第8話 ついに嫁入り
宣言通り、ラビはアミルの父――ウィリアムに対して、しっかり営業して帰った。
その文言は、つまるところ「アミル嫁に行ったら、ゴーレム管理する人いなくなりますよー」の一点張りである。
現状、ゴーレムの労働力としての有用性を認識しているメイヤー領において、アミル以外にゴーレムのメンテナンスを行える者はいない。そして、そんなアミルが領地を離れてしまうということは、誰もゴーレムを管理できなくなるということだ。
最初は、多分問題ないだろう。しばらくは、何もしなくてもゴーレムは勝手に動いて勝手に作業をしてくれる。だけれど、その全身は少なからず損傷していくのだ。メンテナンスを怠るということは、それだけゴーレムの寿命を縮めていることと同じである。
そしてゴーレムの労働力に慣れてしまった領民は、ゴーレムが壊れたとなれば次のゴーレムを求める。求める先は当然、領主であるウィリアムに対してだ。
もしもメンテナンスを頼むことなくゴーレムが壊れてしまった場合、修理が可能なようであれば修理費がかかり、修理できないほど損傷が進んでいる場合は、新規のゴーレム購入を行わなければならない。修理費は安くても金貨十枚、新規で作成となれば金貨三十枚からが適正料金である。
比べメンテナンスは月に一度、ラビが訪れてゴーレムの全身を確認し、微調整を行う――これを年間でゴーレム二体あたり金貨一枚。つまるところ、うちの領で言うなら年間二枚だ。
ウィリアムは渋っていたけれど、最終的には頷いてくれた。
途中で「アミルが月に一度くらい戻ってきてくれたら……」などと宣っていたが、残念ながらこれからアミルが嫁ぐ先――王都は、どんなに急いでも馬車で三日はかかる距離である。メイヤー家は、それだけ僻地なのだ。
実際、レオンハルトはメイヤー家を最初に訪れてから七日後にやってきたが、ほとんど王都に到着して、すぐにまたやってきたのと同じである。
結局、年間で金貨二枚の契約を行うことになり、ラビはほくほくした笑顔だった。
「ふー。新規の案件がまとまってくれて良かったぜ」
「別にそれほど営業しなくとも、ラビ先生ならいくらでも顧客がいるでしょうに」
「いや、この立地が丁度良かったんだよ。向こうの領地も、あっちの領地も俺の管轄だからな。通りがかりにメンテすりゃいいだけの話だ」
玄関先で、嬉しそうにラビがそう言って、馬車へと乗り込むのを見届ける。
御者などは雇っていないらしく、その御者台にラビ自らが乗り込んでいた。その代わりに、荷台に載っているのは数体の木造ゴーレムである。護衛などを雇う代わりに、自分で作ったゴーレムを護衛代わりにしているのだろう。
「んじゃアミル、またな」
「はい」
思わぬ邂逅だったけれど、アミルからすればラビは信用できる人物だし、そのラビがレオンハルトに対して紹介したという理由も聞けて良かった。
そうでなければ三日後まで、アミルはずっと「あの人は何を企んでいるのだろう……」と疑心暗鬼にかられたままで過ごしていたことだろう。
「ああ、そうだ」
「はい?」
しかし、そんな去り際。
ラビが、思い出したようにそうこちらを振り返り。
「あいつ……レオなんだがな、多分、ちょっと面倒臭いことを言い出すと思う」
「えっ……?」
「まぁ、お前にはいい課題だろうな。俺でも割と難しいことを要求されるから、それは覚悟しとけ。でも、こなせりゃお前はゴーレム師として一流を名乗っていいぜ」
「そ、それはどういう……」
「じゃなー」
馬車が走り出し、ラビが去っていく。
思わぬラビとの邂逅によって、解けた疑問。これで、何の憂いもなくエルスタット侯爵家へと向かうことができると、そう思っていたのだが。
何故かラビは、そんなアミルに、疑心暗鬼の種を植え付けて。
そのまま、走り去っていった。
三日間は、あっという間に過ぎ去った。
アミルはある程度の荷物を纏め、部屋の片隅に置く――その作業に、三日間忙殺されていたと言っていいだろう。
そして、この三日間はゴーレム――アイビス、クロウ、ロビン、パンプキンパイの四体には、一切触っていない。ラビが契約締結と共に全部のゴーレムの状態を確認しており、その状態に合わせてスケジュールを組むことは分かっているのだ。下手に、アミルが手を入れるわけにいかない。
そのため、三日間はほぼ荷物整理ばかりをしていたのだが――。
「はじめまして。小生はエルスタット侯爵家の家宰を務めております、ライオネル・セバスと申します」
「はじめまして、アミルさま。わたくしは、アミルさまの側仕えを命じられましたカサンドラと申します」
「え、ええ。よろしくお願いします」
ついにやってきた、嫁入りの日。
本来、王都まで三日かかる距離にある我が家だというのに、レオンハルトが去って三日後にやってきたのは謎極まりない。恐らくレオンハルトが、先に手配していたのだろう。アミルが結婚式まで待たずに来るだろう、ということを見越して。
そしてまず、やってきたのは二人――初老の男性と、背の高い褐色の女性。
家宰こと、ライオネル・セバス――こちらは白髪の多く混じった髪を固めて後ろに流している、
そして女性、カサンドラはアミルよりも拳二つは背が高く、アミルと違って出ているところはしっかり出ている女性だ。こちらは汚れの一つもない侍女服に、フリルのついたエプロンを装着している。
「では、まず当家より、結納金でございます」
「ひぇぇ……!」
馬車からまず下ろされたのは、大量に金貨の入った革袋。
あまりの大きさにウィリアムは言葉を失い、ハンナはあんぐりと口を開き、アミルもまた何も言えなかった。アミルの体ほどもある貨幣袋など、今まで見たこともない。
「奥様のお荷物を、まず積ませていただきます。割れ物などはございますか?」
「え……あ、はい。割れ物は、木箱に赤い印をつけておりますので……」
「承知いたしました」
アミルの言葉に対して、流れるように頭を下げるライオネル。
そして二人が揃ってアミルの部屋から荷物を運び出し、馬車の荷台に詰め終えるまでも、てきぱきと淀みのない動きだった。
アミルたちは全く手伝うこともできず、ただ運ばれていくアミルの荷物を右から左に見ることしかできなかった。
「では奥様、お乗りください」
「王都まで、長い道程でございます」
「は、はぁ……」
どことなく現実味がなく、乗せられた馬車の座席。
後ろ半分は荷台で、アミルの荷物が詰められている。そして前半分は座席となっており、座り心地はふかふかだ。多少の揺れでは全く尻が痛くないほど。
そして、ウィリアムとハンナに見送られて、馬車が出発し。
最後まで放心したまま、アミルは嫁入りの時を迎えた。
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