第7話 全ての真実

 ラビの言葉を、暫く考えてみる。

 正直、全く分からない。そもそも、この家にはアミルがいる。そして、ラビはアミルを訪ねてここまでやってきた。だというのに、アミルがいなくなった場合のためにゴーレムのメンテナンスを営業にやってきた。

 つまり、ラビは――。


「……先生、もしかしてご存じなのですか?」


「何をだ?」


「わたしが……その、婚約したことを」


「ああ、本人から聞いたよ。嬉しそうだったぜ」


「……」


 婚約者――レオンハルト・エルスタット侯爵。

 その本人が、ラビへと報告した――その意味が分からず、アミルは眉を寄せる。

 そもそも、ラビとレオンハルトが知り合いということ自体、初耳であるのだが――。


「何故、先生とレオンハルト様がお知り合いなのですか?」


「なんでって、俺は一応、レオの先生でもあるからな」


「……それは、一体」


「一時期、家庭教師をしていたんだよ。土魔術――それも、ゴーレムに関する授業をな」


 ラビは、公認のゴーレム師である。

 そのため学院での授業も基本的には週に一回、残りは全て国中を回ってゴーレムのメンテナンスを行っているらしい。だからアミルも、ラビがやってくる日だけは全く予定を入れず、放課後にラビへの質問事項をまとめて持っていく形にしていた。

 それほど、ゴーレム師というのは忙しいのだ。特に今、作物の収穫が始まっている現在は、ゴーレムの稼働率が上がるから。


「変わった奴だったよ。ゴーレム以外の授業は必要ない、って最初から最後までゴーレムの授業しかしなかったな。もっとも、あいつ魔術適性が火属性特化だったんだよ。相当簡略化した術式を教えて、それで土のゴーレムを作るのが精一杯だった。ありゃ、大変な案件だったぜ」


「……そう、だったのですか」


「ああ。そっからは割と仲良くしていてな。俺が王都に行く日があったら、大抵あいつと飲みに行ってんだよ。んで、どうも最近周りから結婚結婚言われて困ってるって話をこの前一緒に酒飲んだときにしていてな」


「……はぁ」


 ラビとレオンハルトが共に飲む酒。

 片方はゴーレム師で、もう片方が大貴族。どれほど豪華な飲み会だったのだろう。


「誰かいい人いませんかねー、って相談を受けてだな」


「限りなく嫌な予感しかしないのですが」


「丁度いいから、アミルを勧めておいた」


「……せめて、わたしに一言あってもいいんじゃないですか?」


 勝手に、大貴族の結婚相手に勧められていた。

 アミル自身、エルスタット侯爵家との繋がりなど全くなかったし、どこから情報を仕入れたのかと思っていた。唯一、学院だけが他の貴族と繋がりのある場ではあったけれど、誰とも関わることなく三年間を終えたのだ。

 唯一、目の前の男性――ラビを除いて。


「なるほど……ありがとうございます。ようやく、疑問が氷解しました」


「おう、それなら良かった」


「いえ、良くはないのですが……何故、わたしを推薦なさったのですか? 正直わたしは、それが非常に疑問でして」


「ほう?」


 今回の縁談――ラビの推薦であるということは、よく分かった。

 だけれど、同時に浮かんでくる疑問は幾つもある。そもそもアミルはメイヤー伯爵家という家柄であるものの、貴族家の中で家格は非常に低い位置にある。名前こそ伯爵家ではあるものの、王国からもほとんど忘れられた家だと言っていいだろう。

 そんなメイヤー家は、エルスタット侯爵家には明らかに向かない家柄である。新興貴族ではあるけれど、飛ぶ鳥を落とす勢いのエルスタット侯爵家なのだから、もっと良い家柄と繋がりを得た方がいいはずだ。

 それを何故、わざわざアミルに――。


「んー」


 ぽりぽり、とラビは無精髭の生えた顎を掻く。

 そして煙草を無造作に足元に落とし、そのまま足で踏みつけた。そして火が消えていることを確認して、手元の袋の中に入れる。ポイ捨てであれば注意しようと思ったが、多分純粋に火を消したかっただけなのだろう。

 うん、とラビは一つ頷いて、唐突に話題を変えてきた。


「なぁアミル。お前、次のゴーレム師試験受けるつもりあるのか?」


「試験、ですか……?」


「ああ。二年に一度、冬に王都で試験が行われる。来年の頭だな。毎回、百人以上は挑戦してるが合格する奴はゼロか一人だ。俺んときは、俺だけだったな」


「……そんなに難しいんですか?」


 公認ゴーレム師。

 その資格を取得するために必要な技術は、まず三つの素材でゴーレムを作ることができる、という技能だ。ラビのように土、岩、木材、鉄、青銅――様々な素材で作ることができるかをまず問われる。

 さらにその生成したゴーレムに対して三つの異なる命令を行い、その命令を並行的に行えるか――単純作業だけでは駄目で、それなりに複雑な命令を与える必要がある。

 そう聞けば、アミルからすれば問題ないのだが――。


「ちなみに、俺も一回落ちてるからな? そのときは、合格者ゼロだったわ」


「……先生が落ちるほど?」


「ああ。お前、純粋に三種類以上の素材でゴーレムが作れりゃいいって考えてんだろ?」


「ええ」


 ゴーレム師試験について教えてくれたのは、ラビだ。

 その詳細までは、さすがに教えてくれなかったが――。


「確かに、三種類の素材で作れっていうのが第一の課題だ。この時点で、三種類以上作ることができなきゃならん。何せ試験は、決まった三種類が出てくるんだよ」


「……え」


「俺が落ちたときには、土、翡翠、銅だった。銅はどうにか青銅の応用でどうにかなったが、翡翠だけは全く無理だった。どう魔力を流していいか分からんし。時々研究はしてるが、翡翠のゴーレム生成だけは今でも無理だな」


「……自由なのではなく、指定の素材で作れということですか?」


 それは確かに、想定以上の難易度になる。

 初めて触るような素材は、現在のアミルに作ることのできる素材――そのやり方を応用して、その場で術式を作っていかなければならない。

 確かにそれは、合格者もほとんど出ないはずだ。


「そうだ。ま、挑戦するんなら紹介状書いてやるよ」


「うぅん……」


「まぁお前なら合格するだろうが……ただお前、多分受けねぇだろ?」


「……」


 心の内を見透かしたみたいに、ラビが笑いながら言った。

 そしてそれは、確かにアミルの考えていたこともあった。受けたくない、という。


「ま、研究の時間は少なくなるし、自分の趣味でゴーレムも作れねぇ。メンテのために、休む間もなく王国中を飛び回る……正直、自分でもやってらんねぇよ」


「ええ……正直、心から遠慮したいです」


「だから、お前を推薦したんだよ。あいつに」


 えっ、とアミルはラビを見る。

 ラビは嬉しそうに、アミルの頭をぽん、と叩いて。


「ゴーレムの研究と生成に、最高の環境を用意してやってくれ、って頼んでおいたからな。あいつ金持ちだから、貴重な素材とかいっぱい使えるぞ」


「だからあんな最高のご提案をされたのですか!」


 色々な疑問が氷解すると共に。

 今まであった疑念――何故わたしが、というアミルの心の靄が、晴れたような気がした。

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