第28話 まず寄り道
アミルが初めて乗ったゴーレム車は、良くも悪くも馬車とは全く異なる代物だった。
まず、馬車のように馬が引くことがないために、馬車によくある定期的な揺れがないのだ。代わりに、整備された道を車輪で走っているために細かな揺れが継続して存在している。どちらが不快かは人によるかもしれないが、アミルからすれば乗り心地は悪くないと思えた。
そして同時に、構造もその大体のところを理解している。運転者が手に持っている丸いハンドル――あれが前輪に繋がっており、ハンドルの動きで前輪の角度を変化させるのだろう。前輪の角度を変えることで、自在に左右に曲がることを可能としているものと考えられる。
さらに、動力はゴーレムではほとんど使わない魔術式――《回転》だ。車体に設置したイヴァーノ型車輪に繋いだ車軸に対して、レバーを操作することで《回転》の速度を変化しているものと考えられる。最後に、足元に設置されたプレートが繋がっているのは、《緊急停止》の魔術式だ。
そこまでの構造は理解できたし、しっかり考えなければならないほど複雑なものではない。唯一イヴァーノ型車輪だけは再現しなければならないけれど、それ以外は極めて単純な技術によって作られているものだ。
そう。
極めて単純な、思考の変化によって作られている。
車は馬が引くもの――そんな固定観念にとらわれない者が、柔軟に思考することで作られた、極めて単純な構造。だが、その固定観念が強く存在するがゆえに、アミルには決して作り出すことができなかっただろう。
そこに、少なくない敗北感を覚えている。
「さて……このまま博物館に向かってもいいのですが、その前に寄り道をしてもいいですか?」
「……寄り道、ですか?」
「ええ。まぁ、これはこちらの事情なのですが」
レオンハルトが、肩をすくめる。
アミルの望みとしては、今すぐ博物館に行きたい。そして下ろしてさえくれれば、夜までそこに居続けることに何の苦もない。
だからレオンハルトに何か寄らなければならない事情があるならば、アミルだけ博物館で下ろして、後ほど合流してもらえばそれで良かったのだが。
「事情というのは?」
「博物館の中には、併設している施設が何もないんです。ですから、今から入るとお昼が食べられないんですよね。そこで、先に少しだけ時間を潰して、お昼を食べてから博物館の中に入ったらどうかなと」
「……」
道理である。
アミルも博物館では、かなり真剣に展示物を見なければならない。そのためには、事前に甘いものだったりしっかりした食事だったりを摂取し、脳に栄養を満たさなければならないのだ。
ならば確かに、レオンハルトの言葉は渡りに船である。
「分かりました。でしたら、それでいいです」
「ええ。それじゃ、ご案内しますね」
「それより聞きたいのですが……こちらのゴーレム車は、レオンハルト様がラビ先生に頼んで作ってもらったと、そう伺ったのですが」
「ええ」
アミルの言葉に、そう頷くレオンハルト。
このゴーレム車に対して生じているのは、激しい違和感なのだ。ラビが作ったと言われて理解はしたけれど、しかし納得の出来ない部分も多くある。
ゴーレムの技術は、確かに優れているラビだ。だけれど、彼も良くも悪くもゴーレム師なのである。ゴーレムの研究にだけ生涯を捧げ、ゴーレムのことばかりを四六時中考え、ゴーレムの技術にだけ特化した人物なのだ。
そんなラビの思考回路は、アミルとさして変わりない。
ゆえに思う――ラビに、このゴーレム車は作れない。
これはゴーレムを作るというより、発明品を作ったと言っていいだろう。
あくまで発明品を作った誰かが、その技術としてゴーレム作りに特化したラビを頼ったのであって、ラビ自身が最初から作ったわけではない。
ラビの下で、誰よりも真剣にゴーレムのことを学んだからこそ、アミルにはそうはっきり断言することができる。
「基本構造をお考えになられたのは、レオンハルト様ですね?」
ゆえに。
自信を持ってそう、アミルは質問した。
そんなアミルの質問に対して、思わずレオンハルトが目を見開く。いつも余裕の態度を崩さないレオンハルトが、初めて戸惑う表情を見た気がした。
僅かに眉を寄せ、それから諦めたように肩をすくめる。
「アミルに、隠し事はできないようですね。まぁ……そうです。大本の構造を考えたのは、僕です」
「レオンハルト様は……そういう、発明の才がおありなのですか?」
「才があるかは、僕には分かりませんよ。ただ、この国の技術の向上に、一役買ったとは考えています」
エルスタット侯爵家の評判は、アミルの耳にも届いているほどだ。
冷蔵庫やコンロといった生活必需品、シリアルやパスタといった食品、ボールペンなどの文房具――そのあたりの構造を作り出し、実用化し、この国に提供している天才であると。
その天才の考えの一環として、このゴーレム車があったとするならば、納得できるものなのだ。
「その……何故、レオンハルト様は」
「おっと、着きましたね」
様々な違和感に対して、質問をしようとしたアミルは、そう阻まれる。
どうやら目的地に到着したらしい。そして到着するまでの間、騒音も激しい揺れも一度もなかった。こんなもの、馬車では味わえない感覚である。
「どうぞ。こちらが、僕のお勧めのお店です」
「……喫茶店、ですか?」
「ええ」
ゴーレム車から降りたアミルの前にあったのは、一軒の喫茶店。
店構えも特に普通であるし、変わっている点などは特に見当たらない。せいぜい、看板に書かれている猫のイラストが可愛らしいといったくらいか。
「さ、入りましょう」
「はい」
まぁ、いいか。
質問の続きは、お茶でも飲みながら――そう思いながら、アミルはレオンハルトの背中を追った。
「うわぁ……!」
しかし、そんなアミルの考えは、店に入った次の瞬間に吹き飛んだ。
何せその店は、小さなテーブルが幾つか置かれ、絨毯が敷かれている内装。
そして――その絨毯に上にいるのは、それこそ数え切れないほどの猫たちだったからだ。
「飲み物を二つ。それから、ランチタイムにはランチのセットを二つ、お願いします」
「はい、承知いたしました」
店員に対してレオンハルトがそう言っていたが、全くアミルの耳には入らない。
白くてふわふわの猫。ゴロゴロ喉を鳴らす三毛猫。顔を洗っている黒猫。尻尾をふりふりさせて歩いている猫――その様々な猫の姿に、アミルは釘付けになっていたのだから。
手近なテーブルの近くで膝を下ろし、アミルは猫の動きを見る。
うわぁぁ可愛いぃぃぃ、と叫びたい気持ちを堪えながら。
「こ、ここは、一体……?」
「猫カフェです。僕はここが大好きでして」
「な、何故、こんなところを……はっ! エルスタット商会が、経営されているのですね?」
「いえ」
こんな天国、見たことも聞いたこともない。だから、恐らくエルスタット商会が先駆者として経営しているのだと思ったけれど。
レオンハルトは、そんなアミルの疑問に対して首を振り。
「僕が、個人的に経営しています」
そう、さらに上の答えを返してきた。
相変わらずのスケールの違いに、アミルは言葉を失って。
まぁ、可愛いからいいや。
そう切り替えて、こちらに寄ってくる猫たちに対して頬を緩ませていた。
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