第6話 師の訪れ
「どうしたよ、アミル。半年ぶりに会ったってのに、そんな幽霊でも見るような顔しやがって」
「い、いえ、少し驚きまして」
思わぬ相手がいたことで、ただでさえ婚約が決まってしまって困惑している脳髄が、上手く働いてくれない。
ラビ・ガビーロール。
その人物は若き天才と呼ばれる、王国内に数多くの顧客を持つゴーレム師だ。まだ三十にも満たないというのに、素材として土、岩、木材、鉄、青銅の五つからゴーレムを作り出すことができるという、錬金術と土魔術の天才である。
土魔術に長けた魔術師であっても、生涯をゴーレムの研究に捧げてようやく四素材からのゴーレム生成ができる、と言えばその凄まじさが分かるだろうか。
「それより何故、先生がここに?」
「お前に会いに……って言えりゃ格好がつくかもしれねぇが、まぁ仕事の都合だ。向こうの領地でのメンテから、次のメンテに向かう道中だよ。ついでに、営業に来たってわけだ」
「そういうことでしたか」
ラビの言葉に、アミルは納得して頷く。
ゴーレムのメンテナンス――それが、現在のゴーレム師の仕事のほとんどだ。
ゴーレムを産業における労働力の一つに――その考えは、決して革新的なものではない。
最初にそれを言い出したのは、初めて王国から公式に『ゴーレム師』を授けられた天才ゴーレム師、【銀の巨人】シェムハトことシェムハト・イヴァーノだという。その際、王国に提出したとされる『公共事業の建築現場においたゴーレム導入による労働力向上の概算』は、今でも土魔術の地位を高めたとして教科書に掲載されているほどだ。
そして、そんな【銀の巨人】シェムハトを皮切りとしたゴーレムの労働介入により、王国の生産力は飛躍的に向上した。農民だけではなかなか進まなかった開墾は、ゴーレムの力によって一瞬で終わる。他にも、運ぶだけで何十人もの人足を必要とした石切場や炭鉱、採石場などは、ほとんど力仕事をゴーレムに任せているという話だ。
しかし、そうなってくると今度は、その利権に乗っかろうとする輩が現れる。
ゴーレムによる生産業の活性化が進むと、【銀の巨人】シェムハト以外の魔術師が、自分たちもゴーレムを作ると言い出して介入してきたのだ。シェムハトよりも安くゴーレムを提供します、と言い出し、その市場を独占しようとした。
しかし、その当時の土魔術の地位は低く、ゴーレム作成のノウハウもほとんど知られていなかったため、彼らが作り出すことのできたゴーレムは、ほとんど働けもしない泥のゴーレムばかりだったのだ。
そういった流れのトラブルが数多く報告された王国は、結果的に国から公式に『ゴーレム師』の資格を与えることとし、そのために厳しい審査を行うことにした。
その審査基準は、少なくとも三つの素材からゴーレムを作れること、そしてゴーレムに単純な三つの作業を並行して行わせる命令を刻めること。その両方を満たすことができた人物は、当時【銀の巨人】シェムハトだけだった。
そんな歴史が、今から五十年以上前。
現在、没した初めての『ゴーレム師』である【銀の巨人】シェムハト以外に、国から公式に『ゴーレム師』の資格を得た者は、僅かに四人しかいない。
ラビ・ガビーロールは、その数少ない一人である。
「しかし、お前のことだから多分実家でゴーレム作ってんだろうなぁ、って思ってたけど、やっぱりか」
「我が家には、ゴーレム師に頼めるようなお金なんてありませんからね」
「安くしとくぜ……って言いてぇとこだが、お前のゴーレムで十分だな。細工も丁寧だし、魔術式も安定してる。一番摩耗が激しいのは関節可動部だが……ん? 何か塗って……もしかして蝋か?」
「あ、はい。蝋を塗っています」
「なるほどな。蝋は確かに潤滑剤としては良いが、長い時間保たねぇぞ。せいぜい一日だ。それだと、日に一度は塗らなきゃいけねぇ」
「わたしも色々と調べたのですが、蝋が今のところ一番良かったもので……」
「あと、蝋燭代も結構馬鹿にならねぇんだよな。まぁ着眼点は良いが、及第点には届かねぇな」
そんな、手厳しいラビの意見。
アミルは厳しくそう言われることに、むしろ喜びすら覚えていた。同じ分野における天才が、アミルのゴーレムを評してくれているのだ。王国に、存命の者は今や四人しかいない、公式のゴーレム師が。
そして、アミルもまた「では何を使うのですか?」などという無粋な質問はしない。ラビは確かにアミルの師であるが、かといって何もかも師が教えてくれるというわけでもないのだ。こういった工夫については、それぞれのゴーレム師で秘匿していることでもあるのだから。
「分かりました。今後、研究を重ねます」
「おう。だが、こっちのゴーレムは全然摩耗してねぇな。ふぅん……なるほど。関節可動部に、研磨した黒曜石使ってんのか。しかも、繋がっている部分もミリ単位で調整してる……お前、これ金と時間めちゃくちゃかかったろ?」
「両親が全く理解してくれない、この子の凄いところを一瞬で分かってくださりありがとうございます」
「こりゃ、作るのに難儀するぜ。しかも黒曜石も、真球とまではいかねぇが精密に作られてる。これなら、可動部にちょっと油を差すだけで一年は動いてくれるな。メンテがほとんどいらねぇのは羨ましいが……いかんせん、作るのに手間がかかりすぎるのが難点だな」
「さすがはラビ先生」
ラビの言う通り、アミルは黒いゴーレム――クロウを作るのに、実際には一人で一月半ほどかかった。街の石工に注文をしつつ、黒曜石をひたすら磨き、石工によって開いてもらった穴に黒曜石を嵌めて何度も何度も調整し、ようやくスムーズに動く機構を作り出した。
そのために掛かった金額は、アミルが子供の頃から溜めていたお金が全部吹き飛んだほどである。
「核外してくれりゃ、俺の方で買い取りてぇほどだよ。いい出来だ」
「参考までに、おいくらで?」
「この出来なら、金貨二十枚出してもいい」
「――っ!!」
一瞬、「売ります」と言いそうになってしまった。
何せ金貨二十枚だ。アミルが作ったものが、金貨二十枚なのだ。
そう、天才ゴーレム師が値付けしてくれたことに、嬉しくないわけがない。
「ありがたいお話ですが……」
「まぁ、俺の方も弟子のゴーレムを買い取るつもりなんざねぇよ。むしろ、俺は言っただろ。ここには、営業に来たんだよ。親父さんいるか?」
「え……お父様ですか?」
「ああ。今後、領地の方でゴーレムを導入するにあたり、定期メンテナンスはいりませんか、ってな」
ラビの言葉に、意味が分からずアミルは眉を寄せる。
ここにあるゴーレムは、全てアミルが作ったものだ。そして当然、メンテナンスを行っているのもアミルである。
だというのに――。
「お前がいなくなったら、ゴーレムを診る奴が誰もいねぇだろ?」
まるで。
アミルの婚約を知っているかのように、ラビはそう言った。
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