第44話 早朝
翌日。
酒を飲んで朝帰りをしてきたレオンハルトは、しばらく「早く動かしたいんですよぉ!!」とワガママを言ってはいたものの、やはり疲れがあったのか暫く横になっていたら、そのまま眠った。
そしてそのまま起きることなく、夕食もアミル一人の席で食べ、そして一晩を経て。
朝一番から、アミルの部屋へと襲来があった。
「おはようございます、アミル!」
「……ええ、おはようございます、レオンハルト様」
「さぁ、朝になりましたよ! 早く二十六号を動かしましょう」
「人によって何時から朝になるかは、その基準が異なると思いますが」
アミルは寝間着のまま、僅かに寝台から体を起こし。
まだ暗くなっている外を見やると共に、枕元に置いてあった時計を見て。
「四時というのは、まだ夜中だとわたしの中では判断するのですが」
「いやぁ、早く寝てしまったので、早く目が覚めてしまいまして」
午前四時である。
人によってはこの時間から朝だと判断する者もいるかもしれないが、アミルの感覚としては夜中だ。少なくとも、朝日すら昇っていない状態を朝とは呼ばない気がする。
うんざりしながら額に手をやり、まだ働いてくれない頭をどうにか回転させる。
まぁ、こうなる未来も少しは想像できたけれど――。
「さぁアミル、早く準備をしてください」
「……二十六号の起動実験は、まだ行えません」
「えぇっ!?」
「少なくとも、夜の間に実験を行うわけにはいきませんから。手元が見えにくいだけでも、何らかの事故に繋がる可能性があります。ですのでわたしは、本日の朝食を終えてから起動実験の方を行う予定でした」
「そんなに待たなければいけないのですか!?」
「お屋敷の安全のためです」
びしっと、アミルはレオンハルトにそう告げる。
別段、レオンハルトを信頼していないというわけではない。だけれど、事故の起きる可能性というのはゼロではないのだ。そして、それは『手元が暗い』という条件だけでも起こりえる。
こちらにだって、実験を行う都合というのがあるのだ。
「そんなぁ……」
しかし暗い室内で、思い切りそう項垂れるレオンハルト。
余程楽しみにしていたということは、伝わってくるけれど――。
「……はぁ。わたしも目が覚めてしまいました」
「でしたら今から」
「無理です。少なくとも、日が昇るまでお待ちください」
レオンハルトを追い出して、早々に二度寝をしようと思っていた。
しかし思った以上に強情なレオンハルトに、アミルの眠気もどこかに飛んでしまった。昨夜は一時まで作業をしていたから、三時間くらいしか寝ていない。日中、どこかで仮眠でも入れるべきか。
それはともかく。
「では丁度レオンハルト様もいることですし、別の作業を手伝ってもらってもいいですか?」
「……別の作業ですか?」
「ええ。昨夜、音声認識のゴーレムに関して実験を行っていましたので」
「ああ、ロボですか!」
「多分そうです」
アミルは淀みなく、そう肯定する。
ここで「それは何ですか?」とでも問えば、アミルにはさっぱり分からない何かを物凄くキラキラした目で説明されると考えたからだ。レオンハルトにゴーレムのことを聞く場合、「誰もそこまで聞いてない」状態となる可能性が非常に高いのである。
だから、必要最低限の返答だけしておく。
「ひとまず、工房の方にどうぞ」
「入ってもいいんですか?」
「ええ。わたしが許可したときは構いませんが、それ以外は立ち入り禁止です」
「……一応僕、家主なのですが」
「わたしに提供してくださっていると伺っております」
アミルは立ち上がり、寝間着のままで工房へと案内する。
本来ここは、アミルの許可がなければ誰も入ることができない場所だ。そして、それは家主であるレオンハルトも同じである。
結婚の申し込みをされたときに、「三つの部屋を提供します」という言葉を得ている。その上で、アミル以外の立ち入りを禁じているのだ。そこには当然、家主であるレオンハルトも含まれている。
「どうぞ」
工房の扉を開き、レオンハルトが入る。
ここにレオンハルトが入るのは、一年弱ぶりになるだろうか。それこそ初日、アミルにこの工房を案内してくれた日以来である。
あのときは新品同様だった工房も、現在は使い込んでいる場所だ。
「……もしかしてこれ、試作品ですか?」
「ええ。昨夜に作ったばかりのものですけど」
「……何の装飾もされていないんですね」
工房の机に置いてあった、人型をしているだけの人形。
頭と四肢は存在するけれど、それ以外には何の細工もされていない人形だ。しかし材質は泥でできており、本来ならば液体に近い泥を《固着》の魔術式で固めているだけである。そのため、石材や鋼材で作る場合と比べて、ある程度の可動性を持つのが特徴だ。
加えて、その頭部にはアミルの作成した、魔法石が組み込まれている。
「あくまでこれは、音声認識ができるかどうかの実験素体ですから」
「そうなんですか?」
「ええ。先日、クレーンを見せたと思いますが……あれなんかは、非常に単純な命令で動いてくれるんです」
「ええ」
「ですが、人型となればそうはいきません」
二十六号を作るのに使ったクレーンは、アミルの指示で動いてくれるものだった。
上へ、下へ、右へ、左へ、おーらい、すとっぷ――基本的には、この六つの命令をアミルが告げるだけで動いてくれた。音声認識の機構は初めて作ったけれど、悪くない出来だったと言っていいだろう。
しかし、これで動かすのが人型となれば、さすがに調整が難しい。
それこそ人形が動くにあたって、音声だけで動かすというのは不可能に近いのだ。何せ一歩前に進むだけでも、「右足を持ち上げ、全体の重心を少しだけ前にやり、前方に右足を下ろせ」と命じなければならない。
「ふむ……確かに、難しそうではありますね」
「ええ。ですので、コマンド入力という形にしようと思います」
「……ハドーケンですか?」
「わたしは時々、レオンハルト様が何を仰っているのか分からないことがあります」
アミルは頭を抱えながら、その機構について説明する。
「例えば、『前進』という言葉の指示に対して、こちら側で『右足を持ち上げ、全体の重心を少しだけ前にやり、前方に右足を下ろす。その後左足を持ち上げ、全体の重心を少しだけ前にやり、前方に左足を下ろす。これを繰り返せ』という命令に変換するようにします」
「ほほう!」
「ただしこれは、難点もあります。『前進』という指示でその行動を行う場合、レオンハルト様が不用意に『前進』と口走ってしまうと、そのまま動いてしまいます。例えば少し離れた位置で、馬の体を洗うことを相談などされた場合、『全身を洗ってくれ』と命じたらそのままゴーレムも動いてしまうんです」
「むむ……」
これは音声認識の難点と言うべきものだが、不用意な言葉で動いてしまう可能性があるのだ。
そうならないために、レオンハルトにはコマンドの言語を色々考えてもらう必要がある。
そのために、この部屋へ来てもらったわけだが――。
「なるほど、ニンジャと叫ぶとエンジンが掛かってしまうような感じですね」
「わたしは割と、レオンハルト様が何を仰っているのか分からないことがあります」
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