第43話 困った旦那様

「んっ……」


 カーテンを開き、朝の光を浴びる。

 昨夜は結局、レオンハルトは帰ってくることなく、夕食はアミル一人の席となった。

 レオンハルトが夜にいなかったのは、以前に出張に向かった際に義父レイモンドがやってきたとき以来である。しかし、あの日は諸々の事情があり工房の方に食事を持ってきてもらっていたため、食堂で一人で食べるというのは初めてだった。

 正直、メイドの一人や二人くらい食事に同席してくれないものだろうか、と真剣に思ったほどである。


「おはようございます、奥様」


「ええ」


 そして今日のメイド――カサンドラが、いつも通りに頭を下げる。

 今日でカサンドラは四日目であるため、明日から二日間はカロリーネが担当だ。まぁ、別にアミルが覚えておらずとも、彼女らが勝手にシフト管理をしてくれているから、覚えておく必要はないのだけれど。

 しかし朝一番だというのに、カサンドラが随分沈痛そうな面持ちをしていた。


「その……奥様。お耳に入れたいことが」


「……? どうかしましたか?」


「はい……その、昨夜、旦那様はお帰りになられず」


「おや……」


 ふむ、と首を傾げる。

 あれほど二十六号の完成を楽しみにしていたレオンハルトだというのに、一体どうしたのだろうか。

 何かトラブルにでも巻き込まれていなければいいのだけれど――。


「……まだ、お戻りになられておりません」


「それは……大丈夫なのですか?」


「旦那様には常に腕利きの護衛が五人は控えておりますので、悪意ある者に襲われたということは、まずないと思います」


「……そうなんですか」


 腕利きの護衛、五人も控えてるんだ。

 でも確かに、レオンハルトはエルスタット侯爵家現当主という立場だ。それに加えて、様々な発明品を売り出している天才でもある。それこそ、人生を何度やり直しても遊んで暮らせるだろう金持ちなのだ。

 その金を狙った輩に狙われた場合を考えると、常に護衛が目を光らせていなければならないのかもしれない。


「ですが、家宰のライオネルにも連絡が入っていない状態ですので……正直、いつお戻りになるか分かりません」


「むぅ……それは困りますね」


「ええ。奥様としましても……」


「早く二十六号を解体したいのですけど」


 アミルは唇を尖らせる。

 二十六号は、あくまで試作品だ。そして試作品である以上、その運動性能さえ確認すれば解体し、次の二十七号を作るための素材となる。

 そんな二十六号をまだ解体していないのは、レオンハルトがきらきらした目で「完成したら、見せてくださいね!」と言ってきたからだ。そのため、アミルからすれば早くレオンハルトに満足してもらって、早々に解体したいのが本音である。


「……いえ、奥様が心配なさっていないのでしたら、別に良いのですが」


「まぁ、お戻りになられていないようなら、別のゴーレムを研究することにしましょう。二体目もまだ、試作すらできていませんし」


「……承知いたしました。でしたら、本日はお籠もりの日ですね」


「そういうことです」


 聞き分けのいいカサンドラに、アミルは微笑む。

 ここのところ連日、屋外での作業ばかりだった。何せ、二十六号が大きいから。

 一応、アミルの自由に使っていいと言われている広間はあるのだけれど、さすがに高さ三メートルにもなる巨人を作るとなれば、外に出せない。出そうと思えば、またパーツごとに分解して運び出す必要がある。

 だからまぁ、久しぶりに工房に入れることは嬉しいのだが。


「……」


 しかし、まぁ。

 アミルも一応、人の子である。それなりに情緒というものは存在している。

 その上で、昨日「早めに帰ってきますね!」と行って出たレオンハルトが、まだ帰っていない――それを心配しないほど、冷たいわけではない。

 カサンドラ曰く、腕利きの護衛がついているらしいから、そこまで心配する必要はないのかもしれないけれど――。


「……おや?」


 すると。

 何故か部屋の外の廊下――そこで、どたん、ばたん、と何かにぶつかるような音、そして激しい足音が聞こえてきた。

 そんな風に、激しくやってくる誰かに心当たりなど――。


「アミル! 今帰りましたよ!」


「……ああ、はい」


 ノックもなく扉が開いて、そこにいたのは。

 当然ながら、レオンハルトだった。


「今、見てきましたよ! 素晴らしい出来ではありませんか! まさしくあれこそ、僕の求めていた鉄人! 二十六号というのが非常に惜しいですが、もうあれで完成といってもいい!!」


「……」


「あれを動かすことができるんですよね!? ああ、もう、今後関係を築いていかなきゃいけない商会が相手だったからって、酒の席なんて百害あって一利ありませんよ! ずっと帰りたいと思いながら自慢話に付き合ってきたんですから!」


「……道理で、酒臭いと」


「リモコンは、ちゃんと指定通りに作っているんですよね!? 大きさは!? 僕がちゃんと操れそうですか!? ああ、今から楽しみで楽しみで! とりあえず、庭で試運転という形ですよね!?」


「……」


 ああ、妙にテンションが高い理由は酒か。

 そうアミルは納得すると共に、辟易して溜息を吐く。

 一応、二十六号についてはレオンハルトに操縦してもらう予定だった。実際にリモコンで操作してみて、操作性について意見を貰おうと思ってはいた。

 だが、それも後回しにする必要があるだろう。


「まず、レオンハルト様」


「ええ、アミル!」


「寝てください」


「何故!?」


「当然でしょう」


 酒を飲むというのは、それだけ判断力が鈍るということだ。

 そして気が大きくなり、多少のことはどうでもいいと考えてしまう。

 そんな相手に、ちょっと操作を誤れば屋敷を破壊しそうなゴーレムを、操縦させるわけにはいかない。


「ゴーレムの飲酒運転は禁止です」


 そう冷たく告げて。

 二十六号の解体は明日になりそうだな、と小さくアミルは溜息を吐いた。

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