるもんだ」


 へっ、とラビ先生が笑みを浮かべる。

 そんなラビに対して、アミルもまた微笑んだ。


「んじゃ、俺の方からやんわり伝えとくわ。無茶ばっか言ってるとあいつに見捨てられるぞ、って言や少しは効くだろ」


「見捨てられるのは、わたしの方だと思いますが」


「若い女で、ゴーレム師としての技術が高くて、自分の欲しいゴーレムを最優先で形にしてくれる。それだけであいつにとっては、得難い人材だよ」


「はぁ」


「あとお前、そこそこ可愛いしな」


「そこそこは余計です」


 アミルは僅かに眉を寄せる。

 そこそこという言葉が、褒めているのか貶しているのか分からない。


「それでラビ先生に、質問があるのですが」


「ほう?」


「先生なら、スイッチを押すと腕を飛ばせる機構を、どのように作りますか?」


「ふむ……そうだな」


 アミルのそんな問いに対して。

 ラビは腕を組み、悩むように顎に手をやり、それから首を傾げた。


「どういう動力にするかが、まず問題だな。何か腹案はあるか?」


「現在の案としては、内側に向けて《爆発》の魔術式を刻んで、《爆発》によって損傷しそうな部位に《吸収》を刻もうと考えています」


 アミルはまず、射出力について考えた。

 腕を飛ばせる機構とのことだったから、木くらいは倒せる程度の威力は求めているだろう。そうなると、それなりの射出力が必要になってくる。

 そのため、まず考えたのは《爆発》の反動による射出だ。力学的には、生じたエネルギーは逆方向に対しても同一に働く。そのため、内側へと《爆発》によってエネルギーを生み、腕を射出できる形にしたらどうかと考えたのである。

 しかし、ラビの表情は渋いままだった。


「それだと、耐久性に難がありそうだな」


「それは……」


「《吸収》の魔術式を刻んでも、《爆発》は広範囲に渡っての破壊エネルギーが生じる。全部は吸収しきれないし、吸収しきれなかった部分の劣化が早くなる」


「《保護》の魔術式を刻めば」


「《吸収》と《保護》の反作用が生まれるな。吸収する魔術式と保護する魔術式は、同一の場所に置くことはできない」


「ぐぅ」


 ラビの言葉に対して、アミルは唇を結ぶ。

 さすがに、何体ものゴーレムを作ってきたラビだけのことはある。アミルの頭の中にしかなかった魔術式を、実際に刻んでみた場合の方法もしっかりシミュレートできているようだ。

 逆に言えば、そこまでの想定がアミルには出来ていなかった。


「では……ラビ先生でしたら、どうなさいますか?」


「俺なら、魔術式ではなくまず、機構の方を追加する。弱めの金属でバネ仕掛けにして、通常時は腕が保持される状態だ。スイッチを押して魔術式が起動すると、バネの強度が上昇する機構にすれば、それまで保持されていた腕がバネの勢いで飛び出すって寸法だ」


「むぅ……なるほど」


「でもまぁ……お前の気持ちは分からんでもねぇよ。できる限り、重量を追加したくねぇんだろ?」


「お分かりでしたか……」


 レオンハルトの追加仕様に対して、アミルはいかに重量を増やさずに実現できるかを考えた。

 新たに魔術式を刻むだけならば、重量に変化はない。空洞である腕を切断して、弱めの《保持》によって切断部を取り付け、内部に魔術式を刻む――その方法ならば、バランス調整は限りなく少なく済むのである。

 その中で、最も反動力が出そうな魔術式が、《爆発》と《吸収》だったわけだが。


「まぁ一度請けた以上、お前がどうにかするんだな。さっきのバネ仕掛けのやり方も、今考えただけで実現できるかは分からん」


「……ええ、ありがとうございます」


「しかし、俺にゴーレムの作り方を尋ねるとはな。本当なら、講義代を貰うところだぜ?」


 冗談めかして、そうラビが言ってくる。

 まぁでも実際、ゴーレム作成の技術というのは唯一無二のものである。こうしてラビに教わることができているのも、アミルがラビの弟子という立場だからだ。

 そのためアミルも冗談半分に、ラビに言った。


「講義代は、レオンハルト様とのお酒の席で請求をお願いします」

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