第20話 レプリカ作成

 アミルはまず、レプリカの作成を始めることにした。

 デザイン案は既に存在する。ちなみに、頼んでもないのに二体目――レオンハルトが顔の横に乗るらしいゴーレムの設計図も渡された。

 こちらも何故か、腰から足にかけて鎧の直垂のような謎の構造物が存在しており、肩が無駄に丸く巨大になっている代物だ。唯一、足の大きさだけはそれなりに大きいことだけは評価していいけれど、何故か背負っている謎のポンプ二つに、無駄に巨大すぎる肩は、重心のバランスをとるのが難しそうに思える。そして何より、何故精悍な顔立ちを頭の部分に作らなければならないのかが謎だ。

 あと、レオンハルトは何気に絵が上手い。


「《成形》」


 とりあえず、アミルが行うのはレプリカの作成。

 二体目のデザイン案はあるけれど、まず取りかかるのは一体目だ。丸い体に、申し訳程度の細い手足がついた、騎士の兜を被っているゴーレム。

 その中心となる。丸い体をまず土によって再現する。

 そのための魔術が、《成形》だ。


 ただ粘土を捏ねて、形を作るのとはまた違う。

 土に魔力を通すことで、形を作り、土とは思えないほどの硬度と強度を持たせた上で任意の形にするのが《成形》の魔術である。そもそも粘土では、この丸い体を中心にした、ゴーレムの重さを足で支えることはできないのだ。

 だからまず、全体を《成形》の魔術によって作ったレプリカ――その動きに合わせて、随所の素材を変えていく必要があるだろう。

 ゴーレム師の扱える素材――アミルにとっては土、木材、青銅だ――の区別は、ほとんどがこの《成形》が扱えるかどうかによって決まる。素材によって魔力を通す箇所もまた異なり、《成形》によって形作られる工程もまた異なるのだ。


「……こんな感じですかね」


 まず、胴体が完成した。

 謎の模様――ベルトのような帯と両側から生えた茸のような模様も、デザイン案通りに再現している。

 そして次に、これに会わせる足の部分だ。

 分かりやすく言うなら、円筒を二つ直列に並べたような足。その足から、全体を支えるのは靴のような形をした足底だ。それを、デザイン案通りにまず《成形》していく。

 一通りの作業を終えて、次に行うのは関節可動域の作成だ。

 これは関節部と関節部の間に球状の素材を入れ、魔力によって結合し、前後左右に関節が曲がるための構造だ。先に胴体のくり抜いていた部分に球体を入れ、そこに下肢の上部分――人間で言うならば腿にあたる部分をまず装着する。

 そして、腿からさらにもう一つ球体を装着し、今度は脛にあたる部分を装着。これが、膝関節となるものだ。

 さらにもう一つ球体を装着し、そこに足底。これが、足首である。

 逆側も同じ作業を繰り返し、ひとまず胴体に下半身を追加することはできた。


「……」


 残す工程は、上肢と頭だ。

 だけれど、この時点で既に分かる。


「……これ、どう考えても立ちませんね」


 立位が、保てないのだ。

 丸い体に対して、足底の大きさがあまりにも小さい。どうにか全体でバランスをとれば、一時的に立位を保つことは可能になるだろうけれど、僅かにでも動けばすぐに崩れてしまう。そんな、アンバランスな体なのだ。

 さらに、ここに腕と頭が加わるとなれば、その重さもまた計算に加えなければならない。


「……とりあえず、この足でどうにか胴体を支える必要があるのですが」


 細い足。それでどうにか、土の塊である胴体を支える――。

 そこで、アミルに天啓が降りた。


「そうです。胴体部分は、中身を空洞にしてしまいましょう。中身がなければ、重さは最低限になります」


 下肢から胴体を外し、《成形》の魔術を解除して土に戻す。

 そして、次に行うのは同じ《成形》であるけれど、中身を空洞にした胴体の作成だ。関節が装着される部分だけは厚めに、他は薄めに。

 こんこん、とそこで工房の扉が叩かれた。


「……」


 当然、そんな音はアミルに聞こえていない。一度ゴーレム作りに熱中してしまうと、周りの音が聞こえなくなるのがアミルの悪癖だ。

 重さを限りなく削るため、必要最低限の部分を薄く、薄く削り取る。


「奥様、お食事の方をテーブルに置いておきます。紅茶の方は、また後ほど奥様が出られましたら準備をさせていただきます」


 外から聞こえる侍女――カサンドラの声。

 しかし、アミルは返事をしない。それは当然、集中しているからだ。

 これが実家ならば、母のハンナが扉を思い切り開き、「早く出ておいで! ご飯だよ!」と引っ張り出されるところだが、幸いにしてここはエルスタット邸である。もしアミルの返事がなくても、決して扉を開けないようにレオンハルトから言い渡されているのだ。仮に、日光に弱い素材などを使っていた場合、取り返しがつかなくなるためである。

 そしてアミルも人間である以上、いくら作業に集中していても腹が減るときは減る。喉が渇くときは渇く。


「ふぅ……」


 完成した胴体を、下肢に装着する。

 そして立たせてみると、やはりアミルの計算通りだった。上半身の重さを限りなく削り、その代わりに下半身の重さを限りなく増やすことで、安定感は得ることができる。

 軽い上半身が多少揺らいでも、重い下半身によってそれを維持することができるだろう。あとは、上肢と頭も中身を空洞に作ればいいだろう。

 同じような手順で《成形》の魔術を駆使し、アミルは両方の上肢、そして頭を装着する。当然ながら、その全て関節部に球体を仕込んでいる。このまま魔力回路さえ通せば、ゴーレムとして自律起動することは可能だろう。

 レオンハルトから出されたデザイン案――それが極めて小さなレプリカとして再現されたそれが、アミルの机の上で完成する。


「ひとまず、重心の問題はこれで解決……いえ、まだですね。レオンハルト様は鉄製のゴーレムをお待ちですし、鉄製になるとまた重さが異なることになります」


 素体はできたが、あくまで素体だ。

 それも、土で作っただけの人形である。これを完成品まで持っていくのは、なかなか難しいだろう。それでも、必要のない部分を削り、必要な部分だけの重みを増すことで、多少バランスが崩れているゴーレムでも、姿勢維持が可能だと分かった。

 それだけでも、一つの前進だ。

 ぐぅっ、とそこでアミルの腹部が動く。


「……食事にしましょうか」


 よいしょ、とアミルは立ち上がり、ぐっと体を伸ばす。

 そして、扉から外に出て――。


「奥様、昼食をご用意しております」


「え? あ、え、ええ、ありがとうございます」


「紅茶の方をご用意いたしますので、少々お待ちください」


 アミルの知らない間に、テーブルに置かれていた昼食。

 それは当然、アミルが食べやすいようにパンに挟んだ肉。そして食べやすい野菜のスティックだ。アミルが熱中し、工房の中に持ってきても大丈夫なように、片手で食べることができる食事が用意されている。

 そして間もなくカサンドラが戻ってきて、紅茶と砂糖壺も同じくテーブルに用意された。


「どうぞ、奥様」


「……ここは天国ですか?」


「いいえ、エルスタット侯爵家のお屋敷です」


 そんなアミルの妄言に対して、カサンドラが極めて冷静にそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る