第29話 素晴らしき猫カフェ
ランチの時間になるまで、アミルは猫と戯れ続けた。
レオンハルトが何か手を回したのか、猫カフェはレオンハルトとアミルの貸切状態になっており、全ての猫を相手にしていいという状態だったのだ。
加えて、猫に与えてもいいおやつだったり、猫と遊べる玩具の数々だったり、猫のことを紹介した張り紙だったり、全く退屈することはなかった。
最初に出された飲み物にも、一切手をつけることなく、アミルはただひたすらに猫と戯れ続けた。
「ほわあぁぁぁ……」
目の前でごしごしと顔を洗う猫を見ながら、表情が自然とにやけていくのが分かる。
猫というのは自由な生き物であり、簡単に人間に従ってくれない。自由気ままに生き、こちらがいくら構っても無視することだって多々ある。
だが、それゆえに愛らしい。アミルは人生で猫を飼ったことなど一度もないけれど、そう感じていた。
「ほらほらー。おもちゃだよー」
ふりふりと、先端にふわふわの何かがついた棒――それを振るアミルに、数匹の猫が近づいてくる。
先端のふわふわに対して、「何これ?」「あそぶ? あそぶ?」などとこちらに語りかけてくるような猫たちの瞳は、可憐なことこの上ない。そして、振っている玩具の先端に向けて、思い切りパンチを繰り出してくる猫の、なんと可愛いことか。
ああ、猫飼いたい。本気でそう思ってしまうほどの魔力が、この猫たちにはあった。
「え、ええっと、次のおもちゃは……」
幾つか用意されているおもちゃの箱。
何かないだろうか、と次のおもちゃに手を伸ばそうとし、腰を上げた次の瞬間。
猫の一匹が、アミルの膝へと乗っかってきた。
まるでそこが落ち着く位置であるかのように、体を丸めて欠伸をしている。それと同時にアミルは雷に打たれたかのように、動けなくなった。
それに伴って、さらに別の猫も近寄ってきて、ざらざらの舌でアミルの手を舐めてくる。
「……」
放心すらしていた。
この天国に永住したい。そう思えるほど。
「アミル」
そっと、膝の上に座っている猫の背を撫でる。
先程まで、撫でようと手を伸ばすと逃げていた猫だったというのに、まるで気を許しているかのように、アミルの掌を受け入れてくれた。さらさらとした毛並みは上等のシルクを思わせるほどに柔らかく、そして生き物の暖かさを備えている。
くすぐったそうに、ごろごろと喉を鳴らす猫――その姿に、アミルは最早語彙を失った。
ああ、可愛い。
「アミル」
そうしているうちに、別の猫がアミルの近くに寄ってくる。
そしてまるで、そこにいるべきは自分であるとばかりに、アミルの膝の上に乗っている猫を揺らし起こそうとしていた。その仕草もまた可愛らしい。
当然ながら先住の猫はそんな猫の手をはたき、再び丸くなる。そんな猫に対して、さらに揺らし起こそうとする猫。そうしているうちに諦めたのか、ぐいぐいと先住の猫を押してアミルの膝の上へと二匹目が乗っかってきた。
何だこの天国は。
「アミル、聞いていますか?」
「は、はひっ!?」
「いえ、ランチが来ましたけど……食べて、博物館に向かいましょうか」
「……」
はっ、とそこで思い出す。
そういえばアミルは、『イヴァーノ式車輪』の実物を展示しているとされる博物館に、レオンハルトと一緒に向かう予定だったのだ。完全に、猫の可愛さのせいで忘れてしまっていた。
「し、失礼しました……」
「さ、立ち上がってこっちに。冷めてしまいますよ」
「……」
現在、アミルの膝の上には二匹の猫が丸まっている。
立ち上がるということはつまり、この猫たちを膝から下ろすということだ。折角こうして出会えて、アミルに心を許して甘えてきてくれる猫たちを、こちらがランチを食べるという勝手な都合で下ろさなければならないのだ。
なんと罪深いことだろう。
そんな非道なこと、とてもできない――。
「はい、しっしっ」
しかし、レオンハルトはそんなアミルの膝に乗っていた猫を、片手で追いやる。
レオンハルトに怯えたのか急いで一匹が降りて、もう一匹が渋々と降りた。アミルの膝は元通りの軽さを取り戻したが、同時に何か大切なものを失った気がした。
「さて、これで立てますね……アミル?」
「……いえ、ありがとう、ございます」
もっとずっと味わっていたかった天国を、いきなり横から奪われたような、そんな気がする。
だけれど、アミルはあくまで博物館に向かうために来たのだ、この猫カフェはあくまで寄り道であり、本来の目的ではない。
そもそもこうしてランチを摂るのも、博物館でしっかり脳に構造を刻むためであって、決して猫と戯れるためにやってきたわけではないのだ。
立ち上がり、レオンハルトが示してきたテーブル――その椅子へと座る。
ランチは、小食のアミルに丁度いいくらいの量であり、健啖なレオンハルトには少々少ないのではないかと思える程度だった。
勿論喫茶店であるため、それなりにおしゃれに整えている。特にパンは、特注しているのか猫の形をしていた。猫の見える位置で、猫の形をしたパンを食べるのはどうなんだろう。猫たちに「あれぼくたち食べられてる」とか思われないのだろうか。
「猫カフェ、気に入ってくれましたか?」
「……え、ええ」
「それじゃ、今度また来ましょう。そんなに流行ってないので、ちょっと僕から頼んだら貸切にしてくれますから」
「……でも、それだと時間が」
うぅぅ、と心の中に巣くう悪魔に、身を委ねてしまいそうになる。
また今度来ましょうということは、レオンハルトと再び出かけることになるということだ。そして出かけるということは、こうしてレオンハルトと過ごす時間がさらに多くなるということ。結果的に、ゴーレムの試作を行う時間は減る。
ならば、デートを行うような時間などないのではないか――。
「ふむ。僕は少し疑問に思ったのですが」
「はい……」
「僕はアミルに対して、三体のゴーレムを作るように頼みました。その上で、アミルは承諾してくれましたよね?」
「ええ……」
レオンハルトの言葉に、そう肯定を返す。
僕のためにゴーレムを作ってください――それが、レオンハルトから言われたことだ。
レオンハルトは、相変わらずの微笑みを浮かべながら。
「僕は、納期などは特に伝えていないと思うのですが」
「――っ!」
「一応、伝えておきますね」
レオンハルトの言葉に、思わず体に電気が走ったように思える。
確かに、アミルは納期について何も言われていない。ただ作れ、と言われただけだ。
いつまでに作れ――それは、物作りを行う上で重要なことだ。そのために増やす工程、減らす工程などあり、期間までに納得のいくものを作らなければならない。
「僕と同じ墓に入るまで、でお願いします」
「……」
アミルは思った。
それは実質、納期がないことと同じではなかろうか、と。
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