第47話 庭のオブジェ

「……で、結局二十六号は玄関前に置くことになったのですね」


「旦那様が、どうしてもここに置くと譲られず……正直、庭師が頭を抱えております」


「でしょうねぇ……」


 翌日。

 玄関先に、当然のように二十六号が飾られることになった。

 あくまで私有地内でのことであるけれど、背の高い二十六号の頭が壁の上から出ており、外からも見える位置に立たせている。

 美しく剪定された木々や花壇といった、侯爵家に相応しい庭――そこに全くもって見合わない二十六号の存在は、確かに庭師が頭を抱えるだろう。


「それで、本日はレオンハルト様は?」


「本日は、朝一番からお出かけをしております。何でも、新しい商品の開発を行うとか」


「なるほど」


「お出かけになる前に、二十六号をここまで移動させておりました。操作をする箱は旦那様の私室に置いてありますし、決して触らぬようにと厳命されております」


「……そうですか」


 カサンドラの言葉に、アミルは小さく嘆息する。

 正直、レオンハルトがいないのならば今すぐ解体したい気分である。

 しかし、留守中に解体したと報告した場合、多分レオンハルトは物凄くへこむだろう。頭ごなしに怒ることはないだろうけれど、さすがにそんなリスクを取る気にはなれない。


「あっしとしては、せめてオブジェみたいな風に飾ってもらえりゃ良いかと思ったんですがね」


「ハンスさんには、何かお考えが?」


 そんなアミル、カサンドラと共に二十六号を眺めているのは、侯爵家の庭師である中年の男、ハンスだった。

 侯爵家の専属の庭師は数人いるが、その庭師頭を務めている男性である。基本的に庭師がどう剪定するか、どう庭を整えるかを常に指示している人物であり、まるで一枚の絵画のように整えられた庭のほとんどは、彼が剪定しているそうだ。

 そんなハンスが、大きな溜息と共に二十六号を見やる。


「そうですねぇ……でけぇゴーレムがただ立っているだけってのは、絵になりませんな」


「まぁ、そうでしょうね」


「庭の中央にでも、配備してみましょうか。一体だけ玄関先にいるってのも、対称性に欠けますからねぇ」


「なるほど。でしたら、動かす場所が決まったらわたしを呼んでください」


「動かせるんですかい?」


 ハンスが眉を上げて、アミルへとそう尋ねる。

 何せ、本来二十六号を動かすことができるリモコンは、現在レオンハルトの私室の中だ。さすがにアミルも、レオンハルト不在のときに私室に入ることはできないし、入ろうとも思わない。きっと壁一面にゴーレムが並んでいることだろう。

 だが、アミルはこのゴーレムの制作者だ。

 リモコンなしで動かすなど、児戯にも等しい。


「外部から、魔術式を起動させればいいだけの話です。操作は難しいですが、ゴーレム師なら誰でも動かせますよ」


「へぇ。そうなんですかい」


「あくまでリモコンは、ゴーレムに詳しくない人物でも動かすことができるための、簡易装置ですからね。外部から直接魔術式を操作する方が、より精密に動かすことができます」


「ほっほう」


 アミルの言葉に、興味津々とばかりに食いついてくるハンス。ハンスも男性であるし、レオンハルトと同じくゴーレムには興味があるのだろうか。

 二十六号が庭の景観を壊す、という認識は共通しているけれど、男の子は何歳になってもゴーレムが好きなものだ。


「しかし、奥様」


「どうしましたか、カサンドラ」


「ゴーレム師なら動かせるとは……つまり、ゴーレムに精通している人物ならば、当家に関係のない人物でも二十六号を動かすことができるのですか?」


「あー……」


 カサンドラの懸念。

 まぁ、そう懸念したい気持ちは分かる。確かにアミルは、「ゴーレム師なら誰でも動かせますよ」と言ったのだから。

 ふるふる、とアミルは首を振る。


「根本的な魔術式の構造さえ分かっていれば、動かすことが出来るという話です」


「つまり、ゴーレム師ならば外部から操作して、二十六号を暴れさせることもできるという……?」


「その根本の魔術式を知っているのは、わたしだけです。ゴーレムは全て、外部から他人に操作されないように、何重にもプロテクトをかけていますから」


 魔術式の根幹に対して、何重にもダミーの魔術式を描いている。そして、外部からその魔術式を勝手に操作した場合、一定時間の完全停止が行われるのだ。

 余程解析に時間をかけるか、余程腕の優れたゴーレム師でない限り、動かすことはできないだろう。

 アミルとて、今まで何体ものゴーレムを作ってきたのだ。勿論、勝手にゴーレムを持ち去ろうとするような不埒な輩に対しての対策など、何度もやってきた。


「まぁ、ですからわたしが起動させるか、レオンハルト様がリモコンで操作しない限り、このゴーレムは」


 動きません。

 そう続けようとした次の瞬間に。


 ゆっくりと、二十六号が右腕を上げた。


「……え?」


「……はい?」


「……へ?」


 三人が、揃ってそう間抜けな声を出す。

 当然アミルは外部から操作していないし、リモコンもこの場所にはない。だというのに、何の前触れもなく二十六号が動いたのだ。

 突然の出来事に、アミルは思わず体が震える。

 こんな風に誤作動を起こす危険性は、把握していない――!


「カサンドラ、ハンス、今すぐ二十六号から離れてください!」


「お、奥様!? 一体……!」


「《解析》」


 魔術式を描くと共に、アミルの目に魔力の流れが映る。

 一体どんな誤作動を起こせば、二十六号が勝手に動くことなどあるのか――。


「え……?」


 しかし、その魔力の流れは、壁の向こうから。

 二十六号の内部では何の誤作動も起こっておらず、正常に作動している。

 つまり――外部の何者かが、何重にもかけられたダミーを潜り抜けて、二十六号の右腕を動かしたということ。


「……」


 右腕を天高く突き上げて、左足が後方へとずれてゆく。そして腰を落とし、右の膝の部分を曲げて、左腕は弓を引くように後ろに回され。

 まるで今にも出撃しようかというポーズをしてから、二十六号の動きが止まった。


「あ、あの、奥様、一体……?」


「ええ……」


 一瞬でゴーレムの構造を解析し。

 その上で、外部から勝手に動かした。

 そんなことができる人物など、アミルは一人しか知らない。


「……いたずらはやめてください、ラビ先生」


「お、ばれたか」


 壁の向こう――二十六号に魔力を送っていたそこから。

 そう、聞き慣れた声が聞こえた。

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