第40話 ダイエット

「ダイエット方法ですか?」


「はい」


 夕食の席。

 いつも通りにレオンハルトと共にする夕食の場で、とりあえずもう尋ねてみた。

 色々と新しい技術などを開発しているレオンハルトだし、アミルの知らない何かのダイエット法を知っているのではないかと。

 しかし、そんなアミルの質問に対して、レオンハルトは眉を寄せた。


「……そんなに、気にすることはないんじゃないですか?」


「いえ、気にするのです」


「別にそれほど、変わったようには思えませんが」


「変わったように思えた頃には、もう手遅れです」


 正直、そんな答えが返ってくるだろうとは思えた。

 だけれど実際、自分で「太った」と感じるラインと、他者から見て「太った」と感じるラインは大きく違う。前者はまだ取り返しがつくラインであり、後者はもう取り返しがつかない。

 そんなアミルの言葉に、レオンハルトは首を傾げて。


「まぁ、少しくらいふっくらしていた方が、女性は可愛らしいのではないですか?」


「そのふっくら肉のつく位置は、選ぶことができないのですよ」


「はぁ……?」


「わたしも、肉のつく部分を選ぶことができるならば、どれほど嬉しいか……」


 アミルの表情に、影が差す。

 明らかに肉のついている部位は、腹回りなのだ。そして現在、レオンハルトには分からないようになっているのも、鬱血するほど巻いているコルセットのためである。

 ちなみにこのコルセットを巻いたのはカサンドラであり、カサンドラ曰く「とりあえずお腹をきつく締めておけば、食欲が抑えられるのではありませんか?」とのことだ。ちなみにそんなカサンドラが、アミルにコルセットを巻く折に「ああ、確かに……」と呟いていたため、ちゃんとその部位を見れば太ったかどうか一目瞭然ということだ。


「とにかく、わたしは痩せたいと思っています。どうか、知恵を貸してください」


「知恵と言われましても……やはり、食事制限と適度な運動では?」


「わたしはそのように、つまらない回答は求めておりません」


「つまらない……と言われても」


 食事制限と適度な運動。

 それがダイエットに効果があることは、アミルだって知っている。当然、それを続ければ痩せることは間違いない。

 だが問題は、それが続かないということだ。継続は力なりと言うように、食事制限も適度な運動も、続けなければ意味がない。つまり現在の生活習慣を、完全に見直す必要があるのだ。

 一日中工房に引き籠もり、時間を忘れてしまうアミルに、そんな真似ができるはずもない。


 あと、何より。

 楽して痩せたい。


「なるほど。では、エステでも行きますか?」


「エステ?」


「まぁ、分かりやすく言うと全身のマッサージです。筋肉というのは、内部からの刺激でも外部からの刺激でも、とにかく動けば燃焼します。僕も詳しく知っているわけではありませんが、全身を念入りに刺激してもらうタイプのものは、ダイエット効果もあるそうですよ」


「それは……お高いのでは?」


「値段なんて気にしなくていいですよ。何なら、店ごと買えます」


「……」


「アミル専属のエステ師でも、雇い入れましょうか?」


 なんと頼りになる旦那様だろう。

 ではなく。

 確かに、自分がただマッサージを受けるだけで痩せることができるというのは、魅力的である。そしてお値段も気にしなくていいというならば、それこそ屋敷に呼んでもらえばいいだろう。それこそレオンハルトの言うように、専属のエステ師を雇うのもいいかもしれない。

 だけれど、どこか納得できない自分がいるのも分かる。

 そのように、旦那の金を湯水のように使ってまで、体型を保たなければならないものだろうかと。

 レオンハルトがアミルの見た目に惚れたのならばまだしも、レオンハルトがアミルに求めているのはゴーレム技術だけだ。そんな状態で、自分の体型維持のために金を使うというのはなんとなく違う気がする。


「その……他にはありますか?」


「他には……そうですね。断食ダイエットとか聞いたことがありますけど」


「断食ダイエット?」


「ええ。一時的にまず食事を絶つんです。僕の聞いた話では、七日のうち一日を、水だけで過ごす生活にするのだとか」


「……一日を、水だけですか? その日以外は、どうするんですか?」


「普通に食事をするらしいですよ」


「ふむ……」


 むぅ、とアミルは眉を寄せる。

 七日に一日だけ、何も食べない――その間だけ空腹を我慢すれば、その日以外は好きに食べることができる。

 確かにその方法なら、アミルにも出来るかもしれない。それこそ、七日に一度だけ、工房から一切出なければいいだけの話だ。


「ただ、この方法をやると、食事量がかなり減るらしいです。本来必要のない食事を、必要としなくなる体に肉体改造をするような形らしいですよ」


「肉体改造、ですか……」


「まぁ僕としては、七日に一度夕食を一緒に過ごせないのは寂しいですけどね」


「……」


 なんとなく、そう言われると申し訳なくなってきた。

 現状、アミルとレオンハルトの間にある夫婦らしい行動は、この夕食だけだ。それすら削るというのは、妻としてさすがに不出来ではあるまいか。

 だけれど、とりあえず良さそうな方法ではあるため、候補の一つには置いておく。


「あとは……これも肉体改造系ではありますけど、糖質制限とか」


「糖質制限?」


「ええ。食事の種類を変えるんですよ。糖分を控えて、その代わりに蛋白質を多く摂取する形ですね。この方法の場合は、食事量を減らす必要がありませんよ」


「食事量を減らさずに痩せることができるのですか!?」


「ええ」


 思わず、アミルは目を見開く。

 そんな方法、生まれて初めて聞いた。ダイエットとは食事を減らさなければならず、その上で、食事を減らすことを永続的に続けていかなければならないとばかり。

 それが本当ならば、どれほど素晴らしい方法なのだろう。


「パンやパスタ、シリアルを食べるのを控える代わりに、野菜や魚、肉を摂取する形ですね。そうすれば体を動かす際に使われる栄養素が変わるので、痩せる効果が高いと聞きますよ」


「なんと……!」


 パンやパスタを、野菜や魚に切り替える――それは、可能だ。

 食事内容についても、侯爵家の料理人に伝えれば、そのあたりも配慮してくれるだろう。


「ただ、難点がありまして」


「ええ」


「甘い物は一切食べられないんですね」


「無理ですね」


 レオンハルトの言葉に。

 アミルはあっさり、そう白旗を揚げた。

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