第26話 デートの朝

「はぁ……」


 翌朝。

 アミルは朝食を終えて部屋に戻ると共に、特大の溜息を吐いた。

 昨夜も当然ながらゴーレム作りに勤しんでいたアミルだが、当然のようにあまり寝ていない。夜中の三時くらいに変なテンションで作業をしていたことは覚えているけれど、そこからどう寝台に向かって眠ったのか、記憶にないのだ。

 そして朝方に眠ったにも関わらず、今日はカサンドラに起こされた。普段はレオンハルトから「自由にさせてあげて」という命令を出してもらっているため、昼まで眠ることも多々あるのだけれど、今日に限っては事情が異なるからだ。


 本日、アミルとレオンハルトのデートである。


「それでは奥様、どちらの服になさいますか?」


「……何でも良いのですけれど」


「奥様の清楚さを引き出すには白が良いのかもしれませんが、こちらの水色も奥様によくお似合いですね。桃色だとより可愛さの方が引き立つと思いますが……」


「お召し替えの後は、お化粧の方を施させていただきます。ですが奥様は元々お美しくていらっしゃいますし、ナチュラルメイクくらいで良いかもしれませんね」


「カロリーネ、どれがいいかしら?」


「うぅん、私は水色が奥様にはよく似合っていると思うけど……」


 カサンドラ、カロリーネがそれぞれ嬉しそうに、アミルの服を選んでいる。

 当然、アミルは服に対して何の興味もない。奥様は元々お美しく云々は、完全にお世辞だと聞き流している。

 こんな田舎の野暮ったい女が、お美しくあってたまるか、と。


「うぅ……奥様、カサンドラは嬉しく思います」


「……どうしたのですか」


「いつもいつも、クローゼットの中は整理しておりました。いつか奥様が着られるものと思って、一つ一つ虫食いなどの確認をしておりました。いずれお出かけになられるときには、どの服をご用意しようかと……」


「分かるわ、カサンドラ……私も、奥様のお化粧をいつさせていただけるのかと、ずっと楽しみにしていたもの……。ああ、奥様。ようやくお化粧させていただけること、本当に嬉しく思います」


「……なんだか、すみません」


 カサンドラ、カロリーネがそれぞれ、噎び泣いて喜んでいる。

 そんな風に喜ばれると、なんだか今まで引き籠もり続けていたのが申し訳なく思えてきた。そもそも外出しないアミルのために、何着の服を用意してくれてんだ、という話でもあるけれど。


「ええ、本日は奥様の清楚さ、それにお綺麗さを高めるように、水色のワンピースにいたしましょう。旦那様とのお出かけになりますし、可愛らしさよりは清楚さの方が良いですわ」


「……ええ、それでいいです」


「では、お化粧もそちらに合わせてやりましょう。あまり派手にならず、優美な感じに仕上げますわ」


「……どうぞ」


 全てを諦めて、アミルは溜息を吐く。

 ただ、ゴーレム博物館に向かう――それだけで終わりそうにないお出かけの気配に、アミルはただげんなりして肩を落とした。














「お待たせいたしました」


 午前十時。

 それが一応、レオンハルトと約束をした時間である。

 既に婚約している身であり、同じ家で暮らしている間柄だ。それでも一応デートの体裁は整えたいとのことだったため、この時間に玄関で待ち合わせていたのだ。

 既に準備を整えて、黒いスーツとハットを着こなしているレオンハルトの前で、頭を下げる。


「……」


「……レオンハルト様?」


「…………アミル?」


「はい」


 何をそんな分かりきった質問を。

 そう思いながら目を細めると、それと共にレオンハルトがふっ、と笑みを浮かべた。


「確かに、その冷たい眼差しはアミルですね。いえ、少し驚いてしまって。申し訳ありません。アミルが、想像より綺麗だったもので」


「……褒め言葉として受け取っておきます」


「事実、褒めているつもりなんですが。綺麗ですよ、アミル」


「……ありがとうございます」


 そちらも相変わらずイケメンですね。

 そう言うことはなく、素直にアミルは頭を下げて礼を言う。

 貴族というのは、女性に対してまず褒め言葉から入らなければならない――その程度の常識は、アミルだって知っているのだ。つまり、社交辞令である。


「今日は、一応車の方を呼びつけました。侯爵家の馬車で出ると、色々目立ちますので」


「分かりました」


「アミルはどこか、行きたいところなどはありますか?」


「……え?」


 レオンハルトの言葉に、アミルは眉を寄せる。

 今日一緒に出かける目的は、博物館に向かうためだ。初代ゴーレム師シェムハト・イヴァーノが作成したゴーレムを展示している博物館があり、そこに『イヴァーノ型車輪』の実物も置いてある――そう教えてくれたのは、レオンハルトだ。

 そして、どう考えてもアミル向けのそんな場所、行かずにはいられない――そう考えて、アミルは行くと答えたのである。


「……わたしは、博物館を見たいですが」


「質問を間違えたようです。他にどこか、行きたいところはありますか?」


「いえ、特に」


 首を振って、そう返す。

 元より本日のお出かけも、ゴーレム関連でなければ重い腰が上がらなかっただろう。そもそもインドア派であるアミルが、外に出ることさえ珍しいのだから。

 王都の煌びやかなお店だとか、高級なナントカとか、そんなもの一切興味がない。


 ただ、アミルは見てみたいだけだ。自分よりも遥かに優れたゴーレム師――シェムハト・イヴァーノの作品たちを。

 貴重な翡翠のゴーレムとか、イヴァーノ型車輪とか、多分アミルは見ているだけで、朝から夜まで飽きることなどないのだ。

 一つ一つを解析させて欲しいし、できれば本物を遍く角度で見たい。

 絶対に無理だろうけれど、できれば解体もしてみたい。


「なるほど。では、僕に任せていただけるということですね」


「……はぁ」


「分かりました。幾つか考えてはいたのですが、アミルが好きそうな場所はピックアップしているんですよ。今日は、楽しんでいただけるように頑張りますね」


「……はぁ、分かりました」


 アミルの本当の希望を言うならば、ゴーレム博物館の前で下ろして夕方に迎えに来てくれ、である。

 言わないけれど。

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