第41話 現場作業員アミル
春の訪れと共に、アミルはゴーレム作業を再開することにした。
自分が太ったとかダイエットしなきゃとか食事減らさなきゃとか色々問題はあるけれど、とりあえず全部後回しにして、やるべきはゴーレム作りだ。
そもそもアミルは、妻というよりはゴーレム技術を買われて住み込みで雇われているようなものである。そんなアミルが体型を気にしていても仕方ないのではなかろうかと、半ば諦めの気持ちだった。
ただ、屋外での作業ではなるべく歩き、荷物を抱えて運ぶようにした――その程度の心境の変化はあったけれど。
「右に。おーらい。おーらい。はい、すとっぷ」
アミルは屋敷の屋根に取り付けてあるクレーンへと、そう呼びかける。
ちなみに、当然ながらそのクレーンは無人だ。誰かが操作をしているというわけではないし、そうアミルが呼びかけても当然返事はない。
だというのにアミルが呼びかけている理由は、このクレーンも一つの試作品であるからだ。
それは、レオンハルトの求める二つ目のゴーレム――音声認識である。
最初からレオンハルトの協力を求めるとなると、彼の拘束時間が長くなってしまう。それこそ、幾つもの音声パターンを取った上で何度も試行しなければならないため、まずアミルの声から始めてみることにしたのだ。
現状、「おーらい」は『現状維持』、「すとっぷ」は『停止』、「前に」「上に」「右に
」など方向の指示だけで動かすようにしている。だけれど正直、魔術式を遠隔操作した方がだいぶ早いな、というのが本音だ。
「下に。おーらい。おーらい。おーらい」
ゆっくりと、クレーンが下がってゆく。
そのクレーンが繋がっているのは、鉄製の足――その脛部分だ。既に足の下部から足首に至るまでの鉄の塊は設置しており、そこに《固着》の魔術式は刻んでいる。さらに球体を穴に取り付けて《潤滑》の魔術式を刻み、可動することができる状態だ。
正直、試作品として製作する3メートルのものでさえ、部品の一つ一つがおそろしく重い。それこそ、ゴーレムがなければ絶対に運ぶことができないと思えるほど。
「工事現場だ……」
「……あ、レオンハルト様? すとっぷ」
「あ、ああ、すみませんアミル。少し時間が空いたので、様子を見に来たのですが」
「申し訳ありませんけど、こちらに近付く際には兜を被ってください。万が一、クレーンから何かが落ちてきてもいけませんので」
「……完全にヘルメットだ」
「はい?」
近くに居たメイド――今日はカロリーネが、レオンハルトへと真鍮製の兜を手渡す。この兜は、二重構造の中に綿を入れて作っているため、衝撃に強いのだ。ちなみに、こちらも当然ながらアミル作である。
ちなみに勿論、カロリーネも同じ兜を被っている状態だ。メイド服に兜というのは非常に似合わないという、とても必要のない知識を得た。
「へぇ……これが、足の部分ですか?」
「そうです。今、脛にあたる部分を下ろしているところです。今、あそこに吊り下げているものなのですが」
「うん、うんうん。理想通りの足ですね!」
「では、わたしは作業の方に戻ります」
「ええ。邪魔をしないように見ていますね」
ちゃんと、アミル作の兜を被ったレオンハルトが、やや遠巻きに見ている。
ちなみに、イケメンは兜を被ってもイケメンだということも分かった。レオンハルトに似合わないものが、今のところ見つかっていない。
「おーらい。おーらい。すとっぷ。右……右……」
「……完全に現場の人だ」
「はいすとっぷ。下に……すとっぷ」
クレーンはアミルの言葉に合わせて止まり、じわじわと右に動いて、再び下へと動く。
そしてずしんっ、という音と共に、事前に足の方にも開けてある円形の穴――そこにきっちりと球体が嵌まった。
しかしここは、少し注意しなければならない。足の側にも《潤滑》の魔術式を刻んでいるため、このまま下ろした場合は関節球との摩擦が生じず、そのまま倒れてしまうのだ。そのため、倒れないようにクレーンで保持したまま、アミルはその部分へと《固着》の魔術式を刻む。
そして、動かないことを確認してから、足を支えていたフックを外した。
フックの部分を支えていた、足から僅かに生えた突起部分を、懐から取り出した
「……何故、アミルは玉掛けができるんですか?」
「玉掛け?」
「ええと……クレーンで物を運ぶときの行動です。フックを引っかけたり」
「それは……まぁ、ゴーレム作りにおいては、基本ですけど」
レオンハルトの疑問に、アミルは首を傾げることしかできない。
確かに、クレーンの操作などはラビに教わった。そのときに、下手に均衡をとらずにやってしまうと、大きな事故に繋がるから気をつけるようにと言われたことを覚えている。
だが基本的にゴーレム師は全員、クレーンの扱いなど心得ているはずだ。
「なるほど……基本なんですね……」
「今回は、フックがあるので楽ですよ。普段はフックを取り付ける金具を付けられないので、基本的にロープで結んでから持ち上げる形になりますから」
「……さらに上の技能も持っていらっしゃるんですね」
「わたしもあまり得意ではないのですが、三代ゴーレム師のジェームズ・モヤイ氏が弟子に教えて広まった、モヤイ結びという方法が一般的ですね」
「何でそこ……微妙な共通点があるんだろう……」
何故か、レオンハルトが頭を抱えていた。
見てみたいのだろうか、とアミルは思って、近くにあったロープを手に取る。
「やり方は、こう……ロープを二重にしてから、8の字を描くように」
「もやい結びかと思いきや二重8の字結びだったんですか!?」
「いえ、モヤイ結びですけど」
意味の分からない、レオンハルトのそんな言葉に。
アミルはただ、首を傾げることしかできなかった。
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