第17話 キャタピラに対する反応

「不愉快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」


 王宮から出て、帰りの馬車。

 唐突に、アミルに向けてレオンハルトが頭を下げた。

 いきなりの謝罪に、意味が分からずアミルは首を傾げる。


「……何がですか?」


「いえ、両陛下の態度は……まるでアミルを、いない者かのように扱うようで」


「はぁ」


「僕に対しては、とてもお優しいお二人なのですが……どうしても、身分で人のことを見る様子なのです」


「……」


 まぁ、言うことは分からないでもない。

 実際あの場において、アミル自身がかけられた言葉など一つもないのだ。そして、アミルという婚約者を紹介している場面であるというのに、自分の娘――王女を売り込むような様子だったのも、確かに不快ではあった。

 だけれど、まぁ。

 下手に成功して、今後とも王家でお茶会を云々とかなるよりは、ましな未来だろう。


「今後、王家の主催する夜会には出席してもらおうと思っていましたが……やめておいた方がいいかもしれませんね。僕も、仕事を理由に断っておきます」


「それは、確かにわたしが助かりますが」


「そもそも夜会も、別に出席する必要はないんですよ。ただ今まで独り身だったものですから、父に無理やり行けと言われていまして。今後は妻を迎えたことだし、仕事で忙しいという体裁にします。絶対に断れない会以外は、出なくて大丈夫ですので」


「はぁ……」


 レオンハルトが、溜息を吐きながら肩をすくめる。

 当然ながら、それはアミルにとって利しかない提案である。マナーの一つも覚えていないアミルにとって、夜会など針の筵が敷かれる場所でしかないのだ。

 王家が主催するものだけは出席する、という契約が、そのまま絶対に断れない会だけは出席する、に文言が変わっただけである。


「もう少し行って、商店街の方で止めてくれ」


「はい、旦那様」


 御者をしている家宰――ライオネル・セバスがそう答える。

 そしてレオンハルトが、その眩しい笑顔で再びアミルを見てきた。


「先程も言いましたが、商談が入っていますので僕はもうすぐ降ります。あとは、ライオネルが屋敷まで連れていってくれますので、以降は自由にしてくれて構いません。当初の言葉通り、食事は三食、お部屋の方に運ばせますので」


「ありがとうございます」


「ただし……約束のゴーレム、お願いしますね」


「分かっています」


 レオンハルトの求める、三種類のゴーレム。

 今後、アミルが研究室で研鑽を重ねていくのは、それになるだろう。二本のレバーで動かすことができるゴーレム。音声認識で行動を行えるゴーレム。そしてレオンハルト自身が体の中に乗り込めるゴーレム。

 これを作るのに、どれほど苦労するかは分からない。だけれど、その道筋を追求していくことに、アミルは歓喜しか感じない。一流のゴーレム師であるラビでさえ、難しいと言っている技術――それを作ることができる一流の環境があって、高揚しないゴーレム師などいないだろう。


「ただ、レオンハルト様。一つお伺いしたいのですが」


「ええ」


「例の、レバー二つで操作できるゴーレムなのですが」


「ええ、ええ!」


 ぐいっ、とアミルの方に乗り出してくるレオンハルト。

 その眼差しをきらきらと輝かせて、まるで無邪気な子供のように笑みを浮かべている。


「何か、思い浮かんだのですか!?」


「え……」


「ああ、もう。こんなことなら、昨夜のうちにデザイン案を出しておけば! か、必ず、今日中には出しますから! 割と無骨な見た目に……」


「あ、い、いえ、そうではなく!」


 近い近い近い。

 輝くような男前がこれほど近いと、随分心臓が跳ね回るものだと、そう思う。どことなく甘い匂いがしたのは、ムスクだろうか。

 乗り出してきたレオンハルトに対して、むしろアミルは退いてしまい。


「その……き、機構に関して、少し伺おうと……」


「あ……そ、そうでしたか。失礼しました。いえ、何か進展があったのかと」


「まだ、まともに研究もしていませんし……頭の中で考えていただけなのですが」


「ええ」


 とりあえず、少し聞いてみるだけならば良いだろう――そう考えたのだけれど、思った以上に興奮されてしまった。

 そんなにも、ゴーレムが出来上がるのを楽しみにしているのだろうか。


「その……レバーを二つで動かすゴーレムなのですが、どういった形状をお求めなのかと」


「形状ですか?」


「ええ。単純に四方の移動を行えるようにするには、下半身をキャタピラにするのが手っ取り早いのではないかと思います」


「……」


「二足歩行よりも安定感は増しますし、大きめのキャタピラにすれば多少の段差は乗り越えることができます。そうすれば、もう片方のレバーで上半身の操作をすることができるかな……と……ええと……どうされました?」


 アミルの説明の途中から、何故かレオンハルトが両手で、自分の顔を覆っていた。

 何か気に障ることを言っただろうか――そう思いながら、恐る恐る窺う。

 震えながら、しかし顔を覆っている手の下側――そこから見える口元が、笑っていた。


「ああっ……確かに、タンクにはタンクの良さが……! でも、タンクと並べるならキャノンも欲しい……!」


「……?」


「これは、滾る……! ふぅ、失礼しました。いえ、そちらの研究も同時に進めてください。ですが、基本的には二足歩行だと思って頂ければ。特に鉄人は、二足歩行でないと」


「……鉄製の方がよろしいのですか?」


「できれば。無理ならば大丈夫です」


「……」


 鉄人、と謎の言葉が発せられたことで、アミルが何気なく聞いたことだけれど。

 これは同時に、職人アミルに火を点ける言葉でもある。

 無理ならば大丈夫です――それは意訳すれば、できるものならやってみろ、と同じだ。

 現在、アミルがゴーレムを作れる主素材は、土と岩石と青銅。鉄は、まだまともに作ったことがない。何故なら、素材が高かったから。

 やってやろうじゃないか――そう、心の内だけでアミルは燃え上がる。


「承知いたしました。では、屋敷に戻ったら早急に研究に移ります」


「ええ。ああ、ライオネル。ここでいいよ」


 市中で馬車が止まり、そのままレオンハルトが降りる。

 侯爵閣下だというのに、護衛などは――そう心配していると、既に護衛はそこに待機していたらしい。数名の鎧姿の男に囲まれ、レオンハルトがアミルに向けて手を上げた。


「それでは、アミル。また屋敷で」


「はい」


 優しく完璧で、金持ちの侯爵。

 しかし、好きなもの――ゴーレムに対しては、何故か子供のような反応をするレオンハルト。

 そんな彼に対して。


 とくん、と僅かに、アミルの胸が高鳴るのが分かった。

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