第23話 出入りの商人

「奥様、奥様! 奥様っ!!」


「おや……?」


 激しく、工房の扉が叩かれる。

 ゴーレムの試作品作りに熱中していたアミルは、微かに聞こえてきたそれに反応した。当然ながら、それは一般人には爆音にすら聞こえるものだったが、集中しているアミルに聞こえるためには、それだけの音を立てなければならないのである。

 そして認識すれば、それは騒音である。うぅん、と眉を寄せて、アミルは工房の扉まで向かった。

 時計をちらりと見るが、夕食にはまだ早い時間である。

 つまり。


「はいはい……来ましたか?」


「はい、奥様。出入りの商人が来ました」


 使用人は、工房へと籠もるアミルに対しては、基本的に干渉を行わない。

 それが昼食の時間であっても、決して扉を開いたり、呼びつけたりすることはないのだ。ただし、これには二つの例外がある。

 まず、夕食。

 基本的に夕食はレオンハルトと席を共にすることになっており、そこでゴーレム作りに関しての進捗を報告する。そして、お互いの情報交換も行うのだ。

 そのためこの夕食の時間だけは、カサンドラもしくはカロリーネが扉を叩き、アミルを工房から出す。ちなみにカサンドラ曰く、「夕食のときにも不干渉となると、さすがに奥様のお体が心配になりますので」とのことだ。一つの、アミルの安全確認の意味も含めている。

 そしてもう一つが、出入りの商人が来たタイミングである。

 エルスタット侯爵家の出入り商人は、当然ながらエルスタット商会だ。しかし、あくまで侯爵家は商会の管理運営だけを行っているため、商品の発注だったり納入だったり、そういった業務には加わっていないのである。そのため、エルスタット侯爵家にエルスタット商会が向かうという謎の状況が発生しているのだ。


「それでは、向かいましょう」


 カサンドラを背に、応接室の方に向かう。

 そして、一応軽く咳払いをした。アミルの口調はレオンハルトから許可をもらっているため、カサンドラに対しては普段通りに話をしている。しかしレオンハルトから同じく、「お客様が来たときなどは控えてくださいね」とも言われているのだ。

 出入りの商人を相手にするには、さすがに貴族の妻らしく振る舞わなければならない。

 すっ、とカサンドラが少しだけ前に出て、応接室の扉を開く。

 そしてアミルが入ると共に、ソファに座っていた男性が立ち上がった。


「はじめまして、奥様」


「ええ」


「エルスタット商会の、カシム・ヒューバートと申します。侯爵家への出入りを任されております」


「アミル・エルスタットです。まず、お品を見せていただいてもいいで……かしら?」


 こほん、と咳払いをして、なるべく貴族の妻として振る舞う。

 しかし商会の男性――カシムは、特に気にしないといった様子で頷き、アミルに対して冊子を出してきた。


「先に、商会の冊子の方を指定されたのですが……間違ってはおりませんか?」


「ええ、問題ありません」


 カシムが差し出してきた、二冊の冊子。

 それは、鉱石の一覧と魔物の素材一覧だ。

 鉱石は、基本的なゴーレムの素材として。そして魔物から取れる素材は、そのものに魔術式が刻まれているため、様々な場所で役に立つのだ。特にドラゴンなど高位の魔物の素材となると、人間では刻めないような魔術式を内包しているものもある。

 ぱらぱらと捲り、そこに掲載されている様々な素材たちに、アミルの口元が緩んでいく。

 うわぁこの素材いいなぁ。うわぁこれも手に入るんだぁ。心の中だけでうきうきと弾みながら、アミルは読み進めていく。


「その……奥様?」


「はい?」


「こちら、私の方からお持ちした……商会で今、人気のアクセサリーが掲載された冊子なのですが」


「いりません」


「……」


 アクセサリー。

 そんなもの、全く興味がない。

 鉱石の一覧を確認して、アミルは眉を寄せる。ひとまず鉄素材のゴーレム作りをするため、試作品も鉄で作る必要があるだろう。現在手元にある、二体目の試作品――あれを基礎として、全体を鉄で構成した上でのバランスを確認した方がいいかもしれない。

 そして、そのために必要となるのは、大量の鉄だ。

 勿論成形で形を整えるけれど、それでもある程度の大きさに揃えている方がいいだろう。


「ええと……こちらは、今貴族の間で人気の化粧品が掲載されている冊子なのですが」


「そうですか」


「奥様も、お試しいただければと思いまして。サンプルのお品があるのですが、奥様に是非とも……」


「いりません」


 鉱石の頁を捲ると、様々なものがある。

 丁寧に比重まで書いてくれているのは、とてもありがたい。やはり、これは職人向けの冊子なのだろう。そして、アミルもまた職人である。

 知らない鉱石も色々あるなぁ、と思いつつ冊子を捲り。


「でしたら、こちらは如何でしょうか。様々なドレス用の生地をご用意しております。勿論、マダム・キルシェに仕立てはお願いすると思いますが、こちらは西方から仕入れた生地の冊子でして」


「……」


「……え、ええ。はい。持ち帰らせていただきます」


 ふぅ、と冊子を閉じる。

 ひとまず、決まったには決まった。

 今後試していきたい素材は色々あるけれど、まずは――。


「では、注文します」


「は、はぁ……? ほ、ほんとに鉱石と魔物の素材だけで……?」


「まず、鉄鉱石を五百キロ。それに銅鉱石を二百キロ。あとは鉛鉱石を四百キロください。魔物の素材は、また冊子を見た上で検討させていただきます」


「……」


 これから、鉄製のゴーレムを作っていくのだ。とりあえず、最低限の量を頼んでみる。

 まず全体を鉄で作って、それでバランスが整わなかったときのために、銅と鉛だ。銅は鉄よりも比重がやや大きく、鉛はそれよりさらに大きい。

 とりあえず注文した素材は侯爵家の倉庫かどこかに入れておいて、適宜取り出したのでいいだろう。さすがに、一トンを超える量の素材を、アミルの工房に運び込むことはできない。


「しょ、承知いたしました……」


「ええ、よろしくお願いします。ではカサンドラ、行きましょう」


「は」


 そしてアミルは応接室を出て、再び工房へと向かう。

 そんな応接室に取り残された男――カシムは。


「……え、奥様、何者?」


 そう、小さく呟いた。

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