第34話 やっぱり義父も変な人
さーっ、と血の気が引く。
アミルは、エルスタット侯爵家に嫁入りをする女だ。現状はまだ結婚している段階ではないといえ、婚約段階にはある。それは間違いない。
だというのに、そんな嫁入りをする家の事情すら全く知らない。
そんな女を、父親がどう思うか――そんなことは、分かりきっていることだ。
「そ、その、も、申し訳ありません……」
アミルは、レオンハルトの望みに応えて、こうして婚約を結ぶことになった。
だけれど貴族家の婚約なんて、状況に応じてあっさり反故にされることだって多々ある。例えば、現当主が逆らうことのできない前当主に反対された場合など、そんな事例は枚挙に暇がないのだ。
だから、こうして義父――レイモンドの機嫌を損ねてしまったアミルは。
今この場で、出て行けと言われてもおかしくない――。
「うん? ああ、もしかして気まずいことを聞いてしまったと思っているのかい?」
「……へ?」
「まぁ、別に問題はないよ。ただ、レオが伝えていなかっただけだろう? そのようなことで怒るほど、私は狭量な人間ではないよ」
「……」
だけれど、レイモンドの反応は極めて好意的だった。
確かに、家庭の事情とかをレオンハルトから聞いた覚えはないけれど、同時にアミルの方からも積極的に聞こうとしなかったのだ。というか、婚約をしたわけだからせめて両親への挨拶とかそういう話を詰めておくべきだというのに、そんなこと全力で放り投げてゴーレムの話しかしていなかった。
そのあたりは確かに、レオンハルトにも責任があるのかもしれないが――。
「まぁ、そういう理由で我が家は、息子一人しかいないのだがね。私の息子だとは思えないくらいに優秀な息子で、少々引いているくらいだよ。発明なんて道楽だと思っていたんだけど、まさかレオの発明で我が家が侯爵家まで成り上がるとはねぇ……」
「……その、元々は、子爵家だったと伺ったのですが」
「そうだよ。私が継いだときには、極めて小さな領地を持つだけの子爵家だったよ。正直、貧乏貴族と言って良かっただろうね。貴族と言うには実入りが少ないけれど、貴族として見栄は張らなきゃいけない……まぁ、そういう一番面倒くさい立ち位置にいたんだけれどね」
はぁ、と小さく溜息を吐き、笑みを浮かべるレイモンド。
少なからず、貴族家の当主として苦労してきたのだろうけれど――。
「だから、少しでも稼ぎになるようなものがあれば、積極的に取り入れていたんだ。レオの発明もその一つでね……あの子が初めて作ったのは、冷蔵庫だったよ。色々な魔石の欠片を組み合わせて、冷たいものを冷たいままで保存できる仕組みを、初めて作ったんだ。未だに私も、あの仕組みがよく分かっていないんだよね」
「……」
「あの頃、レオは四歳だったかな……そんなレオのアイデアを、領地にあった工房に任せて作らせたら、それはそれは便利なものが出来てねぇ。これは売れる、と思ってエルスタット家で商会を作って売り出したら、もう大当たり。それこそ、貧乏領地の税収の何千倍という儲けになったんだよ」
「……」
「それに加えて、どんどんレオは生活用品の発明を続けてねぇ……キッチン周りは、大体レオの発明品ばかりじゃないのかな? それが庶民にまで普及しているというのが凄まじいよねぇ。もう発明なんてしなくても、遊んで暮らせるお金が大量にあるっていうのに、まだレオは発明し足りないみたいなんだよ。息子が優秀すぎてびっくりだよねぇ」
「……」
気付いた。
これ、自慢だ。
「レオンハルトは昔から、天才肌なんだよ。料理なんてしたこともないはずなのに、何故か料理に役立つ発明品ばかり作っていたし、子供が朝に自分で食事を用意することができるように、ってシリアルを開発したり、どこからアイデアが浮かんでくるのか全く分からなかったよ」
「……」
「特に、レオが七歳のとき! そう、あのときに作ったものがねぇ……」
ああ、これは長くなる。
そうアミルは覚悟を決めて。
とりあえず表情に微笑を貼り付けたまま、頭の中でゴーレムの機構を考えることにした。
「そう、次にレオが作った素晴らしい品なんだけれど」
「大旦那様」
「うん……カサンドラ君、どうした?」
「もう、夕方になります。そろそろお仕事に戻られてはいかがでしょうか」
アミルが工房から出てきたのは、昼過ぎである。
だが現在、既に日は西に傾いている。夕焼けが部屋の中に差し込んでくるくらいだ。
アミルは長い時間、レイモンドの自慢話を聞き続けていた。その九割九分が「うちの息子凄いんだぜ」を。
そして、長い時間聞いた上で。
内容が、何もなかった。
「ああ、私としたことが随分長いこと話し込んでしまったようだ。アミルちゃん、すまないね」
「……いえ。お話が伺えて、良かったです」
「また、是非こうやって一緒にお茶を飲みたいね」
「はは……」
アミルの前に置かれたお茶は、既に冷め切っている。
もう途中から全く話を聞くこともなく、ただ相槌だけ打つマシーンと化してアミルは耐えていた。その頭の中で、ゴーレムの機構をひたすら練りながら。
しかし割と長い間練っていたおかげか、いけそうな機構を幾つか思いついたりしているあたり、アミルもただでは転ばない。
「それではプリンセス、失礼するよ」
「はい、ありがとうございます」
ぴっ、と二本指を立てて去ってゆくレイモンドの背中。
アミルの部屋――その扉が、しっかりと閉まったのを確認して。
「カサンドラ」
「はい、奥様」
「今日から三日間、夕食はこの部屋に運んでください。また、レオンハルト様が留守になされて、大旦那様が来られるときには、わたしに教えてください」
「承知いたしました」
大きな溜息と共に、カサンドラに命ずる。
二度と、こんな無駄な時間を過ごさないために。
アミルは誓った。
レイモンドが来ると聞いたら、もう工房から出るまい――と。
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