第22話 気がつけば

 夕食を終えて、湯浴みを終えて。

 アミルは部屋こと工房に戻ることにした。


 湯浴みについては、食後すぐにカサンドラに案内された。

 別段アミルとしては、食後すぐに湯浴みというのもあまり馴染みがなかったものの、カサンドラ曰く「この機に入れておかないと、奥様は入りそうにありませんので」と、まるで母ハンナのようにアミルのことをよく分かっていた。

 貴族の湯浴みって全部使用人任せなんだなぁ、と体を擦られながら、アミルはしみじみ思った。


「さて、というわけで自由な時間です」


「あまりご無理をなされずに、夜遅くまで熱中しすぎないようにご注意ください、奥様」


「ええ、分かっていますよ」


「そのように、丁寧なお言葉遣いをなされなくても構いませんのに……」


「癖みたいなものですから。カサンドラも、あまり気にしないでください」


 カサンドラの言葉に、アミルはそう返す。

 ちなみにアミルの言葉遣いについてだが、使用人に対して偉そうに振る舞うのはどうしても苦手意識があったため、レオンハルトの方に相談した結果「好きに喋ったらいいですよ」と許可を貰った。そして、それを使用人全員に周知してくれたため、アミルは好きに喋ることができるようになっていた。

 代わりに、「お客様が来たときなどは、出来るだけ控えてくださいね」とは釘を刺されたけれど。


「それでは、わたしは籠もります。カサンドラも、もう戻っていいですよ。多分、出てくるのは夜中ですから」


「承知いたしました。お飲み物などは?」


「水筒に入れて持ってきてくれます? 割と長く作業をするので」


「は」


 短くカサンドラが伝えて、一礼して去ってゆく。

 そして、アミルはひとまずカサンドラが戻ってくるまで、ソファに腰掛けて待つことにした。

 アミル自身も、自分の悪癖を分かっている。作業に熱中すると音は全く聞こえなくなり、扉を叩かれても全く反応しなくなるのだ。そのせいで何度ハンナに怒られたことか分からない。

 そのため、今から工房の方に入ると、水筒を持ってきたカサンドラから受け取ることができない。アミルが工房に入っている間は決して扉を開けないようにと命じられているカサンドラは、ハンナのようにずかずか入ってくることができないのだ。

 だから、戻ってくるまでアミルは待つのだが――。


「お待たせしました、奥様」


「ええ、ありがとうございます」


「では、本日はこれでお暇させていただきます。また明日の朝、よろしくお願いします」


 すっ、と頭を下げるカサンドラ。

 基本的にこの家の使用人は、夜の十九時までが仕事である。十九時になったら使用人用の宿舎に行き、それからは自由な時間を過ごすことが許されているのだ。そして、十九時から寝るまでの間、使用人は夜番の一人だけになる。

 そして夜番はやることが多いため、火急の用件でもない限りは夜番の使用人に仕事を申しつけないように、とも言われている。つまり貴族家であるというのに、十九時から寝るまでの間、身の回りのことは自分でしなければならないということだ。

 全くもって、使用人に対して厚遇が過ぎる家である。


「さて……それでは始めるとしますか」


 もっとも、アミルにとって十九時から寝るまでの間、使用人がいない――そんなことは、全く関係がない。

 というか、日中も正直必要ないくらいだ。アミルが工房に籠もっている間、常に何を言いつけられてもいいようにカサンドラ、もしくはカロリーネのどちらかが部屋で待機しているらしいが、シーツを替えて軽く掃除をしたら仕事が終わってしまうらしい。

 カサンドラはそんなアミルに対して、「これほど出てこない主人は初めてです」と苦笑していた。


 まぁ、何にしても。

 今から、アミルはただひたすらにゴーレムと向き合う時間だ。


「とりあえず、また一から作らないといけないんですよね」


 アミルの手元には、レオンハルトに提出した粘土製の試作品――それは、ない。

 結局、あくまで試作品であり、この試作品を元にゴーレムの改良を重ねていくための土台となる存在であると主張はしたのだが、レオンハルトに押し切られた。

 その主張は、「これほど素晴らしいフィギュアは、僕の部屋に是非飾りたいのです!」とのことだった。その気持ちは、全く理解できない。

 だが結局、アミルが折れた。あくまで試作品であるし、今後の土台になるものであるとはいえ、掛かった時間は十五時間ほどだ。下手にアミルが抵抗してこの素晴らしい環境を失うことに比べれば、試作品を渡してレオンハルトの機嫌をとっておく方がいい、と合理的なアミルは判断したのである。

 つまり、今日はまた一から試作品を手がけていくわけだが。


「まぁでも、一度やっていますからね。まずはレオンハルト様に提出したものと、同じ試作品を一体、それに次は……この少し細いデザインで作ってみましょうか」


 似たような見た目でありながら、その細さや飾り付けなど細部が異なるデザイン案――それを見ながら、アミルは粘土に《成形》の魔術を掛ける。

 ゴーレム作りにおいて、流れというのは基本的に決まっている。

 まずは試作品――それを粘土を《成形》して作成し、《硬化》と《研磨》によって仕上げ、それを全体の土台とする。下手に設計図があるよりも本物が目の前にあった方が、別の素材を《成形》する場合に正確性が増すのだ。

 そのため、試作品は精度の高いものを作らなければならない。つまり、最初から完成品を作るつもりで見合わなければならない。


「ふぅ……」


 球形の胴体――その中身を空洞にし、限りなく壁を薄くし、極限まで軽さを求める。

 それと比べて、足の部分は全体に重みを持たせることを重視する。今のところは全部を粘土で作るわけだが、実際にゴーレムとして作る際には、内部に比重の高い金属を仕込むことで、より安定性を持たせる方がいいかもしれない。

 普通に考えるならば、鉛を仕込むことになるだろう。鉛は、その比重が鉄のおよそ1.5倍ほどになるため、外部を鉄製に、中身を鉛にすればより重みが増す。

 ちなみに、鉛よりもさらに重い金属として『黄金』が挙げられるのだが、さすがに脚部の中身を全部黄金にするわけにもいくまい。


「ふんふーん」


 意図せず、鼻歌を奏でながら。

 アミルは、ひたすら試作品作り――その作業に、没入していた。














「おはようございます、奥様」


「……あれ? もう朝ですか?」


「はい。朝餉の方の準備はしております」


 当然ながら。

 アミルが工房に籠もり、ゴーレム作りに熱中した場合、時間感覚など持っているはずがなく。

 花摘みに行こうと工房から出たら、既に朝日が燦々と輝いていた。


「……レオンハルト様に、工房の中にトイレを作ってもらえるようにお願いしてみましょうか」


「奥様が出てこない未来しか見えませんので、おやめください」

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