第45話 試運転

 時々、レオンハルトのことを馬鹿ではないかと思ってしまう。


 アミルはそんな失礼なことを考えながら、ようやく日が昇ったと嬉しそうに庭へ向かい、そこでキラキラした目で完成したばかりの二十六号を見つめるレオンハルトを見ていた。

 ここに至るまで、試作品は幾つも渡してきた。

 その試作品全て、この二十六号と全く同じデザインであるし、全く同じ構造だ。ただ、その大きさが違うというだけである。

 だというのに何故、これほどまでに興奮できるのだろうか。


「おぉぉぉ、すごい! 大きい! こう見ると、まだまだ完成形には遠いというのに壮観ですね!」


「……ええ、そうですね」


「この足の部分のディティール、素晴らしいですね! この足元のアンバランスさが、これもまた魅力というか……」


「……ええ、そうですね」


「それに何よりこの表情! まさしく僕の理想通りの仕上がりですよ! ちゃんと目元までしっかり再現してくれていて、もう感無量です!」


「……ええ、そうですね」


 やたらはしゃいでいるレオンハルトに対して、アミルは定型文を返すだけである。

 何せアミルからすれば、この二十六号を初めとした、リモコン操作ゴーレム――レオンハルト曰く『テツジン』は、正直見飽きたと言っていい。これから二十七号を作っていかなければならないのだけれど、正直飽きてしまったから、他のゴーレムの作成に移りたいくらいである。

 そもそも物作りというのは、次の展開があるからこそ楽しいものだ。

 既に何体もの試作を重ね、こうして巨大化しても可動性が問題ないと分かり、その上でさらに巨大化させていくだけというのは、やたら時間がかかる作業に過ぎないのだ。

 だからレオンハルトの感動も、アミルにはさっぱり理解できない。


「とても素晴らしいですよ、アミル。ああ、この二十六号はどこに置きましょうか!」


「解体しますが」


「いいえ、これは解体する必要などありません! これでもう完成形だと言っていいでしょう!」


「これで完成だと仰るのでしたら、二十七号は作りませんが」


「それは困ります!」


 どうせいと。

 アミルはそう考えながら、頭を抱える他になかった。

 うん、まぁ、なんとなくレオンハルトなら二十六号をそのままにしておくような気はした。そもそも、ここに至るまで試作品を幾つも奪われているわけだから、そのあたり多少の覚悟はしていたアミルである。

 ただ、二十六号を解体しなければ作業するスペースがないというのが、目下の悩みであるのだが――。


「ひとまず、そうですね。玄関の前に置きましょう」


「お客様を全力で追い返す仕様ですね」


「用事があって我が家にやってくるならば、その程度で帰りませんよ。玄関の前にモニュメントがあるだけで帰るような輩は、そもそも来る必要がありません」


「……まぁ、それはそうですね」


 貴族家の玄関に、これほど大きいゴーレムが飾られているのはどうかと思うけれど。

 まぁ、そのあたりのセンスは問うまい。


「でしたら、起動実験をどうぞ」


「動かしてもいいんですか!?」


「できれば早めに終わらせてください。わたしは早く朝ご飯を食べたいんです」


 ちなみに現在、六時である。当然、朝だ。

 しばらく工房の方で音声認識について説明していたが、日が昇ると共に「さぁ行きましょう!」と裏庭の方に引っ張り出されたのである。

 せめて明るくなってから、とは言ったけれど、まさか朝食前に起動実験をするとは思わなかった。


「どうぞ、こちらがリモコンです」


「おぉ……!」


 レオンハルトに、アミルは箱を手渡す。

 設計図通り、二本のレバーと二つのボタンがついただけの、極めてシンプルな作りだ。このリモコンを作るのにも、割と苦労した。

 ごくり、とレオンハルトが息を呑んで、リモコンと二十六号を交互に見つめて。


「さぁ……」


 ゆっくりと、レバーを前方に倒す。

 それと共に、巨大な二十六号の足が動き、前方に一歩進んだ。

 レオンハルトがおぉぉぉぉぉ、と声にならない声を漏らす。


「アミル! 見て下さい!」


「ええ、見ています」


「動きましたよ!」


「動くように作りましたからね」


「すごい!」


 語彙が失われている。

 ゴーレムを前にしたレオンハルトは、馬鹿というより少年に戻っている感じだろうか。確かに、男の子はゴーレムとか好きだったりするけれども。

 ふぁぁ、と欠伸を噛み殺しながら、アミルは起動実験を見続ける。


「おぉぉ、こうして、こうすれば……ああ、腕が動いた!」


「動くように作りましたからね」


「なるほど、押し込むと右腕が、引くと左腕が上がるんですね! これは両腕を一度に上げることは」


「できません」


 仕様上、右手側のレバーは腕の上下運動に使っている。

 前に押し込むと右腕が上がり、手前に引くと左腕が上がる仕様だ。そんな仕様であるため、両腕を一度に上げるという動きはできない。

 何せレバーが二つにボタンが二つという、極めてシンプルなリモコンなのだ。そのあたりの不自由は仕方ない。


「わぁ、すごい……! 二十八号が歩いてる……!」


「二十六号です」


 勝手に試作回数を増やさないでもらいたい。

 これでもアミルは一応、レオンハルトに言われた通り「二十八体目で完成させてください」というオーダーを忠実に守っているのだ。

 しかし、眠い。

 ただでさえ寝不足のところを叩き起こされたせいで、ひどく眠い。

 だけれど、この場を離れるわけにはいかない。


「むぅ……しかしこうなると、少し寂しい感じもしますね」


「何がですか」


「こう、ボタンを押すと腕が飛んでいくような仕様とか」


「……そんな発注はなかったと思いますが」


「こう、敵に当てると貫くような勢いで」


「何と戦うつもりなんですか」


 以前から少し思っていたことだけれど、レオンハルトはこんなゴーレムを作って何と戦うつもりなのだろうか。

 何せ、音声認識のゴーレムも「パンチだ」と叫ぶとパンチを出すような仕様だと行っていたし、明らかに戦闘用だと思える。しかし現状、十メートルを超えるようなゴーレムで戦う相手などいないだろう。

 まぁ、いざというときの戦力になるかもしれないけれど――。


「さぁ、それでは屋敷の外に出しましょう! 町の皆に自慢しましょう!」


「レオンハルト様」


「はい!」


「公道での許可のないゴーレム操作は違法になりますよ」


「そうなんですか!?」


 そこで、再び頭を抱えて。

 眠いけれど、離れなくて良かった――そう、安堵する。


 だけど、なんとなく。

 明日あたり、「許可とってきましたよ!」とか言い出しそうな気はした。

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