第27話 レオンハルトの秘密

 レオンハルト・エルスタットには秘密がある。

 生まれて今まで誰にも言っていない、きっと死ぬまで誰にも言わないだろう秘密が。


「さ、お手をどうぞ」


「え、ええ……」


 屋敷の前に到着した車。

 あくまでこれは、一日借り受けただけの車だ。御者もエルスタット侯爵家の者ではない、雇われの御者である。

 だが今回この車を借りたのは、エルスタット侯爵家の印がついた馬車で行くと目立つというのも一つの理由だが、主な理由がもう一つあってのことだ。

 何せ今回借りたのは、馬車ではないのだから。


「えっ……!」


 車の扉が、アミルが近付くと共に自動で上がる。

 その動きにアミルは驚き、そして馬車全体を見回す。様々な絡繰りによって運用されている、王都唯一の『ゴーレム車』を。

 勿論、このゴーレム車を手配したのもレオンハルトだ。四つの車輪に備えられ、ゴーレムの内部核に刻まれた魔術式によって車軸を回すことによって動く、鋼鉄製の車である。そのために通常の馬車とは勝手が異なり、専用の運転手が必要になるのだ。


「どうぞ、乗ってください」


「こ、これは……! この車も、ゴーレム……!?」


「そうです。僕から頼み込んで、ラビ先生に作ってもらった特注のゴーレム車ですよ」


「なんと……!」


 乗り込むと共に、アミルが運転席を覗き込む。

 そこには加速と減速を調整するレバーと、方向を変更するためのハンドルが設置されており、レバーを動かすことによってゆっくりと速度を変えるものだ。そして状況によっては急速に止まらなければならない場合もあるため、ブレーキはペダルという形で足元に設置してある。

 最初こそ慣れないだろうけれど、このゴーレム車の貸与を運営しているエルスタット商会の支部では、「慣れると馬車より言うことを聞くし楽」という話も聞いている。


「これを、ラビ先生が……」


「ええ。あ、内部構造は秘密らしいですよ。ただ、アミルさんを乗せると一言伝えたところ、『あいつなら外側から見ても全部の構造が分かりそうだな』と笑っていました」


「……」


 レオンハルトがそう告げた途端に、アミルの視線は真剣なものと化す。

 外側から見える構造は、極めて一部だ。ラビも一流ゴーレム師として、内部構造までは見せてくれない。だけれど、外部に使われている機構や魔力の動きさえ見れば、一流のゴーレム師ならば分かるらしいのだ。

 そして、アミルはラビの認めた一流のゴーレム師である。


「……先程、レオンハルト様からラビ先生に頼み込んだと、そう伺いましたが」


「ええ」


「このゴーレム車の設計図を、ラビ先生にお渡ししたということですか?」


「それほど大したことはしていませんよ。僕はただ、ゴーレムの技術を馬車に転用することはできないかと提案してみただけです。ゴーレムなら馬のように維持費も必要ありませんし、気紛れで動かないということもありません。命令にも忠実に従います。僕から見れば、ゴーレムという素晴らしい技術があるのに、何故いつまでも馬車を使っているのか疑問ですよ」


 レオンハルトの言葉に、アミルが目を見開く。

 恐らく、アミルにもその発想はなかったのだろう。ゴーレム師はラビとアミル以外にももう一人知っているけれど、大抵のゴーレム師はこんな反応だ。

 ゴーレムとは人型であり、人間の作業の代理を行うことができるもの――その固定観念が、一流のゴーレム師でも抜けないのだ。


「ちなみに、一つだけヒントを言うと」


「え、ええ!」


「このゴーレム車には、『イヴァーノ型車輪』が使われています」


「ええっ!? 初代ゴーレム師以外、誰にも再現することができていないと聞いていますけど!?」


「まぁ、そうですね」


「それを……再現、できたのですか?」


 おっと、とレオンハルトは言葉を選ぶ。

 アミルの目は見開き、信じられないとばかりにこちらを見ている。『イヴァーノ型車輪』というのは、それだけ難しい技術なのだ。

 実際のところレオンハルトがその実物を見て、構造についてラビに幾つか助言をして、彼が再現したわけだが――。


「ラビ先生は、一流のゴーレム師ですからね」


「……さすがは、ラビ先生ですね。わたしも再現できるよう、頑張ります」


「まぁ、今回オーダーしたものについては……まぁ、あったらより円滑に動くとは思いますが」


「それなんです」


 はぁぁ、とアミルが大きく溜息を吐く。


「『イヴァーノ型車輪』は、凄まじい技術なんです。軸を固定しながら、その部分だけ回転するために中身に鉄球を入れ込んでいることは分かるんです。ただ、この際にかかる過重をコントロールするためには、鉄球を全て真球にする必要がありますし、その真球と直径を同一とする受け皿を作らなければいけません。その上で内部にかかる過重と、球体にかかる過重の二つが均等にならなければ、円滑な動きができなくなり……」


「……」


『イヴァーノ型車輪』について、そう饒舌に語ってくるアミル。

 しかし残念ながら、レオンハルトはその内容について大体知っている。自分で作ることができないというだけで、ある程度の構造は知っているのだ。

 簡単に言うならば、玉軸受――ボールベアリングである。

 軸となる部分に固定しながら、その外側の部分は円滑に動く――それが、ベアリングである。そのためにはラジアル過重とアキシャル過重を支え、ボール部分の摩擦係数を限りなく減らすための加工を行わなければならない。

 このあたりの説明を、あくまで素人でしかないレオンハルトの説明でものにしたラビは、やはり天才だと言っていいだろう。


「やはり、そのための摩擦係数を考えれば、素材も簡単に鉄というわけにはいかないでしょうし、別の素材も……あ、も、申し訳ありません」


「ああ、いえいえ。熱意は伝わりましたよ」


 饒舌にそう語った後、我に返って謝罪してくるアミル。

 その様子も、どこか可愛らしい。本当に、真剣にゴーレムと向き合っているのだと分かる。


「では是非、『イヴァーノ型車輪』の本物を見て、再現してみてください」


「ええ……頑張ります」


 ラビに教えたことを、そのまま教えてもいいかもしれない。

 それがこの世界の技術を、さらに向上させてくれるだろう。そして向上した技術で、より良いものをまた作ることができるようになるかもしれない。

 今、レオンハルトたちが乗っている――この『自動車』のように。


 レオンハルト・エルスタットには秘密がある。

 生まれて今まで誰にも言っていない、きっと死ぬまで誰にも言わないだろう秘密が。


 それは。

 レオンハルトには、前世の記憶があるということ――。

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