第35話 試作品完成

「ふー」


 今日も今日とて、アミルは引き籠もっていた。

 先日、昼過ぎから夕方まで息子の自慢話を聞き続けるという謎の拷問を受けてから、カサンドラを説得して「大旦那様がお帰りになられるまで、工房の方に食事をお持ちします」という確約を取り付けた。

 大旦那こと義父のレイモンドに対しては、家宰のライオネルから「奥様は研究がお忙しいとのことです」と報告してもらうようにしている。まぁ、実際に研究が忙しいのは事実であるし。

 押しの強いレイモンドだから、工房にまで入ってくるのではないかと危惧していたけれど、それはライオネルの方からしっかり説明されていたらしい。絶対にアミルの工房には入るなとレオンハルトから厳命されている、と。


「よしよし……」


 そんなわけで、今日のアミルは工房で朝を迎えた。

 もっとも、工房の中は暗いため、本当に朝であるかは分からない。一応時刻は六時を指してこそいるけれど、これが午前なのか午後なのかは誰にも分からないのだ。

 まぁ、多分朝だと思う――そう思いながら、アミルは目の前の試作ゴーレムの最終調整に移ることにした。


 都合、二十二体目。

 ようやくアミルとしても、満足のいくものが完成した。

 まず、極限まで薄く仕上げた胴体。そして、内部に鉛を入れ込むことで、重量を上げた下肢。さらに、可動性を増すために随所の関節を真球で動くようにしているが、そこに軽度の摩擦をかけることで動いた後の保持ができるように工夫した。

 あとはこれに、実際に動かせるようにするための魔術式を書き込むだけである。


「……」


 ゴーレムを動かす魔術式というのは、言ってみれば全体の統制を行う器官を作ることと同じだ。

 命令に対してどのように体の各部を動かすか――その調整になる。そして今回は自律起動ゴーレムではなく、任意操作ゴーレムだ。そのため、どのような操作に対しても意図せぬ行動をしないように、あらゆる行動に対する実験が必要になる。

 そんな試作ゴーレムの隣に置いてあるのが、レオンハルトから渡された紙に書かれていたリモコン――試作ゴーレムを操作するための箱だ。

 レバーが二つに、ボタンが二つ。

 この四つをどう配置するかは、非常に迷った。何せ、渡された紙に書かれていたリモコンの構造は、どちらのレバーも前後にしか動かない仕様だったのだ。


「せめて、普通のリモコンだったら良かったのですけどねぇ……」


 アミルはそう、何度考えたか分からない愚痴を吐き出す。

 片方が前後、片方が左右という形で動かすことができる仕様であるならば、片方のレバーで前進と後退、もう片方のレバーで方向転換を行えば良かった。そうすれば操作している状態においても、スムーズに操作することが可能だろう。

 だけれど、この仕様は両方とも前後にしか動かない。つまり、片方のレバーを左右の方向転換にしてしまうと、両方を前方に動かすことで「右方向に前進」という命令が加えられる。つまり、左右の動きをそのまま前後で行わなければならないということだ。

 これは、非常に面倒くさい。

 実際にアミルもその仕様でやってみようと思ったのだが、やっているうちにどちらが右でどちらが左なのか分からなくなってしまうのだ。


「まぁ、これなら操作は問題ありません」


 そこで、アミルはレバーを一つ、ほぼ使わない仕様にした。

 まず右手側のレバーが、前進と後退を行うためのレバーである。

 そして左右の方向転換を行うのが、箱に取り付けられている二つのボタンだ。右側を長押しすることで、右に方向転換する。左側を長押しすることで、左に方向転換する。この仕様にするだけで、その操作性は格段に向上した。

 ちなみに左手側のレバーは、ゴーレムの腕の動きと連動させている。上方向に押し込むと右腕が上がり、下方向に押し込むと左腕が上がる仕様だ。その仕様上、両腕を一度に上げることができないというのがこのゴーレムの難点である。

 さて、あとは根幹部となる魔術式を刻み込むだけなのだが――。


「……」


 ふーっ、と大きく気合いを入れるために、深呼吸をする。

 根幹部の魔術式は、それほど難しいものではない。だが、根幹部の魔術式を刻み込むのは、全ての工程における最後――そう、アミルは勝手に決めているのだ。

 勿論それは下手に魔術式を刻み込み、他の魔術式と並行に動いてしまっての事故を防ぐという意味合いもあるのだが、アミルにとっては別の意味だ。この魔術式を刻むことで、このゴーレムは完成する――そのタイミングでしか、決して魔術式を刻まない。

 つまり、自分が満足する出来のものにしか、行わない――そう、決めているのだ。


「……」


 意を決して、魔術式を刻む。

 それと共にゴーレム全体に魔力が宿り、その魔力が絆となってリモコンと繋がる。リモコンの命令が微弱な魔力波によって魔術式を起動させ、僅かに試作ゴーレムが動く。しかし、それはあくまでリモコンの状態に合わせて、試作ゴーレムが体勢を整えただけだ。

 準備が整ったところで、アミルはリモコンを手に取り、右手側のレバーを僅かに前に押し出す。

 それと共に、ずしんっ、と音を立てて試作ゴーレムが一歩進んだ。


「ははっ……!」


 ゆっくり前進させることでの、姿勢制御はできている。

 では次に、強く押し込んだらどうなるか――アミルは、ここに遊び心を加えた。

 強く押し込むと共に、ごうっ、と何故かゴーレムの背中にある二つの筒――その下の部分から、炎が噴き出す。それと共に、跳躍するように一歩踏み込んだゴーレムが、ずしんっ、と激しい足音を立てた。

 これが、アミルの加えた仕様書にない遊び心。

 その名も、背中ブースターである。


「うん、上手くいきましたね」


 ちなみに炎を噴き出してはいるけれど、これは《幻術》の魔術式であって、本物の炎というわけではない。ただ、それっぽい何かを幻として見せているだけである。


 さぁ。

 今日の夜にはレオンハルトが帰ってくる予定だし、この完成した試作品を見せるとしよう――。











 ちなみに。

 その日の夕食時にレオンハルトに見せたところ、心より気に入られ。


「この試作品は僕が貰います!」


 アミルは折角完成した、これを見本として巨大化していくための試作ゴーレムを。

 また、レオンハルトに奪われることになった。

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