第30話 博物館へ

「ここからは、歩いていきましょうか」


「……歩いて、ですか?」


 猫カフェを出て、まずレオンハルトがそう言ってきたことに、眉を寄せる。

 現状、ここにいるのはレオンハルトとアミルの二人だけだ。周囲には、特に護衛らしき人物の姿も見えない。そもそも、この猫カフェまで乗ってきたゴーレム車も、既に姿が見えない。

 恐らく、最初から歩いて向かうつもりだったのだろうけれど――。


「ええ。まぁ、歩いて十分か五分くらいのものですよ。少しくらいは運動しないと、体に悪いですからね」


「いえ、それは分かるのですが……レオンハルト様が護衛の一人もなく歩くというのは、危険なのでは?」


 レオンハルトは、エルスタット侯爵閣下だ。

 そして帝国において様々な発明品を売り出し、帝国に存在する最大の商会――エルスタット商会の頂点でもある。つまり、アミルには想像することもできないほどの、超ド級の金持ちなのだ。

 そんな大金持ちが、護衛の一人もなく歩くというのは――。


「ああ、大丈夫ですよ。僕が歩く時間には、通行規制をかけてくれていますので」


「……へ?」


「事前に、帝都の警邏隊の方に手は回しています。この時間……十三時三十分から十四時までは、この道を封鎖するように言っていますので」


 アミルの想像の、遥かに格上の対策だった。

 せいぜい金持ちというのは、自分の周りに護衛を置くとか、つかず離れずの位置で見守っているとか、そういうレベルだと思っていたのだけれど。

 通行規制までかけるとか、完全に権力の濫用である。

 だがそう言われて改めて周りを見ると、確かに歩いている人は少ない。そして、歩いている人はレオンハルトをちらちらと見ている。つまり道の封鎖をしつつ、離れている位置でレオンハルトの動向を確認しているのだろう。

 アミルがそう考えていると、レオンハルトがふっ、と寂しげに笑みを浮かべた。


「逆に言うと、それくらいしないと自由に外出できないんですよ」


「……」


「今回は予定と目的地があったので、封鎖だけで済んでいますけど……これが予定外のことになると、周りを囲まれて歩かなければならないですからね。それともアミルは、全身鎧に身を包んだ兵士十人以上に囲まれて歩く方が良かったですか?」


「……いいえ」


 想像するだけで暑苦しい状況に、顔をしかめる。

 だが確かに、レオンハルトはそれだけ帝国の要人であるということだ。国王も娘の良人にと勧めているくらいだし、高く評価されているのだろう。そんな人物につける護衛なのだから、念には念を入れるくらいで良いのだと思う。

 そこに、レオンハルトの自由さえ考えなければ。


「まぁ、ですので今日は僕としても、解放された気分なんですよ。こんな風に自由に歩くのは、いつぶりか分かりませんから」


「……そう、ですか」


「でも僕は、常々思っていることがあるんですが」


 うん、とレオンハルトがアミルを見る。

 その視線に込められた意味は、よく分からなかったが――。


「ゴーレムを護衛にすることって、できませんかね?」


「……ゴーレムに、判断能力を持たせるということですか?」


「だって、人間よりも遥かに力は強いですし、剣で斬られても死なない存在ですよ。もしもゴーレムを護衛にできれば、すごく頼りになる存在だと思いますけど」


「うぅん……」


 レオンハルトのそんな何気ない言葉に、アミルは眉を寄せる。

 あくまでアミルは話を聞いただけだが、ラビが昔似たようなことを言っていた。それは、帝国の軍部から持ちかけられた話だ。

 つまるところ、ゴーレムの軍事利用。

 ゴーレム師がいれば作ることができる、命令に従う軍隊――それを作ることが出来ないかと、軍部に持ちかけられたそうだ。

 そのとき、ラビも同じ答えを返したはずだ。


「難しいですね」


 ゴーレムは、あくまで魔術式に刻んだ行動をするだけの人形である。

 だけれど、ゴーレム師はそんなゴーレムを作るために、必ず刻まなければならない魔術式――全てのゴーレムに共通するプロテクトが存在する。

 それこそが、初代ゴーレム師シェムハト・イヴァーノが制定し現在も遵守されている、ゴーレム三原則である。


「そもそもゴーレムを運用し始めてから現在に至るまで、全てのゴーレムには一つのプロテクトが掛けられています」


「ええ」


「一つ、人間に危害を加えてはならない。二つ、上記に反することのない範囲で、人間の命令に従う。三つ、上二つに反することのない範囲で、自身を守る。これがシェムハト・イヴァーノのゴーレム三原則です」


「……なるほど。どの世界も変わらないってことですね」


「世界?」


「いえ、こっちの話です」


 何か知っていることでもあるのか、小さく溜息を吐くレオンハルト。


「まぁ、このプロテクトをかけなければ、農業用ゴーレムでも簡単に人を殺せてしまいます。ですから、軍事利用はできないんですよ」


「軍事利用をするゴーレムだけ、それを外すというのは?」


公共の敵パブリック・エネミーになり得ます。それこそ、殺していい人間と殺してはいけない人間の見分けがつかなくなりますから」


「なるほど」


 ふむ、とレオンハルトは顎に手をやる。

 ラビも同じ事を言って、軍部を黙らせたはずだ。もっとも、ラビの場合はもっと辛辣で、「おたくの軍が全滅してもいいんなら、作りますよ。責任はとりませんけど」と言っていたはずだ。


「まぁ、下手に手を出してはいけない禁忌があるってことですね」


「そういうことです。先人の知恵を無駄にしてはなりません」


「分かりました。今のはあくまで、世間話ということで。ああ、そうだ」


 そこで、ぽん、とレオンハルトが手を打つ。


「アミル、結構猫好きですよね?」


「……」


 そこで、唐突に話を変えてくるレオンハルト。

 実に楽しい場所だったし、猫の可愛らしさに色々と我を忘れてしまったけれど、あくまであれは日常から乖離した空間だからだ。

 だから別に、猫好きとかそういうわけでは――。


「猫型ゴーレムとか作れたりしませんか?」


「猫型ゴーレム?」


「ほら、こんな」


 さらさらっ、と手帳に何かを書いて、アミルに見せてくるレオンハルト。

 そんな書かれた絵を見て、アミルは。


「猫型ゴーレム、ですか? これが?」


「ええ」


「タヌキではなく?」


「ええ」

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