第12話 アミルの工房

 お茶を飲み終えて、アミルは再びお屋敷の中に入った。

 ラビから脅されたことで若干の不安はあったけれど、それは現在払拭されている。レオンハルトの望み――その三種類のゴーレムは、どれもかなりの難易度を誇る注文だ。ラビでさえ難しいと言っていた、その意味が分かるほどに。

 だからこそ、逆に安心したのだ。

 アミルをただ囲い、楽園を与えるのではなく、その代わりに無理難題を与える――それでこそ、魔術師として等価交換になる。


「こちらが、アミルの私室になります。あちらの奥の扉が、工房になっています」


「……工房を、見てもよろしいですか?」


「ええ。僕はあくまで素人なので、大したものは用意できなかったのですが」


「失礼します」


 レオンハルトの言葉など、もう聞こえない。

 私室が妙に豪華だとか、天蓋がある寝台がふかふかそうだとか、シーツが綺麗に整えられているとか、そこにメイド服の女性がいるとか、そんなこと全く気にならず。

 ただ、アミルの興味は工房――これからアミルが、ゴーレムの研究を行う場所にだけ注がれていた。


「……」


 扉を、ゆっくりと開く。

 一瞬は、真っ暗。実家だと無理やり雨戸をつけていたため、やや漏れていた光――その一条すらもない。完全なる闇だ。

 この環境ならば、光に極端に弱い性質を持つ触媒でも、問題なく保管することができるだろう。実家だと手を出せなかった素材も。

 そして、少し後ろでレオンハルトが小さく呟く声が聞こえた。


「――≪光よ≫」


 古語で告げたそれは、魔術式を秘めたもの。

 同時にそれは、近くにある魔道具の起動呪文――。

 暖色の光がゆっくりと燃え上がり、そして部屋の中を照らす。


「一応、古語で≪光よ≫って告げてもらえれば、光る魔道具を天井に設置しています。ラビ先生から高値で購入した、触媒の阻害にならない光源です」


「まさか、蛍火石……!?」


「そうです。月光の力を秘めた魔石――蛍火石を中央に置いたランプを設置しています。これならば、工房の光源にもなると聞きました」


「……」


 あまりにも規格外すぎる内容に、今の時点で驚愕する。

 蛍火石――それは、ほとんど流通されない幻の鉱物の一つとされる存在なのだ。魔力を込めることで光る性質は、通常の光の魔石と変わらない。しかし、光の魔石が日光に近い性質を持つことに比べて、蛍火石は同じように光りながらも、その性質は月光に近いのだ。

 値段にして、ただでさえ高い光の魔石――その数十倍。アミルには、その値段すら想像できないような塊が、煌々と輝いている。


「槌は、魔銅鋼オリハルコン製のものを用意しました。工具は、刃の部分が全て魔金剛アダマンタイトで出来ています。魔白銀ミスリルの方はあまり数が用意できなかったので、ひとまず鉱石として作業机の方に置いてあります。必要ならば、魔紅鋼ヒヒイロカネ魔鉄鋼ダマスカスも用意はできますので、言ってくださいね」


「あなたが神か」


「……はい?」


「いえ、何でもありません。思わず口走ってしまいました」


 アミルが逆立ちしても手に入らないと思われる、超高級素材でできた工具たち――その凄まじさは、見ている輝きだけで分かる。

 これでゴーレムの核を掘れば、どれほど規格外の魔力を込めることができるだろう――そう、うずうずしてしまうほど。


「……研究は、いつから始めていいですか?」


「いつでも……と言いたいところですが、少しだけ待ってください。明日の昼に、国王陛下より登城するように言われております」


「そうなんですか」


「ええ。ですので、明日というのは少し急ではあるのですが、仕立屋を呼んでます。仕立屋に、ひとまず幾つか持ってきてもらうように言ってありますので、サイズ合わせをしないと」


「はぁ、大変ですね」


 まぁ、アミルには関係のない話だ。

 明日、レオンハルトが登城するにしても何にしても、アミルはこの家にいるわけだし。何なら、許可なんて貰わなくても、今日から早速始めれば――。

 こほん、とレオンハルトが軽く咳払いをした。


「少し、勘違いをしている様子ですが」


「はい?」


「アミルも一緒に行くんですよ?」


「………………え、何故?」


 思わず、そう反射的に尋ねてしまった。

 アミルは決して良家の令嬢というわけではないし、たまたまゴーレム作りが達者だったから、レオンハルトに拾われたようなものだ。そんなアミルが、何故王城になど向かわなければならないのだ、と。


「一応、我が家は一年ほど前に、侯爵を叙爵されたばかりでして」


「ええ」


「そのときに僕が家督を譲られたのですが、それから国王陛下が僕の婚姻について、心配してくれていまして。何なら王女を娶るか、などとご冗談も言われたのですが」


「多分それ冗談じゃなくて本気だと思いますけど」


 将来有望な侯爵家を、縁戚にしておきたいのは王の本音だろう。

 そんなアミルの言葉に対して、レオンハルトは肩をすくめる。一つ一つの所作が、なんだか腹が立ってくるほどに男前だ。


「ですので、僕がアミルを妻に迎えるという話をしたところ、一日でも早く連れてこいというお話になりまして」


「……」


 まずい、と心中で警報が鳴り響く。

 母ハンナからのマナー講習――その全てをブッチしてやってきたアミルは、マナーについて全く分からない。王家を相手にするのに、どのような態度で臨めばいいか、さっぱり分からない。

 そんな女が隣で「妻です」と紹介される――もうそれは、悪夢にしかならないのではなかろうか。


「まぁ、少し顔を見せる程度です。お茶くらいは出されるかもしれませんが、それほど長い時間ではありませんので」


「……」


「アミル? どうしました?」


「……」


 最高の環境と、最高の設備、そして最高の素材。

 そこに並んでいた全てが、魅力的に思えて高揚してきたと同時に。


 最悪の立場と、最強の旦那、そして最低の自分。

 光の速さで高揚が、胃の痛みに変わった瞬間だった。

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