第25話 デートのお誘い

「デートしませんか?」


「…………………………はい?」


 夕食の席。

 いつも通りにアミルは、本日のゴーレム作成にあたっての進捗をレオンハルトに報告した。

 報告とはいえ、さほど大したことを言ったわけでもない。今日から鉄製での試作品を作っていくにあたって、胴体部と脚部をまず作成したが、その時点で重量のバランスを整えるのに苦労した、というくらいだ。やはり粘土でなく鉄で作ることで、全く重量のバランスが異なってくる。

 そのあたりの調整に、午後のほとんどの時間を費やしてしまった。そのため、ほとんど今日は進んでいない。


 と、そういう話を夕食の席でやりつつ、いつも通りに食事をしていたつもりだったのだが。

 突然そんな、意味の分からないことをレオンハルトが言い出した。


「ああ、いえ。明日は商談が入っていたんですが、キャンセルになりまして。その商談で隣国まで向かう予定だったので、明日明後日と予定がまるまる空いてしまったんですよ」


「はぁ」


「ですので、折角だからデートしませんか?」


「そこに至る意味が分からないのですが」


 明日明後日と予定が空いた。そうですか良かったですね。十分に体を休めてください。それがアミルの率直な感想である。

 そもそもレオンハルトとデートをするとか、そんな考えに全く至らないのだ。

 明日も明後日も、当然のように工房に引き籠もる予定だったし。


「いえ、アミルも少しは、気分転換が必要ではないかと思いまして。王都はまだ、あまり見ていないのではないですか?」


「まぁ……そうですね。あまり見ていないです」


 アミルがこのお屋敷に来て、既に一週間以上が経過している。

 だが、外出したのは最初、王宮に向かったときだけだ。それ以外、アミルは部屋からも必要最低限しか出てこない。こうして夕食の時間だけは共にするけれど、ほとんどの時間を部屋と工房で過ごしていると言っていいだろう。王都にいる実感は、全くない。

 しかし。


「……ただ、レオンハルト様。あまりお気遣いいただかなくても、大丈夫ですよ」


「え?」


「わたしは、レオンハルト様のゴーレムを作ることを、心から楽しんでやっています。気分転換というのは、嫌なことを紛らわせるために行うものです。わたしは、楽しいことしかやっていませんから」


「……そういうものですか?」


「はい」


 アミルは極力、外に出たくないというのが本音である。

 そもそもどうして人間、外に出なくちゃいけないんだ。家の中にいて、ゴーレムを作っていれば、人生楽しいじゃないか。むしろ、ゴーレムを作るより楽しいことがこの世界に存在するというのか。いいや、ないね――そうアミルは、全力で主張したい。

 そのため、レオンハルトから「デートをしましょう」と誘われたことは、イコールでアミルからすれば「ゴーレム作りをする時間を削ります」と言われていることと同意である。


「そもそも、レオンハルト様」


「え、ええ」


「わたしとレオンハルト様の婚姻は、契約みたいなものだと思っています」


「……契約、ですか?」


「はい。わたしはレオンハルト様のために、レオンハルト様の求めるゴーレムを作ります。レオンハルト様は、レオンハルト様の求めるゴーレムをわたしに作らせるために、環境を整えてくださっています。わたしにとっては天国ですが、そういう契約を結んだものと考えております」


 レオンハルトとアミルは、一応ながら婚約者だ。

 しかし、婚約者としての愛は、お互いの間に存在しない。あくまでゴーレムが欲しいレオンハルトと、ゴーレムを作りたいアミルの利害が一致したものと考えている。

 そこに愛などないし、恋を経たこともない。

 だから、これは婚姻というより契約。アミルはそう受け取っている。


「ふむ……」


「そもそも貴族家で、望んだ結婚ができる家は少ないと聞きます。ほとんどの家が、貴族家とより良い縁を結ぶために、幼い頃から婚約者が決まっているそうです。ですので、貴族の当主は何人も愛人を抱えているんです。本妻との間に愛がなくとも、結婚しているというだけで家の繋がりは保てますので」


「……」


「ですので、本当に好きな女性が出来ましたら、わたしに構わずどうぞ愛人をお作りください。わたしは、ゴーレム作りさえできればそれで結構ですので」


「……」


 夕食の席で、「どうぞ愛人をお作りください」という妻もどうなのだろう、と思いつつ。

 あくまでアミルからすれば、レオンハルトは依頼者でありパトロンだ。このように夕食を一緒にするのも、パトロンに対する進捗報告の場でしかないと考えている。

 だから将来的に、三体のゴーレム――それが全部完成した暁には、捨てられるだろうな、とも。


「なるほど……アミルには、僕がそう見えているということですね」


「……?」


「ふーむ……そんなにも、不誠実な姿を見せたつもりはないのですが。僕はあくまで、ゴーレムを作ってほしいだけで、アミルのことを妻だと考えていますよ?」


「ええ、まぁ、妻ですからね。書類上は」


 書類上は。

 だけれど実質、アミルとレオンハルトは同居人のようなものだと考えている。こうして、夕食の席以外はほとんど顔を合わせないし。

 だが、そんなアミルの言葉に対して、レオンハルトは大きく溜息を吐いた。


「そうですね。そんなにも嫌でしたら、デートに誘うのはやめておきます」


「そうしてください」


「では、質問を変えてもいいですか?」


「はぁ」


 夕食を終えて、何故か両手を合わせるレオンハルト。

 いつも思うけれど、あの仕草は何なのだろう。何かに祈っているのだろうか。


「実は王都の端に、初代ゴーレム師シェムハト・イヴァーノが作成したゴーレムが飾られている博物館があるんですよ」


「……」


「中には、かなり貴重な瑪瑙で作られたゴーレムも飾られているんです。それに、歴史上シェムハト・イヴァーノ以外に誰も再現できていない、『イヴァーノ型車輪』の実物を見ることができるそうです」


「……」


 アミルは、目を伏せる。

 完全にこれは、分かって言ったやつだろう。


「一緒に行きませんか?」


「……行きます」


 前言を完全に覆して。

 アミルは敗北感に溢れながら、そう答えた。

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