第5話 アミルのゴーレム

「大丈夫ですか? アイビス、クロウ」


「……」


 麦畑の周囲を歩く、二体のゴーレム。

 流石に雑草取りほどの細かい作業は任せられないため、基本的には一日一度、水をやるのが彼らの仕事である。そして、四六時中麦畑を見張り続けているため、絶えず動き回っているのが二体――白い岩でできたアイビスと、黒い岩でできたクロウ。

 どちらも、アミルが学院にいた頃に『核』を作り、実家に帰ってから生成したゴーレムである。

 当然、喋っても返す機能なんてつけていないため、こうして語りかけるのは単純なアミルの趣味だ。


「では、二体とも止まってください」


「……」


 アミルの指示に、目の前で止まってこちらに正面を向けるアイビス。鈍重な動きでゆっくりやってきて、アイビスのやや後ろで直立するクロウ。

 ゴーレムなんてどれでも同じ――なんて言う連中もいるけれど、アミルからすればゴーレムは、どれも異なる存在だ。核を作るときに描く魔術紋様の形状の、僅かな違いでその性格すら異なってくるのだから。

 この二体で言うなら、真面目なアイビスとのんびり屋のクロウ、といった感じで。


「ふむ……やはりアイビスの可動部が、少し削れていますね。火山帯から仕入れた岩だと、少し脆くなるのでしょうか」


 そしてアミルが行うのは、そんなゴーレムの全身チェックである。

 ゴーレムの体は、当然無から生み出しているものではない。このゴーレムを作る岩は、アミルが仕入れたものだ。

 学院で熱心に教えてくれた土魔術の先生に紹介してもらった、岩の専門店だ。そちらに、実験も兼ねて幾つかの種類の岩を手配してもらったのである。産地、構造、密度、重量――それぞれ異なる様々な岩を。

 そのため、アミルはここ半年ほど、毎日ゴーレムの全身チェックを行うのが日課になっていた。そして、それぞれの石によって異なる性質をレポートにまとめ、どのような経過を辿っているのかを観察している。

 毎日見ているがゆえに、アミルにはちゃんとその変化を見て取ることができている。ウィリアムなど、「どっか変わったかぁ?」と言うのだけれど。


「今のところ、可動部の滑りが最も良くなるのは蝋なんですよねぇ……あまり保たないから、日に一度は塗らないと可動部の損傷が大きくなっちゃうのが難点なんですけど」


 つっ、とアイビスの可動部を触れると、砂上のものが指先につく。

 昨日一日、麦畑に来ることができなかったため、既に蝋は剥がれてしまっていた。

 持ってきた蝋燭の先端に火を灯し、アイビスに垂らして刷毛で塗っていく。


「……お父様、毎日蠟を塗ってくれるでしょうか」


 作ったアミルでさえ、割と面倒だと思う作業だ。

 特にゴーレムに思い入れのない家族だと、こういう細かい作業とかしてくれないだろうなぁ、と僅かに嘆息する。

 そして可動部に一様にして蝋を塗った後は、暫く乾燥のため動かさない。

 その間に、次――クロウの確認だ。


「さて、クロウの方は……ん、やはりクロウの岩の方が粘りがありますね。敢えて前回は蝋を塗らなかったんですけど、全然削れていませんね」


 さらさらとした触感はあるけれど、クロウの可動部は全く削れていない。

 動かす部位にだけ蝋を塗るのが現在のやり方だけれど、クロウの方は少し時間を置いてみて、検証してみた方がいいのかもしれない。例えば、七日ほど経過を見てみるとか。

 それによる摩耗の変化によって、クロウのメンテナンス方法も分かってくるだろう。


「……それじゃ、今回クロウに蝋を塗るのはなしで。とりあえず、蝋なしでどれほど変わるか確認していきましょうか」


「……」


「そんな物欲しそうな顔をしないでくださいよ。蝋を塗られるの、気持ちいいんですか?」


 うふふ、と笑うアミル。ただし相手はゴーレムである。

 そもそも、物欲しそうな顔もなにも、顔のパーツすらない。胴体に手足が生えただけの岩である。

 普段から無表情、無愛想のアミルであるけれど、ゴーレムの前でだけは表情豊かなのだ。


「さて、それじゃ次は村の方に行きましょうか……アイビスは、乾き次第再び巡回に戻ってください」


「……」


「クロウは……あれ? ついてくるんですか?」


 次のゴーレムを確認しようと思って、歩き出したアミル。

 その真後ろを、クロウがずしん、ずしん、と足音を響かせながらやってきた。

 普通ならば、後ろを岩の巨人がついてきたら怖がるか逃げ出すかのどちらかが、女性としての正しい振る舞いだろう。

 だが残念ながら、アミルはゴーレムの制作者であり変わり者である。

 代わりに浮かべたのは、朗らかな笑顔だった。


「もう、仕方ないですねぇ。それじゃ、一緒に来ていいですよ」


「……」


「ロビンとパンプキンパイの様子も見なきゃいけませんからね」


 ちなみに、ゴーレムの名付け親は全部アミルである。

 元々、「ゴーレムとは鳥のように自由なもの」という謎の信念があるアミルは、全てのゴーレムに鳥の名前をつけようと思っていた。

 アイビスクロウ駒鳥ロビン、この三体が、アミルが初めて作ったゴーレムたちである。しかし四体目は何故か、かぼちゃのパイパンプキンパイ――彼は純粋に、そのとき一番アミルの食べたかったものを名付けられた。

 あ、そういえば鳥の名前だった――とアミルが思い出したときには、既にゴーレム自体が個体名を『パンプキンパイ』で登録してしまっていたため、仕方なくそのままにしているという裏話があったりする。


「お、アミルか」


「えっ……」


「……」


 そう、アミルが村へと向かおうと、そう踵を返したとき。

 そんな彼女の目の前にいた男が、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「おー、ようやく見つけたぜ。お前んとこ、田舎だって聞いてたけど本当に田舎なのな」


「……」


 出会うとは思っていなかった相手。

 唯一、アミルが三年間の学院生活――そこで培った縁。


「いや、しかしゴーレム出来がいいなぁ。さすがは俺の愛弟子。ん? どうした? 久しぶりに会って、俺の美男子っぷりにびびっちゃったかい?」


「ラビ先生……?」


 癖のある赤毛を、耳にかかる程に伸ばしている男性。

 背はそれなりに高いが、全体的に細身であるため、どこか針金細工のような印象を抱く人物だ。それに加えて生やした無精髭に咥えた煙草、何故か羽織っている白衣――という謎しか浮かんでこない姿。

 その人物こそ、アミルが学院で三年間学んできた土魔術の講師にして、王国内にたったの五人しかいないとされている『ゴーレム師』の資格を公式に所有している人物。毎日のように放課後、アミルの質問に答えてくれた教師。


 ラビ・ガビーロールだった。

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