第21話 夕食の席にて

 夕食の席。

 一応レオンハルトからは、三食全て自室の方に運ばせるという話は聞いた。しかし、一応ながらアミルはレオンハルトと婚約している立場であり、将来的には侯爵夫人となる人間である。

 今後、社交界に出ることも多少はあるだろうし、食事のマナーくらいは気を付けておかねばならないだろうということで、夕食は基本的に同席することにした。この提案にはレオンハルトも、「確かに、進捗報告の時間は必要ですね」と同意してくれた。アミルが求めていた同意の感じではなかったけれど、まぁ同意してくれたから良しとしよう。


 というわけで今、アミルは夕食の席である。

 目の前には当然ながら、実家では絶対に食べられないであろう美食が並んでいる。とはいえ、コース料理のように一品ずつ出てくるわけではなく、レオンハルトの食べ方に合わせており、全ての料理が同時に並べられた。

 パンを囓りながら海老を食べつつ、スープを一口飲むレオンハルト。口の中で味が混ざったりしないのだろうか。


「それで、進み具合は如何ですか?」


「え、ええ」


 レオンハルトの食べ方は、確かにマナーの上では間違っている方法ではあるけれど、こう何というか、豪快なのだ。

 何も口に出さなくても、食べている姿だけで「うまい! うまい!」と言っているように感じるほど。多分、皿を全部並べた料理人が食堂の端にいるのは、このように全力で感想を表現しているレオンハルトを見たいからなのだろう。

 そんなレオンハルトのことを少し微笑ましく思いながらも、アミルは咳払いをする。


「はい。レオンハルト様が昨日出してくれた、こちらのデザイン案なのですが」


「ええ」


「ひとまず、サンプル品を作ってみました。この出来で間違いないか、お確かめいただければ」


「えっ……!」


 すっ、と箱の中に入れていた試作品――デザイン案通りに仕上げたそれを、レオンハルトに見せる。

 そして、それを出した途端にレオンハルトは席を立ち、急ぎ足でアミルのもとへとやってきた。本来、食事中にこうして席を立つなど、マナーとしてありえないことだというのに。

 アミルの近くに来て、座り込み、テーブルの上に出した試作品――それを、きらきらした眼差しでじっと見つめている。


「うわぁ……!」


「あ、あの……?」


「こ、これは、触っても、いいですか? 動いたりは……」


「か、関節の可動部には真球を使っていますので、とりあえず、動くには動きますが……」


「で、では……!」


 恐る恐る、試作品に手を伸ばすレオンハルト。

 そして子供のように無邪気な笑顔を浮かべながら、試作品の腕を上げたり下げたりしている。

 関節部の真球に対しては、《可動》と《不動》の魔術式を刻んであり、外部から力が働いた場合には《可動》、外部からの力が失われた場合は《不動》の魔術が作用するシステムになっている。そのため、くいっと腕を上げると上げたままで保持されるし、足を動かすのも可能だ。一応、歩行は可能なように仕上げている。

 もっとも、この試作品には核が備わっていないため、自動的に動くことはないけれど。


「これは……何で出来ているんですか?」


「……え? 粘土ですけど」


「粘土!? これが!? こんなにツヤツヤしてるのに!? それに、固いですよ!?」


「え、ええ。《硬化》の上に《研磨》をかけています。金属ほどの硬さはありませんが、木材よりは硬くなるように仕上げています。それに、粘土は多少落としても壊れないくらいに、粘り気がある素材なんです」


「……プラスチックはここにあったのか」


「プラス? あの、何を……?」


 時々、レオンハルトは意味の分からないことを言う。

 というか、ラビに個人授業を受けていたのであれば、《硬化》も《研磨》も習うと思うのだけれど。どちらも、ゴーレム師としては初歩の魔術なのだから。


「いえ、失礼しました……こちらの試作品は、いただけるのですか?」


「……それをお渡しして、どうなされるのですか?」


「部屋に飾ろうかと」


「……何故?」


「そりゃ、フィギュアは部屋に飾らないと」


 レオンハルトの妄言に、思わずアミルは頭を抱える。

 あくまで、これは試作品だ。この試作品はひとまず、体のバランスを取ることに成功した。その上で、試作品を踏み台として別の素材で作る――いわば、鋳造でいうところの鋳型のようなものなのだ。

 それを欲しがられると、今後の研究を進めるために、またアミルが同じものを作らなければならない。


「これは、作るのにどれほど時間がかかったのですか?」


「魔術式を刻んだ部分もあるので、十五時間ほどですね。この、全く構造式が分からないゴーレムを、一から作っていく作業は物凄く楽しいんですよ……!」


「……参考までに、もう一体とか作れたり?」


「可能ですが……既に二体目のデザイン案をいただいていると思いますけど」


「一体目を、もう少し拘りたいと思っていまして」


 レオンハルトが立ち上がり、名残惜しそうに試作品から手を放し、元の席へと戻っていく。そして、その近くに置いてあったのだろう鞄から、数枚の紙を取り出した。

 その数枚の紙を手に、再びアミルの近くへと戻ってくる。


「一体目の、幾つかのデザインを用意しまして」


「……一体目を、何体作るおつもりなのですか?」


「やはり僕としてはアニメ版が一番なのですけれど、白黒の映画版もまた素敵なんですよね。かといって超合金魂のバージョンも好きですし、原作のモッタリした感じもまたいいんですよ。どれにするか決めあぐねていまして」


「……はぁ」


 とりあえず、分からない単語は聞き飛ばしておくことにする。

 ただ、とりあえずアミルは、似たようなデザイン案を何枚か渡された。中には割とスリムボディのものもあったりしているけれど、頭の造形はほとんど同じである。

 これだけ細くしてくれるなら、こちらの方がやりやすいな、などと頭の中で計算しながら。


「ですので、アミル」


「はい」


「ひとまず二十七体目まで試作品を作って、二十八体目で成功させましょう」


「……その数字に、何の意味が?」


 にこにこと笑顔で下された、レオンハルトの決定。

 とりあえず。

 アミルは今後、試作品を二十七体ほど作ることが、決まってしまったらしい。

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