第48話 師の来訪

 二十六号は、無事に庭の中央にセッティングされた。

 それもただ佇んでいる状態というわけではなく、今にも戦いに向かいそうなファイティングポーズをとっている。それを確認した庭師のハンスが、「これなら、まぁ独創的なオブジェがあると思ってもらえるでしょうな」と評価していた。

 そして現在、ラビを連れてアミルは侯爵家の応接間にいた。


「まず、アミル」


「はい」


「レオの馬鹿みたいな依頼の一つ目を、よくあそこまで完成させたな。俺は正直、図面を確認こそしたが……面倒すぎて断った」


「……確かに、非常に手間は掛かりました」


 ラビの言葉に対して、アミルは大きく溜息を吐く。

 正直、普通のゴーレム作成依頼ならば、絶対に断る案件だと思う。アミルは正直、住み込みかつ豪華な三食昼寝付き案件だから引き受けただけだ。

 侯爵家に嫁入りをして一年以上経つアミルだが、未だに嫁入りした実感はなかったりする。


「だろうな。あんなフォルムのゴーレム、見たことねぇわ」


「ラビ先生なら、簡単に作れると思っていましたが」


「俺に依頼するなら金貨二千枚掛かって五年だ、ってレオには言ったな。ゴーレムのメンテナンスをこなしながらだから、集中して作れねぇし。まともに試作品を作ろうと思ったら、一日ずっと工房に引き籠もらなきゃ無理だわ」


「……」


 アミルは、最初の試作品を作るのに、四六時中籠もり続けて三日かかった。

 やはり、ゴーレム師としてのラビとの差はまだまだ大きい。


「まぁ、だからお前を紹介したわけなんだが……まさか、一年ちょいであそこまで形にするとは思わなかったな。なかなかやるじゃねぇか」


「ありがとうございます」


「ただ、幾つか問題点はあるな。まぁ、部外者の俺が動かすことができる、ってのが一番の問題点ではあるわけだが」


「……」


 よし、と心に気合いを入れる。

 昔からラビは、まず褒めてくれる師だった。ゴーレムの出来に対して、おう上手いな、なかなかやるじゃねぇか、よく頑張ったな――そう、まず褒めてくれるのである。

 そして褒めてくれた後で、そこに付随する問題点をやんわりと教えてくれる。つまり、褒められたからといって手放しに喜んではいけないのだ。


「アミル。お前、実家のゴーレムと同じプロテクト方法で魔術式刻んでただろ?」


「……はい」


「俺も外から魔術式を確認しただけなんだが、お前が作ったゴーレムの管理をしてんのも俺だからな。魔術式の書き換えも何度かやってるうちに、お前のプロテクト方法も大体理解できた。だから動かせたわけだが……俺が悪者だったらどうするつもりだよ」


「……言い訳のしようもありません」


 甘んじて、叱責を受ける。

 元々、二十六号については解体するつもりだった。そのため、魔術式のプロテクトに関しても、やりやすい方法で行って時間短縮したのである。

 これが二十八号の完成品にまで至れば、魔術式のプロテクトも入念に組んで、アミル以外の誰にも動かすことができないものを作ろうと思っていた。

 しかし、それは言い訳に過ぎない。

 アミルが二十六号の魔術式に対して、手を抜いたのは事実なのだから。


「まぁ、お前のゴーレムを何度も管理してる俺だから分かったプロテクトだが……それでも、逆に言えば何度も解析すれば外部から操ることもできるってことを忘れるな。俺のような天才はそうそう世の中にいないが、全くいないってわけじゃない」


「はい。肝に銘じて、二十六号の魔術式は改善いたします」


「ならよし」


 うん、とラビが頷く。

 それと共に応接間の扉が開いて、カートを持ってきたカサンドラが入ってきた。


「どうぞ、ガビーロール様。お茶です」


「ああ、どうも」


「奥様も」


「ええ、ありがとうカサンドラ」


 ラビ、アミルの前にそれぞれ湯気の立つカップが置かれる。

 ちなみに、こうして応接間で向かい合っている理由は、ラビが「まぁ、折角来たことだし、ちょっと上がらせてもらうぜ。お茶でも出せ」と言ってきたからだ。それは家主側の台詞ではないかと、少しだけ思う。

 当然、いつも通り白砂糖の壺が置かれ、ラビは山盛り入れていた。アミルは一応、少しだけ入れることにする。以前のように丸くならないよう、毎日気をつけているのだ。


「それで、ラビ先生」


「おう」


「本日は、どうしてエルスタット侯爵家に?」


「ああ、別に用事があったわけじゃないんだが、近くに来たからよ」


 ラビは一口お茶を啜って、それから。


「レオに酒奢ってもらおうと思ってな」


「……人間関係において、建前は大事だと思いますが」


「旧交を温める、とでも言えばいいか? まぁ、やるこた同じだよ。一緒に酒飲みに行くだけだ。あいつの奢りで」


「ラビ先生だって、お金がないわけではないでしょうに」


 アミルの言葉に、ラビは肩をすくめる。

 レオンハルトはアミルの想像を何倍も超える金持ちだが、ラビも十分稼いでいるはずだ。何せ、毎日のように貴族領を訪れてはゴーレムのメンテナンスを行って、それに対して金貨を徴収している。恐らく、下手な貴族よりも実入りは多いはずだ。

 そんなラビが、わざわざ酒を奢ってもらうためだけに来るとは。


「まぁ、あとは不肖の弟子を見に来たのもある。俺の方から、厄介な案件を紹介しちまったからな。少しくらいは責任を感じてんだぜ?」


「……お心遣い、ありがとうございます」


「だが本当に、俺が思っていた以上に上手くやってたな。あいつの依頼、あのずんぐりむっくりのゴーレムを変なリモコンで動かせるように、って奴だろ?」


「……ええ」


「姿勢制御とか、上手くやったもんだ。並のゴーレム師じゃ、あれを立たせることも無理だぜ。上下肢のバランスと細かい姿勢制御機構を考えると、俺でもうげぇ、ってなるわ」


「……」


 そう、その通りである。

 ラビの言う通り、実は物凄い技術の結果生まれているのが、あの二十六号なのだ。アミルは決して天才というわけではないが、それでも毎日毎日向き合ってきたために、幾つも追加で姿勢制御を刻んできた。

 同じものを別の誰かが作ったとしても、恐らくそれは立位を保てないだろう。アミルが何度も試作を重ねたからこそ、最適なバランスを理解しているから二十六号は立つことができているのだ。


「……それにあたって、ラビ先生にご相談が」


「おう、どうした」


「先日、あの試作品をレオンハルト様に見て貰ったんですが」


「ああ」


 先日の会話を、思い出す。

 あの、鬼のような発注を。


「スイッチを押すと腕を飛ばせる機構を追加しろ、と命令を受けました」


「……あいつは馬鹿なのか?」


 アミルの言葉に。

 呆れたように、ラビがそう頭を抱えた。

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