第16話 妄想するお茶会

 まず、レオンハルトからの条件――筐体に二本のレバーと二つのボタンがついた装置によって遠隔操作ができるゴーレムについて考えてみる。


 普通に考えれば、二本のレバーは前後左右を操作するものになるだろう。左のレバーを動かせば前進、後退を行う。右のレバーを動かせば右折、左折を行う。これは現在でも、田舎で使われている水撒きゴーレムの機構と同じだ。

 しかし、水撒きゴーレムは極めて単純な作りであり、前後左右に動かし、ボタンのオンオフで水を撒くか止めるかを操作するものだ。そのため、見た目も丸椅子に四つの車輪がつけてあり、上に噴水を撒くための水の噴出口がついているだけのものである。

 ちなみにこちら、ゴーレムと名をつけてこそいるけれど、エルスタット商会によって作られた農具の一つである。


「それにしても、レオはどうしてそんなに素晴らしい商品ばかり思いつくのかしら。その才能を、うちの子供たちにも分け与えてほしいものだわ」


「いえいえ。王子殿下は皆、聡明でいらっしゃいますよ。特に第一王子のミシェル殿下は、王立学院でもトップの成績だとか」


「いや、将来はこの国を背負って立たなければならぬ者だ。それくらいの成績は修めてもらわねば困るというものよ」


「ははは。手厳しいですね」


 前後左右に動くとなれば、下半身はキャタピラ機構を採用した方がいいかもしれない。

 だけれど、それだと誰にでもできる簡単なゴーレムでしかないだろう。そして、アミルの師匠であり一流のゴーレム師であるラビからして、「俺でも難しい」と言わしめた要求だ。そのような手抜き機構では、笑われるというものである。

 ならばレバーを押すことで、四肢を安定させて前進、後退、右折、左折を行えるバランス機能をつけなければならないのだ。

 中央核に『不変』の魔術式を刻んで、簡単に転倒しないバランス調整を行い、四肢にアラクネの糸で疑似神経回路を繋ぐことによって、四肢の連携した動きをまず認識させる必要があるだろう。

 人間が歩くにあたって行っている、無意識下での運動管理――それを全部魔術式に刻んでいくとなれば、途方もない時間がかかる。


「国を背負うというのは、それだけの重責だ。生半可な覚悟では、王位を継承させるわけにはいかん。レオ……お前も、ミシェルを支えてやってほしい」


「王子殿下からすれば微々たる力でしょうが、精一杯努めさせていただきます」


「あら。レオのカップが空になっちゃったわね。誰か、お茶を持って――」


「ああ、いえ、大丈夫です。もう間もなく商談の方が入っておりますので」


「あら、そうだったの。それじゃ、あまりゆっくりしていけないのね」


 レバーを二つ――それを頭の中で、様々な想像で作っていく。

 ゆっくりとレバーを押せば、ゆっくりゴーレムも動く。素早くレバーを押せば、素早くゴーレムが動いてくれる。そのための機構として必要なのは、やはり関節可動部の強さになってくるだろう。

 黒曜石を磨いて作ったゴーレム――クロウは、この関節接合部の隙間を限りなく排除し、しかし軽い遊びを入れて作ったために衝撃にも強くしていた。だけれど自律行動してくれるゴーレムと違い、レバーによる操作が必要になるということは、こちらの都合でゴーレムを動かしたり止めたりすることが自在であるということでもある。つまり、本来自律行動では掛からないはずの、急激な負荷が掛かる可能性が高いのだ。

 この関節可動部に使う素材については、割と吟味しなければいけないかもしれない。

 それこそ、レオンハルトの言っていた様々な高級金属――魔紅鋼ヒヒイロカネとか。


「では、また次の商品に取り組んでいるということか?」


「ええ。今度の商品は、字が汚い文官の文字でもちゃんと読めるように、文字盤を打つことで書類の方が作れる製品を発表しようと思っております。ほとんど機構の方は完成していて、あとは量産を待つばかりです」


「ほほう。して、その商品とは?」


「ええ……タイプライターといいます」


 割と、大きな実験場が必要かも知れない――アミルは唐突に、そう考える。

 調整しても、そう簡単に転ばないゴーレムというのは難しいのだ。どうしても何度も何度も試行錯誤し、その上で的確なバランスを把握しなければならない。何せゴーレムは大量生産というわけではなく、一つ一つがオーダーメイドなのだ。過重が少しでも前後にずれるだけで、魔術式の二割は書き換えなければならない。

 勿論、それはどんなゴーレムでも同じことだけれど、特にレオンハルトの求めるゴーレムは、巨大なものが多いのだ。

 まず小さく雛形を作り、その調整を行ってからパーツ一つ一つを大きくしていく――その方法がベストかもしれない。


「おぉ、それは便利そうだな。文官はいかんせん、字が汚い者は本当に汚いからな……余も、面倒な報告書を何度読んできたことか」


「そういったお悩みもタイプライターを用いれば、簡単に全員が同じ書類を作ることができます。手書きの方は早いことは否めませんが」


「いや、素晴らしい。商品として売り出されたときには、王城の方でも導入するとしよう」


「ありがとうございます」


 まず、ミニチュアでレオンハルトの求めるゴーレムを作る。

 そのミニチュアを確認してもらって、レオンハルトが違うかどうか判断する。その判断の結果、違うと言われた場合は一からやり直しだ。

 こうなったら、いっそのこと持っているアイデアを全部出してしまおうか。

 例えば、下半身がキャタピラ機構になっているもの。

 例えば、本来の関節の角度とは逆に足が設置されているもの。

 例えば、下半身を取り外して風の魔石で浮くようにしたもの。

 色々と出していって、一番レオンハルトが気に入るものを出せば――。


「……ミル」


「……」


「アミル?」


「はっ」


 じゅるり、と涎が出そうになるのを堪える。

 今から試作品を作っていく、というだけで楽しみすぎてトリップしていた。会話なんて全く聞いていない。

 ただ、心配そうにアミルを見つめるレオンハルト。


「どうかしましたか?」


「え……い、いえ、別に……」


「大丈夫ですか? もうそろそろ、お暇しようと思っていたのですが」


「あ、はい」


 とりあえず、話は終わったらしい。

 むしろアミルとしては、もっと思索に耽りたかったというのが本音ではあるけれど――。

 レオンハルトが立ち上がると共に、アミルも同じく立ち上がる。結局、お茶は一口も飲まなかった。


「では、僕はこれで失礼します。本日は、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「ああ、勿論だともレオ。気にせずいつでも遊びに来てくれ」


「ええ、そうよレオ。あまり根を詰めすぎないようにね」


「ありがとうございます。それでは」


 レオンハルトが一礼、アミルもそれに続く。

 しかし、その後応接室を出る、最後まで。


 国王も王妃も、アミルを一瞥すらしなかった。

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