第24話 鉄を操れ!
エルスタット商会は随分と優秀であるらしく、翌日には既にアミルの注文した素材が届いていた。
鉄鉱石を五百キロ。
銅鉱石を二百キロ。
鉛鉱石を四百キロ。
よく運んだものだとは思うけれど、大商会であるエルスタット商会だ。少なくとも、運搬用のゴーレムくらいは用意していて当然だろう。
ちなみにその素材たちは、庭師が管理しているエルスタット家の庭――その端に置いてある、倉庫の中に納められることになった。
そして一部の素材だけを抱えて、アミルは今日も今日とて工房の中である。
「さて……それでは、三体目の試作品に移りましょうか」
レオンハルト曰く、アミルはこれから二十七体まで試作品を作り、二十八体目で完成させるようにとのことだ。今から作る試作品は、その三体目である。
前回と前々回は、粘土を加工して試作品を製作した。そして今回は、その試作品を踏まえての素材変更だ。
その材料は当然――鉄鉱石である。
「《成形》」
粘土と異なり、やはり鉄の加工というのは魔力が過剰にかかる。
そして粘土と異なり、一度削りすぎると修正がきかなくなるのだ。ゆえに、既に存在する完全な形を元にしなければ、なかなかイメージ通りに作ることができない。自身が曖昧なままで《成形》を行うと、《成形》の結果もまた曖昧なものになるのだ。
まず、作成するのは胴体。
球形の胴体は、中身を真空にくり抜いて作っているものだ。
粘土ならば、中身を簡単にくり抜ける。だが今やっているのは鉄だ。鉄の塊から中身をくり抜くのは至難の業であるし、くり抜いた鉄粉はその後役に立たなくなる。さすがに《成形》の魔術でも、鉄粉を鉄塊に変えることはできないのだから。
だから、鉄の加工をする――その場合は、板金が基本的なものとなる。
「……」
アミルは、鉄鉱石から不純物を取り除きつつ、純度の高い鉄だけを残し、ひたすらに広げていく。
最初から鉄板を買っておけばいい話なのだが、鉄鉱石の状態から加工して、自身の《成形》によって伸ばし広げることで、素材そのものを理解することができる。
手順を省いて楽をするよりも、素材を知ってより良いものを作れ――これは、アミルがラビに教わったことの一つだ。
特に、今から扱うのは鉄。
今まで、アミルが扱ったことのない素材であるのだから。
「ふ、ぅ……」
アミルに扱える素材は、土、岩石、青銅だ。
何故この三つしか扱えないかというと、純粋に安かったからである。土なんてその辺を掘れば手に入るし、岩石は川辺に行けばいくらでも転がっている。そして青銅は、様々な金属素材の中でも最も安価なのだ。
だから、鉄を扱うのは初めてではあるけれど、金属素材を扱うにあたってはまず青銅から極めるべし――そんなラビの教えを、アミルは忠実に守っている。青銅に関しては、ほぼ完璧に扱えていると言っていいだろう。
だからその応用として、鉄も問題なく《成形》できている。
「……」
暫く鉄鉱石に魔力を送り続けて、どうにか鉄板が完成した。
そして、この時点でようやく、どう鉄素材に魔力を送ればいいかがよく分かってきた。どのポイントに魔力を流し込むことで、より楽に《成形》することができるか。
次は、この鉄板を加工する番である。
アミルは事前に作っていた試作品――そこから手と足、頭を取り外し、胴体だけにする。
そんな胴体へ、鉄板を置いて――。
「《成形》」
ゆっくりと、鉄板が胴体部を覆っていく。
試作品を土台として、全体を均していくのだ。しかし、かといって完全に粘土を覆ってしまっては、取り外すことができない。
そのため、まず胴体の前側へと鉄板を押し当てて、型をとっていく。
「よし……」
型を取れば、今度は取り外さなければならない。
だが残念ながら、魔力に任せることができるのはここまでだ。粘土ならば基本的に魔力で全て行うことができるけれど、金属素材となるとそうはいかない。
レオンハルトが用意してくれた、高級素材で作られた工具――その中から、金切り鋏を取り出す。レオンハルト曰く、刃の部分を
思わず、その柔らかさに驚き、アミルは目を見開いた。工具だけでこれほど変わるのか、と。
「さて……《成形》」
切り取り終えれば、次は逆側も同じく型をとっていく。
全体に均等な力をかけ、歪みがでないようにゆっくりと押し沈め、鉄板を球体へと加工する。そして再び、金切り鋏で切る。
これで、胴体の前面と後面が完成だ。
あとは、これを繋ぎ合わせれば、試作品と同じ形状の胴体ができる。
「《固着》」
僅かなずれもない二つの鉄板――それが繋ぎ合わさり、一つの球体となる。
ふぅ、と一仕事終えたところで、アミルは大きく息を吐いた。既に、この作業に入ってから四時間ほどが経過しただろうか。それだけ、金属の加工というのは時間と魔力と精神力がかかるものなのだ。
球体を持ち上げる。それは、粘土のそれと異なり、ずっしりと重い。
もっと鉄板を薄くする必要があるかもしれないが、そうなると僅かな衝撃でもへこみができてしまうほど弱くなってしまう。ひとまず、それも今後下半身を作っていき、バランスを整えていくべきだろう。
「ふー……とりあえず、これはこっちに置いて、と」
胴体(仮)を作業机の端に置き、アミルは次の鉄鉱石を手に取る。
次に作るのは、脚部――円筒のような、上半身の重みを支えるには、あまりにも頼りない細さの足だ。
粘土では、上手くいった。だが、素材が変わればそれだけ重みも変わる。
どのような素材を中に入れれば、この重みに耐えることができるのか――それを探るためにも、今後は様々な材料をエルスタット商会から仕入れなければならないだろう。
「《成形》……む」
鉄鉱石を、板状に伸ばしていく。
先程と同じ場所に、同じポイントに、アミルは魔力を流す。しかし、先程のようにスムーズな加工ができない。
そこで、ようやく分かった。
ラビの教え――手順を省いて楽をするよりも素材を知って、より良いものを作れ。
それを、口酸っぱく何度も言っていた理由を。
「鉱石ごとに、魔力を流す場所が違う……確かにこれは、鉄板を買っていたら分からなかったですね」
アミルが、未だ解明しきることができていない素材、鉄。
未知の素材を使って行うゴーレム作りに、アミルは我知らず笑みを浮かべていた。
そして、大きく溜息を吐く。
「しかし、レオンハルト様も無茶を言いますよね……」
レオンハルトに言われたこと――二十七体まで試作品を作って、二十八体目で完成させろ。その指示は、なかなかに無茶だ。
何せ。
「たった二十七回の試作で、完成まで持っていくとか……少し、厳しいですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます